カテゴリー別アーカイブ: ねこすき

一日一話 松下幸之助

八月の言葉

天の原ふりさけみれば春日なる 
三笠の山に出でし月かも      安倍仲麻呂              

三日 強固な精神力を

その昔日蓮上人は唯一人の聴衆の姿も見えないと云う時でも巷に立って我が信念を説いたと云います。何をほざくかと馬糞を投げられ石を投げられ散々な侮辱を蒙っても、彼はびくともせず日本の安泰の為に民衆の幸福の為に我が信念を傾けました。日蓮上人のそういう態度と比べてみると我々と同じ人間でありながら大変な相違があるなと云う感じがします。今我々に必要なのは日蓮上人のあの強固な精神力です。日蓮上人と迄は行かなくてもせめて自分の仕事に一つの使命感を感じこれに情熱を傾けて精進する積極的な自主独立の精神を養いたいものです。

  • 今日は蜂蜜の日
  • Memo-松下幸之助は弘法大師・日蓮等偉大な宗教家の行動力実行力に注目➡信念

*十日 欲望は生命力の発現

欲の深い人はというと普通は善くない人の代名詞として使われている様陀。所謂欲に目がくらんで人を殺したり金を盗んだりする事件が余りにも多い為であろう。しかし人間の欲望と云うものは決して悪の根源ではなく人間の生命力の表れであると思う。例えて云えば船を動かす蒸気力の様なものであろう。だから是を悪としてその絶滅を計ろうとすると船を止めてしまうのと同じく人間の生命をも絶ってしまわねばならぬことに為る。つまり欲望それ自体は善でも悪でもなく生其の物であり力だと言って良い。だからその欲望を如何に善に用いるかと云う事こそ大事だと思う。

  • 今日は道の日 
  • Memo―行動の原動力・コントロール要 

*十五日 平和の価値を見直す

最近平和と云うものが何か言わば空気や水の様に極当然に存在するものと云った感じが強くなってきたのではないだろうか。平和の貴重さ有難さが段々忘れられつつあるように感じられる。其れは危険な事だと思う。平和は天然現象ではない。人為と云うか人間の自覚と努力によって初めて実現され維持されるのである。だからこの際お互いにもう一度平和の価値と云うものを見直してみたい。そしてこの価値を知ったうえで国民として何を為すべきかを考え合いたい。差もないと折角続いたこの貴重な平和を遠からずして失う事にも成ってしまうのではないだろうか。

  • 今日は終戦記念日

*十六日 道徳は実利に結びつく

社会全体の道徳意識が高まれば、先ずお互いの精神生活が豊かに成り少なくとも人に迷惑を舁けない様になります。それが更に進んで互いの立場を尊重し合う様に成れば人間関係も良くなり、日常活動が非常にスムーズに行く様になるでしょう。又自分の仕事に対しても誠心誠意之に当ると云う態度が養われれば、仕事も能率的に成り自然により多くのものが生み出される様になる。つまり社会生活に物心両面の実利実益が生まれてくると云えるのではないでしょうか。そう考えるならば私達が道徳に従って全ての活動を行うと云う事は、社会人としての大切な義務だと云う事にも成ると思います。

  • 今日は女子大生の日
  • 参考=渋沢栄一「論語講義」「論語と算盤」安岡正篤「百朝集」

*二一日 カンを養う

カンと云うと一見非科学的なものの様に思われる。併し勘が働く事は極めて大事だと思う。指導者は直観的に価値判断の出来るカンを養わなくてはいけない。其れではそうしたカンはどうしたら持つ事が出来るのか。是は矢張り経験を重ね修練を積む過程で養われていくものだと思う。昔の剣術の名人は相手の動きを勘で察知し切っ先三寸で身を躱したと云うが其れは其れこそ血の滲む様な修行を続けた結果であろう。その様に指導者としても経験を積む中で厳しい自己鍛錬に拠って真実を直感的に見抜く正しいカンというものを養っていかなくてはならない。

  • 今日は献血記念日
  • Memo-安岡正篤「百朝集」87章。運時命数
  • 阿羅耶識―潜在意識の活性化

*二六日 矢面に立つ精神

人間が大事に際して其の難局の矢面に立つと云う事は人生としては怖ろしい事であり大変に勇気のいる事である。スリルがあるとか或はこれは面白いなと云う人も今日の青年の中には居るかもしれないが、本当に腹を割った処あまり愉快ではないと思う。併しこういう場合に敢然としてその矢面に立つ事も男子の本懐と喜んで事に当る事も大切である。そしてそういう人こそ大事に於いて狼狽えずものを決断する事が出来る人であり人多くして人無き社会に於いて本当の人物として立って行く事の出来る人であると云う想いがする。

  • 今日はマザーテレサの日
  • Memo^人物と云うは如何なる様な人か

*三一日 辛抱が感謝になる

我々が一生懸命に仕事をしても世間が其れを認めてくれなかったら非常に悲しい。そんな時その悲しさが不平となり出てくるのも一面無理のない事だと思う。然し認めてくれないのは世間が悪いという解釈もできるがまあ一寸辛抱しよう。今認めてくれなくてもいつか認めてくれるだろう。とじっと耐え忍びいい仕事を続けていくと云うのも一つの方法である。そして認めて貰ったら是は非常に嬉しい。その嬉しさが感謝になる。より多く我々を認めてくれた社会に対して働かなくてはいけないと云う感謝の心になってくる。そういう心が無ければいけないと思う。

  • 今日は野菜の日 Memo―謙虚

26日の「矢面に立つ」は今、現在進行形で、日本のリーダー・政治家・官僚・各省庁責任者たちが尤も肝に銘じてもらいたいと思う言葉だが、残念なことには、事あるごとにその真反対な対応が目立つように感じる。                     日本全国、上へ倣えで下々迄如何言い逃れるかに汲々としているように感じるが・・・

論語・老子・禅 Ⅰ

安岡正篤著

はじめに

 縁尋機妙 多逢勝因

良い縁はさらに良い縁を尋ねて発展してく将に、その機(出会い)は妙なるものがある 之を縁尋機妙という                                 いい人と交わっていれば良い結果に恵まれる 此れを多逢勝因という              ヒトだけではなく出来るだけいい機会・いい場所・いい書物に出会うことを考えねばならない。とは安岡正篤師の言葉。

此の書物の題名を見たときに直観的に思ったのは、是はもしかしたら空海さんの「三教指帰」を意識されたのかなということ。関係ある無しは別にしてこれらの考え方は、日本古来から人を救う道として敷衍されてきた思想。

現実主義的思考実践法から形而上的思考実践へ                             人の心の中を垂直に深く深く掘り下げていく考え方で、それぞれの指針になる方法が、論語☞老子☞禅 なのかもしれませんネ。

この本の中から、好きなところをピックアップしてみたいと思っています。  まずは「論語」の冒頭部分から・・・

論語ー綸語・輪語・円珠経

さて、論語は此れ世人が余り知らないかと思いますが、別名を綸語と云い、また輪語、或いは円珠経とも言うております。何故綸語と云い、輪語・円珠経と言うのかと申しますと、これがまた大変深い意味があり、味わいがある。昔から論語の参考書と云えば、先ず第一に挙げられるのが六朝時代の大学者、皇侃オウガンの「論語義疏」でありますが、其れに依ると漢代に鄭玄ジョウゲンという学者がおって、世務を経綸することが出来る書物だと云ったことろから、綸語と云う語ができたとし、又其の説く処は、円転極まり無き事車輪の如しというので、輪語と云うのだと註釈しております。                       更に円珠経については鏡を引用して、鏡はいくら大きくても一面しか照らさないが、珠は一寸四方の小さいものでも、上下四方を照らす。諸家の学説は鏡の如きもので、一面を照らすが四方を照らすことはできない。            そこへ行くと論語は正に円なる珠と同じで、上下四方円通極まりなきものである。と云う所から円珠経と言うたのだと述べられております。

これは、論語の講義第一講の冒頭からの引用です。                要は論語は読み手次第、読み方次第で 仕事に関係なく 時代に関係なく、すべての人の折々に進むべき方向を示してくれる書物ということになるのでしょうか。あとは論語の内容を自身の事としてどう読み込むことが出来るかということでしょう。

では、第一講の最後の部分をご紹介します。

命と礼と言

不知命無以為君子也 不知禮無以立也 不知言無以知人也(堯 曰)             命を知るらずんば以て君子無きなり 礼を知らずんば以て立つ無きなり 言を知らずんば以て人を知る無きなり

・・・言は今日で言うと所謂思想・言論でありまして、其の思想・言論というものの本当の事がわからなければ、人を知ることが出来ない、人間の世界がわからないという事であります。先程も申しました様に、戦後は思想・言論、特にイデオロギーが長い間巾を効かせてきたのでありますが、漸くこの頃になってイデオロギーの終焉ということが言われる様になり、マルクス・レーニン主義であろうが、民主主義・自由主義であろうが、単なるイデオロギーだけでは人は救われない。本当の文明は栄えない。と言うことがはっきりと論述されるようになってきた。孟子は「吾れ言を知る」というておるが、今にして初めて成程そうなのだとしみじみ思う。                             孟子はその言を解して四つ挙げておる。                              詖辞 偏った言葉、概念的・論理的に自分の都合の好い様につける理屈。     淫辞 濫りがわしい言葉、淫は物事に執念深く耽溺すること。丁度中共理論の如 きもので、何でもかんでも理屈をつけて押し通そうとすること。       邪辞 よこしまな言葉、邪な心からつける理屈。                  遁辞 逃げ口上。

此の頃の過激派学生などは皆、邪辞・淫辞ばかり言うておる。大学教授や進歩的文化人と云った連中は専ら遁辞陀ります。今は詖淫邪遁の言が一斉に流行しておると言うて宜しい。こういう時こそ論語や孟子を読んで、しみじみ会得するというか、啓発されることが大事であります。                                        現代を最もよく把握し、最も正しい結論を得ようと思えば、論語でも充分であるというても決して過言ではありません。只、皆がそう読まないだけの事であります。論語を知らぬものは無い、又、読まぬ者はないけれども、だいたいは論語読みの論語知らずに終わっておる。是は決して他人を責めるのではない、お互いにそうだということです。                               そうして本当の事が良く判らぬ人間が集まって、てんやわんやと騒いでおる、と言うのが今日の時代であります。そこでこの時代、この人類は如何にすれば救われるかとなると、やはり学ばなければならない。正に論語に云う通り「学に如かざるなり」であります。終日物思えども何にもならん、お互いに大いに学ぼうではないか。之を講義の結論に致します。

この本が刊行されたのは、昭和58年の初版、其れ迄の師友會の講演内容から抜粋まとめたもの。                                     現代は昭和・平成は終わり令和の時代となっていますが、師の言葉の中に在るように「本当の事が良く判らぬ人間が集まって、てんやわんやと騒いでおる」という状況は、全くそのころと同じ否、寧ろ酷くなっているのではと感じます。当時は曲がりなりにも論語等を紐解く方々も多くいらっしゃたでしょうが、現代果たしてどれだけの人が論語等の書籍に触れているでしょうか。「論語読みの論語知らず」という言葉さえ死語となりつつあるのではないでしょうか。                        安岡正篤師は論現実社会社会の問題解決に最も有効な書だと紹介しています。 今一度真剣に教育のあり方をはじめすべての面の見直しが必要な時ではと思います。松下幸之助翁も「知識はいくら持っていても人間の心乃ち、良心が養われなければ、そういう悪い方面に心が働き知識はかえって仇を成す」と言っています。現代、教育の第一歩は徳育、知識はそのあとにということでしょうか。

明治次第の経済界の巨人渋沢栄一は多くの西欧の文化制度を採り入れながら近代経済国家の構築にまい進されたのですが、ご存じの様に其根本理念として根底に据えていたのは「論語」です。此の一事からも、論語は単なる道徳書ではない事がわかる筈、要は、どれだけ自分のこととして読み解くことができるかということなのでしょう。                             論語は決して古い思想の書物ではない。社会的歪の大きくなってきている現代こそ最も必要な本なのではないでしょうか。

最後にこの「論語・老子・禅」の論語の部分でも、アポロ11号の月着陸の言及しているところがありますが、松下幸之助翁もこの本と同じころに出版された、「続・PHP道をひらく」の中でアポロ11号の事に触れ人の心について語った記事がありましたので引用いたします。

人心の深淵

人類が月を歩いたのは、所謂科学の偉大な勝利だともいわれているけれど、その価額を駆使したのは人間で、人間あっての科学ということを考えれば、つまりこれは人間のそして人類の偉大な成果だということになる。どこの国の誰が成功しようとも、其れは長い歴史のなかの数知れぬ人間の願いと知恵と体験が積み重なった結果であって、其の事を思えば、お互いに人類の一員として肩をたたいて素直に喜びあい、人間としての誇りを改めて持ち直してもよいであろう。    そんな偉大な人間が、今もなお測り兼ね、開発しきれないでいるのが、わが心の動きである。人の心の深淵である。ともすれば、捉われた心でヒトを責め、他を罵り嫉みと恨みに自他ともに傷つく。吾れさえ好ければの思いで、如何して人心の開発が図られるであろう。                             月と共にわが心、人間の心にもアポロを打ち上げて、人心の深淵を究めつくし、、その開発を謀って自他ともに栄え合う真の人の世を生み出したい。人類の、そして一人ひとりの一番大事な課題であろう。

言うまでも無く、科学だけでは人の心は開発できるものではありません。極論すればアポロに変わるものが「論語」であると安岡正篤師は教えてくれてます。

次回もこの著書から紹介をしていきたいと思います。

仕事彼是❣❢

以下の文章は昔、MLMの仕事に携わっていた時のmemoからです。然しこれはMLMにかかわらずいろんな仕事に携わる時の心構えとしても使えるのではないかと思い、再録してみました。ある薬品会社が立ち上げたMLMの会社に関係した時のmemoから。

現在、MLMの仕事ほど評価を二分している仕事はない。

MLMは素晴らしい仕事という方々と、MLMはねずみ講みたいなもので関わらない方がいいという方々。一般的には、前世紀の遺物と思いますが、まだまだ後者のイメージが根強く残っています。それは何故なのか?よく言われるのがネットワークの仕事は被害者的立場の方々がでるから危険と一般的にと言われます。 しかし、それよりももっと大きな原因があると思っています。

私は、一番の原因はネットワークビジネスに関わっている人たちの姿勢ではないかと考えています。

社会人としては仕事・生活の上で法律を順守するのは当たり前!法律は社会生活を円滑にするための最低ラインの決めごとです。だからその最低のことも守れない人に対しては罰則が有るわけです。                   一般的な社会生活ではこの法律だけを守っていればよいかと言うとそうではありません。その上に常識としてのモラル・マナーというものが有ります。このモラルとかマナーとかを軽視するような態度・雰囲気の方々は社会性のない人たち・非常識な集団とみなされ敬遠されることになります。

今までのネットワークの仕事に関わっている方々のなかには、偶にそういうイメージで評価を受けている方々がいたのではないかと思います。だから、MLMはまともな仕事ではないと敬遠される結果になっているのではないでしょうか。

業界のイメージを決めるのは

松下幸之助翁は 業界全体のイメージアップを図ることは重要な課題、業界が社会的信用を得る為には必要不可欠なこととおっしゃっています。一部の方々のレベルの低さが全体的なレベルダウンを印象づけてしまう。

あたかも「リービッヒの桶」の如く、栄養が最低ラインでしか体に反映されないのと同じくMLMもやはり 低レベルの位置で全体を判断されるわけです。私は、この日本セーラの仕事を通じて、そのイメージを一新できるのではと期待しています。

よく、日本セーラーは地味な会社といわれていますが、私はここ3年ほどお付き合いをさせていただき、決して地味な会社だとは思いません。言葉は似ていますが、地道な会社なんだなぁと思っています。                派手なパフォーマンスは苦手でも、一つ一つのことをコツコツと積み上げていく技量は素晴らしいものです。今までのMLMの会社にはないスタイルを持っています。

願いは

MLMの仕事を ごく 普通の仕事にする。これが私どもの実現したい夢の一つですがセーラファミリーには其の実現の可能性があると感じています。     今回、東北関東地域に大きな被害をもたらした大地震大津波そして原発事故! その状況の中で世界から称賛されたのは、日本人の秩序を重んじる行動です。 数年前に「国家の品格」という本がベストセラーになりましたが、この大災害の中、まさに日本国の品格を世界に示したのは、政府の高官でも高級官僚でもなく被災にあったみなさん一般市民の方々、現場で救済復旧活動にあたる自衛官消防士警察官自治団体のみなさんの言動でした。

日本セーラがこれから大きく飛躍していくためには、このような品格ある一般の方々の協力・参加が必要不可欠なポイントになってきます。ということは声をかける側の立場の私たちには、その方々以上にまたその方々に違和感を感じさせないような品性が必要です。素晴らしい人たちまでは行かなくても非常に熱心で品格がある人たちだと認識していただけることが大事だと謂うことになります。

今、この時点でセーラファミリーとして関わっている私たちの責任は非常に重要なものと感じています。私たちの姿勢如何で、今後のMLMが本当に一般社会に受け入れられる仕事になるかどうかが決まると考えています。

ETCetc・・・

非常識と未常識 :言葉は似ていますが似て非なるものです。                  非常識は「常識に非ず」 一方 未常識は「未だ常識に非ず」之から常識になっていくということです。MLMの仕事・CFBは未常識の情報! 

しかし、一般社会では、非常識と未常識の区別があまり意識されていません。だからこそ其れを伝えていく私たちにはしっかりとした姿勢 常識人としての姿勢品格が必要となります。何となれば未常識の伝達者であって決して非常識な情報・非常識な集団の活動ではない事をこれから関わってくれる方々に理解して頂く、感じて頂く為にです。

当然、未常識を常識にしていくには大きなエネルギーが必要です。エネルギーの源は情熱と確固たる意志。それぞれの方がその点を常に意識していくことが大事だと思っています。少なくとも私どもはそういうグループ作りを目指しています。これからもそういう啓蒙は折に触れ続けていきたいと思っています。

明治時代近代教育の先駆者・福沢諭吉の言葉に、「一身独立して一国独立する」という言葉があります。

私自身と私の中でのチームのテーマは自信・自覚・自立がテーマ。此のセーラファミリーを通じこのテーマを実現していきたいと思っています。

<自信  自覚  自立>

〓自立は経済的な自立より精神的自立が先〓

自信 ⇒ 自力確信 = 自らの力をしっかりと認識する

自覚 ⇒ 自己覚醒 = 自らの内なるエネルギーを目覚めさせ活用する

自立 ⇒ 自主独立 = いかなる状況においても自ら主となり自らの力で立ちあがる

信は言葉を表し 義は行動を表す。信義ある人とは嘘をつかず、相手のことを思慮かることのできる人のこと。                       人が言うと書かいて信 即ち誠の言葉を発する人のことを信ある人と謂い、   我が羊を捧げる又は、王を支えると書いて義 即ち人の為に動くことのできる人のことを義ある人と謂う。

〓品位 品格 品性

【自らが関わる仕事を自ら落としめてしまわないよう常日頃の言動には心配りが大切】

MLMの仕事は日本国に於いてこれから必要な仕事の一つなのに一般的には印象が良くない寧ろ甚だレベルの低い仕事に見られている。それは20世紀的形態の仕組みで被害者的立場の方が出たというのも一因 。しかし最も大きな原因は関わる方々の品性ではないでしょうか! どう見ても普通の会社では受け入れられないだろうと思わせるような一部の方々の言動やライフスタイルがMLM業界全体を社会的に受け入れられないようにしている原因だと思います。

これから大きく社会に根付いていくためにはこの品性を保つことが非常に大切である。とともに いま この時期にセーラに関わった私たちの責務でもあると思います。

【辛い事でも楽しくやるからずぅ~っと続けることができる】

※それが工夫というもの※

<成功のためのスキル>

プレゼンテーシュン                            プランニング                                   プロデュース 

※ 3Pでピースマーク ※

〈成功するためのモチベーション〉

好きになる                                 諦めない                                      誰かのため

※ 確信と夢と志 ※

〓<リーダーの仕事>〓

目標設定  目的意識                             セッティング コーディネート                          リズム&タイミング

<3つの成功スキル>

テクニカルスキル                             ヒューマンスキル                            モチベーションスキル

<良識ある社会人としての感情コントロール>

◎感謝    ⇒   ×(不満)                                     ◎謙虚    ⇒     ×(驕慢)                                ◎ 恕       ⇒    × (恚)

[成功する方向感覚]

視ている方向                                    言ってる方向                                   思ってる方向

※ 同一ならば大成功 ※

▽頼りにすることが多いか 頼りにされる事が多いか

リーダーの資格は収入だけではない収入は寧ろあとから付いてくるもの                      リーダー的言動には根底に仲間を支え・やりぬくという信念があるもの     だから信頼となる。

 〓縁を結ぶとはコミュニケーション能力の結晶体〓

〓江戸時代同じような言葉を(縁を大事に)もっと具体的に家訓にした一族がいます時代劇でお馴染み柳生一族です〓

〓小才は縁逢って縁に気付かず                        〓中才は縁に気付いて縁を活かさず                                  〓大才は袖振り合う他生の縁もこれを活かす

縁を活かせる人はコミュニケーションの達人〓コミュニケーションはある意味人と人との間の取り方です〓剣の達人・情報収集の達人である柳生一族が人間関係にも間合いを大切にしたのは当然ですね〓

〓バワースポット〓

パワーアップ出来る場所のことデスネ〓そこは天地人のエネルギーが満ち満ちていてそこにいるだけで清浄な気を全身に浴び自分の気を充足〓知らない間に自分のパワーがアップ出来るワケデス〓多くは由緒ある神社〓仏閣とか雄大な大自然の懐〓とか人の活気溢れる場所〓とかですが〓身近で一番のパワースポットが有ります〓それは〓うつくし塾-愛用者の集い-のセミナー会場〓だということがお解り頂けますか〓〓但しそこは参加する皆さんでパワーを充満させていく必要が有ります〓〓〓 みんなでパワーアップし最強の〓パワースポット創りましょう〓

<組織は身体-情報は血液>

血液が流れなければその部位は壊死します。流れる血液が汚れていたら何れ気力衰え病気を惹き起こします。キレイな血液が全体に行き渡ればハツラツとした身体と精神を堅持でき益々元気な身体になっていきます。

<あるリーダーのスピーチ> 2011.4.3四国スペシャルラストスピーチ

ずーっとやり続けるから権利的収入になる!あれこれあれこれ変わっていたのでは、権利収入も何もあったもんじゃない。

-〓業界の信用を高める-松下幸之助〓



どんな商売・仕事もそうでしょうが 自分の店が発展・繁栄していくには そのお店の属している業界全体が常に健全で 世間の人々から信用されていることが非常に大事だと思います。
業界の中に不健全な店が多ければ-あの業界はダメだ 信用出来ない-ということになって その業界に属する個々の店も同じような評価を世間から受け 商売は成り立ちにくくなる。

だからお互い 自分の店の繁栄を図ることは元より大事ですが  それと同時に業界全体の信用を高めることを配慮することが極めて大事だと思います。

-MLMの業界に不足していた配慮ですネ~結果として未だに社会からは一般事業として認知されていないのではないでしょうか?
それは一部の所謂不健全な人たちが全体のイメージを不健全なものにしてしまっているからに他なりません。
お店という言葉をチーム又は個人に 業界を組織若しくはセーラファミリーに置き換えて読むと現状がハッキリしてきます仕事の成果をもっとあげるには社会が受け入れやすい地盤作り・環境作りも大切。


           〓注意・真剣な人が案外陥りやすい病気〓

※ 初動

× 感動病 : セミナー参加で スピーチや雰囲気に感動 自分も出来上がったつもりになる→ファイヤーボール現象                   しかし、一寸断られてダウン!すぐに醒めてしまう熱病みたいなもの!!

× スゴイ凄い病: 個別でよくある状態 「此の人は気付いたら凄い人だから…」

          ABCでBが陥りやすい病気!!                        紹介するCさんは凄い(と思っている場合が多い)                           人だから凄いトップのAさんに繋ぐ。しかし90%は決まらそれはBさん自身がCさんにどう思われているかが問題!

=信用(信頼)されているかどうか=

CさんはBさんを通してAさんを見ている。ABCで一番重要なのはAさんではなくBさんの姿勢と人間性

 ※中堅

× センチメンタル病: どういうわけか仕事に行き詰ったり、停滞している時に陥りやすい。うまくいかない現状を明らかに自分よりスキル・モチベーションが下の人に相談してしまう。お互い慰め合うことで満足。意識の方向性を変えてあげることで直ぐに改善。

× 思いこみ病 :重病 少し実績・収入が上がった時に陥りやすい何でも自分は出来ると勘違い自信過剰になり謙虚・感謝を忘れてしまう。最も危険な病気。

(アジテーター) (カリスマ性) (プロパカンダ性)

言葉の選び方

MSTセミナー・メンタルトレーニングセミナーいろんなセミナーでいろんな角度から幸せな人生を送るためにはどうしたらいいかと言うことを学び吸収しています

セミナーの中でも重要な一つのポイントに[言葉の使い方]があります       簡単なこと・直ぐやれることですが実践していますか?

「言葉を変えれば…」というものですが最後は運命まで変えてしまう!!!

発された言葉は他人に対して発されたものでも自分の潜在意識は自分自身のこととしてストレートにインプットしていきます(^o^)

その積み重ねが大きく運命-人生-まで影響してくると言うことですね!?      これは深層心理学的にも当てはまることです!深層心理学では心の一番奥底の意識を普遍的潜在意識といいます。この意識は他人とか自分自身とか自然とか宇宙とか良いこととか悪いこととかの区別を一切しません!!全て一つに繋がっている現象としてとらえています(^.^)                      全く関係ない人同士が同じような夢をみたりするのはそのためです。ですから発する言葉が自分以外の人に対してでも自分自身に発することと同じ効果をもつ訳です!!  だからより多くできるかぎり  肯定的・前向きな言葉を使った方が人生上手くいきます(^.^)またそういうように言葉を選んで使っていけば他の人が自分に対して発する言葉も全て肯定的 ・前向きな言葉に聞こえてきます \(^_^)/だから益々運気が上がって♪ツイて益々…になるわけです。

「言葉を変えれば…」のフレーズのそれぞれの「変えれば」を 「ダメ」 と言う言葉に置き換えて見てください〓

振り返って自分の人生が思うように運んでない ・ 人がいつも自分を批判的に見てると感じるようであれば多分今まで無意識に使っていた言葉の多くが暗いイメージ・否定的イメージ・後ろ向き的イメージ・批判的イメージの 言葉になっていたかもしれません!

逆に 「言葉を変えれば…」のフレーズのそれぞれの「変えれば」を 「良い」 と言う言葉に置き換えて見てください

 言葉が良くなれば心が良くなる

心が良くなれば行動が良くなる

行動が良くなれば習慣が良くなる

習慣が良くなれば人格が良くなる

人格が良くなれば運命が良くなる 

何事に対しても明るいイメージ・肯定的イメージ・前向きなイメージ・軽やかなイメージの言葉心掛けましょう!!

言葉使いがあかるく良くなれば、運命-人生-は確実に明るく良くなります!!   明るい言葉・肯定的言葉・前向きな言葉使い実践しましょう。そして仲間みんなでいい人生を楽しみましょう

MLMの仕事は素晴らしい〓

MLMは一獲千金を狙う一発仕事ではない                   毎日の仕事は地道な積み重ねが大切と考えていた方が道を間違えないですむ。地道な努力の積み重ねが途方もなく大きな成果を生む可能性のある仕事がMLM。積み重ねていけばそれなりの成果は誰にでもだせるハズ。一獲千金的話しは、確実にマルチまがいの話しMLMとは別物 それに関わることは信用を無くす元!でもMLMを知らない人には其の見分けがつかない。

熱意・素直・感謝・誠実・行動    松下幸之助

信義・礼儀・好奇心・向上心・共栄    渋沢栄一

この仕事に携わっていたころは全国彼方此方を訪れ、各地のセミナーに参加。いろんな方々との交流も有それはそれなりの、面白い時間を過ごさせていただきました。海外旅行も何度も招待され、楽しい日々を過ごすこともできました。

残念ながら、会社自体の方向性が違ってきたことと、、年齢的なこともあり途中リタイアいたしましたが、今ではいい思い出となっています。

一日一話 松下幸之助

七月のことば

夕去ればひぐらし来啼く生駒山越えてそ 吾が来る妹が目を欲り   間満 (遣新羅使)

一日 素直な心の初段

聞く処によると碁を習っている人は大体一万回ぐらい碁を打てば初段に為れると云う事です。素直な心の場合も其れと同じ様な事が言えるのではないかと思います。先ず素直な心になりたいと朝夕心に思い浮かべ、そうして絶えず日常の行いに捉われた態度がなかったかを反省する。そういう姿を一年二年と続けて一万回約三十年を経たならば、やがては素直の初段とも云うべき段階に到達する事も出来るのではないかと思うのです。素直の初段にもなったならば先ず一人前な心と云えるでしょう。だから大体に於いて過ち無き判断や行動が出来るようになってくると思います。

  • 今日は国民安全の日
  • Memo―養心

五日 責任を生甲斐に

人は成長するに連れて段々その責任が重くなってきます。そして成人に達すると法律的にもはっきり少年の頃とは違った責任を問われます。又次第に高い地位に就くようになると其れだけ責任が重くなります。併し人は元々責任を問われる処に人としての価値があるのだと思います。責任を問われることが大きければ大きい程其れだけ価値が高いと云う事が言えましょう。ですから責任を問われる処に生甲斐も有ろうと云うものです。責任を背負いその事に生甲斐を覚えないとしたら年齢は20歳をどれだけ過ぎようと一人前の人ではありません。

  • 1949年(S24)下山国鉄総裁事件
  • 今日は穴子の日
  • Memo-責任の取り方➡令和の政府政治家は如何?

七日 信ずる事と理解する事

繁栄平和幸福をより早くより大きく生む爲には信ずる事と理解する事-この二つを全うしてゆかねばなりません。と云うのは信を誤らない為には理解を正しく働さなければなりません。

理解を捨てると迷信に陥り易く復理解だけで信ずる心が無ければ信念に弱さを生じてしまうからです。では信斗解を全うしてゆくにどうすればよいか。其れには先ず素直な心に為る事です。正しい理解も素直な心から生まれてきますし信ずる事も素直な心から高まってくると思います。心が素直であって信と解が共に高まればあらゆる場合に適切な働きが出来るようになると思います。

  • 今日は七夕節句たなばた
  • 2005年(H17)ロンドン地下鉄爆破テロ
  • Memo―理性・知性・感性➡根源に素直な心

十一日 礼儀作法は潤滑油

私は礼儀作法と云うものは決して堅苦しい物でも単なる形式でもないと思います。其れは云わば社会生活における潤滑油の様なものと云えるのではないでしょうか。職場では性格や年齢物の考え方等色々な面で異なる人々が相寄って仕事をしています。そのお互いの間を滑らかに動かす役割を果たすのが礼儀作法だと思うのです。ですから礼儀作法と云うものは当然心の籠ったものでなければなりませんが、心に思っているだけでは潤滑油とはなりません。やはり形に表し相手に伝わり易くし心と形の両面が相俟った適切な礼儀作法であってこそ初めて生きてくると思うのです。

  • 今日は世界人口デー
  • Memo‐人間性

十七日 自他相愛の精神

個人と個人との争い国と国との争いは、相手を傷つけ更には社会全体世界全体を混乱させる。そういう争いの大きな原因は自他相愛の精神と云うか、自分を愛するように他人を愛し自国を愛するように他国を愛する精神の欠如によるものであろう。そういう精神の大切さは昔から色々な教えに拠って説かれてい乍ら未だに争いが絶えないのは人々が此の事をの大切さを真に悟っておらずその精神に徹していないからだと思う。争いは自らをも傷つけると云う事を身を持って師利人類に平和を齎す為に力を合わせて行く事が肝要である。

  • 今日は東京の日
  • Memo―環境の作り方・根本精神

二四日 利害を超える

ある日私の処に自分の会社で造る製品の販売を引き受けて貰えないかと云う話を持ってこられた人がいた。私は色々と其の人の話を聞いてみてこの人は偉い人だなと思った。普通であれば自分に出来るだけ有利に為る様交渉する。其れが謂わば当たり前である。ところがその人は全てを任せるという自分の利害を超越した態度を取られた。私はその態度に感激し心を打たれた。我々はともすれば自分の利害を中心にものを考える。是は当然の姿かもしれない。然しそれだけに其れを超越した様な姿に対しては心を動かされる。是もまた人間としての一つの姿ではないか。

  • 今日は劇画の日
  • Memo-社会常識からの超越離脱

二七日 人間の幸せの為の政治

私達が決して忘れてならない事は政治は結局お互い人間の幸せを高める為にあると云う事です。過去に於いては多くの人々が政治に拠って苦しめられお互いの血を血を洗うと云う事もありました。併しそうした好ましくない姿は政治の本来の姿ではない。政治は本来お互い人間の其々の活動をスムーズに進める事が出来るようにするものです。それらの調整調和を図り共同生活の向上を計って、一人一人の幸せを生み高める事こそをその使命としているのです。此の政治は本来人間の幸せの為にあると云う事を私達は先ず正しく認識し合う必要があると思います。

  • 今日はスイカの日
  • Memo-政治施政者の責任➡現状はどう

「素直・感謝・熱意・誠意」は松下幸之助翁の佳き人生を送る為のキーワード

松下幸之助翁はよく政治の在り方にも言及しています。今回の27日の章も「人間のしあわせの為に政治はあるべき」といっています。それは、万民の幸福を目指せということですが、近頃の政治政党の在り方を見ていて感じることは、その思想からははるかに遠く隔たったような状況ではと思えてなりません。     しかし、考え様によってはそういう状況を作っているのは国民野一色かもしれませんね。
選挙における1票は 年収1000万円以上を稼ぐヒトも、年収100万円以下のヒトも同じ価値を有しているはずなのですが、残念ながら選挙に対する興味の高いヒトは年収の高い方々と言うことになりそうです。その結果があまり変化を求めず現状維持の安定を目指す政権がいつも勝利すると云うことなのでしょうね。」

元を絶たなきゃ・(=^・^=)

種子島からのメール

前にも一度紹介したと思いますが・・                    北九州在の実家の父親が仔猫を保護したがどうしようかというご相談メール内容の一部は☞

「役所にこういった場合、どうしたら良いか尋ねて愛護センターの電話番号を聞いたそうですが、連絡をとったところ「元の場所に戻して…」というような事を言われたそうです。                            私自身は、現在鹿児島県の離島種子島に住んでいますが、ここでも島neco会さんという団体が、月に一度鹿児島から来てくださる先生方とTNRの活動をされていて、毎月130匹以上のこたちに施術されています。間近にその活動を見ているだけに、元に戻せばというのはさすがに無責任だと思い、こちらでも何かできないかと検索して、・・・」

というようなご相談。文面からも北九州市行政の愛護活動の取り組み方にあきれている感じが伺えます。

他にもいろいろと

小さな団体ですが私ども「あおぞら」にも、いろいろなご相談の連絡が再々入ってきます。                               特に、愛護センターへ相談したが、埒が明かないのでという場合が多々あります。

ノラ猫に関する相談仔猫の処置、住み着いたノラの処置 。           中には、幼稚園からの深刻なご相談もあります。

邪魔だから、汚いからと排除する事だけを考えるだけでなく、如何に共生するかを共に考えていくことは命の大切さを教える教育問題でもあると思います。

これらの沢山の相談がひっきりなしにあるということは、地域としての問題であり地域として否、市全体として解決していくべき問題ではないかと思うのですが如何でしょうか?

北九州市からの電話

北九州市の環境課でしょうか、先日、こちらに連絡が来ました。        或る老夫婦からの相談について仔猫を保護したが飼えないので引き取ってもらえないかとのことでした。                          こちらも現在、手一杯なので、愛護センター等相談できないかと答えたところ「縦割りなので他の部署へ相談するのは難しい」とのこと。

NPOは行政の手の行き届かないところを市民の力でカバーするという一面があるということもわかります。                              団体或いは個人として「里親さん活動」に力を入れているところや「TNR活動」を推し進めている団体個人もたくさんあり、それなりに実績は上げていることでしょう。が、それでも相談件数が減らないということは、根幹の問題が解決の方向に向かっていないからではないでしょうか?                  いわば枝葉末端でバタバタと対処していても解決の決め手にはなっていないということ。

其々の事情

 増えても別に問題ないのであれば、いろいろと策を講じることもないしそれが一番自然に即していいことかもしれませんが、現実問題として、そう放置ばかりもできないということはわかりきったこと。                 やはり、時間は少しかかるかもしれませんが、地道にTNRを実施しながら放置の数を抑制していくしかないのではないのでしょうか。

地域住民の方々で話し合いをということになるのでしょうが、そのきっかけづくりとしての基本的な知識情報の共有ができていないことと、かかる費用の捻出等がネックとなってとなかなかスムーズには進まないと思われます。

原則にこだわっていては

地域ねことはこういう条件を満たしている猫達でそれ以外は管理ができないし関われない。助けたいならご自身の責任でご自由にやってください、邪魔ならほっておくか、近づかないような工夫をしてください。というようなアドバイスでは根本的解決には程遠いもので問題を先送りしているだけとしか思えません。

融通無礙あるいは空の精神で、もっと柔軟に対応を考えていかなければいい方向へは進まないのではと思います。

一つの方法として今、確実に実績を上げているやり方が公益財団「どうぶつ基金」と行政の連携した活動実施だと思います。

4月に実施された宮崎県の一例をあげますと

【4月19~24日】
どうぶつ基金獣医:山口(院長)、吉田、工藤、高瀬

ボランティア:4/19:5人、4/20:5人、4/21:5人、4/22:7人、
       4/23:8人、4/24:9人

手術数

オス:191匹 メス:93匹 メス(妊娠):68匹 耳カットのみ:7匹
※ 耳カットのみとは:麻酔後、ワクチン投与・ノミダニ駆除・耳カットをしたが、手術前に
  不妊手術済であったことが獣医により確認されたため手術を行わなかった猫のことです

総数:359頭 堕胎数:267

運ばれた猫の頭数(すべて行政枠)                   宮崎市役所:80 日向市役所:40 日南市役所:35 宮崎県三股町:50    高千穂町:34 美郷町役場:12 木城町:30 国富町:20
特定非営利活動法人まち・ねこ環境向上委員会:43             宮崎県三股町(多頭飼育救済):15

計:359頭

 福岡県下でも実施しているところも有、大きな実績を出しています。    勿論、個人や任意団体個々で自助努力を重ねているわけですが、数からいうと行政とのタイアップで組織的に行うTNR活動で一気に数百匹のTNRを施すことの方がより効果が大きいのではないでしょうか?                 かつて噴煙公害等最悪の環境状態からクリーンな環境へ脱却し世界の手本となった北九州市。そろそろ、動物愛護問題でも付け焼刃ではなく本気で取り掛かって頂けないものでしょうか?

実施にはいろいろな解決すべき問題があり、一足飛びに上手くいくとは思いませんが一歩前進していただくことを切に希望いたします。

(※表題の「元から絶たなきゃ・・とは命を絶つのではなく問題の根本を見据えて絶つという意味です」(=^・^=))

法華経の佛・菩薩・神・鬼神等Ⅴ

今回で、いよいよ最終回、法華経のなかから拾いだすことが出来た、200の名前の羅列に過ぎませんが、法華経を読む時、整理するのに役立つように思っています勿論、法華経は、頭で理解するというよりも感性でとらえる部分が大きいと思いますがそれでも、登場人物等を知っておくことは、イメージを深める一助にはなるのではないか思います。

★ホ~ワ

ホウシャクボサツ 寶積菩薩(161

法華経序品1 釈迦牟尼佛の霊鷲山における説法聴聞衆菩薩群の17番目の菩薩として登場。
法の宝の集積という意味 大宝積経 唐の菩提流支が漢訳した大乗経典。 120巻がある。

ホウショウボサツ 寶掌菩薩(162

法華経序品1 釈迦牟尼佛の霊鷲山における説法聴聞衆菩薩群の6番目として名を連ねる。

ホウソウニョライ 寶相如来(163

法華経學無學人記品9、釋尊の學無學の二千人の等が弟子未来世に於いて十方世界にて 作佛した時の名で皆一號名を持つ
寶相如来應供正徧知明行足善逝世間解無上士調御丈夫天人師佛世尊

ホウミョウニョライ 法明如来(164

五百弟子授記品8、冨樓那彌多羅尼子が未来世に於いて作佛した時の名
法名如来應供正徧知明行足善逝世間解無上士調御丈夫天人師佛世尊

ボンソウ(ニョライ 梵相(如来(165

法華経化城品7 大通智勝如来、出家前の十六御子の一人 西南方にて作佛した二人目の名。

ボンテンオウ 梵天王(166

法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆の娑婆世界の主として1番目に記される。
随喜功徳18、釈迦牟尼仏の説法に登場 法華経を行ずる者の功徳として後世に於いて梵天王の 坐處尼生まれるとされる。

マカカセンネン 摩訶迦旃延(167

梵: マハーカーティヤーヤナ・巴:Mahākaccāna マハーカッチャーナ 釈迦の十大弟子の 一人であり、論議第一と称せられる。摩訶は偉大なるの意 大迦旃延とも。
法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆として大羅漢8番目に記される。
信解品4、他の長老僧3人と共に 舎利弗の作佛に歓喜、自ら譬喩を述べる。
授記品6、釈尊の授記を受け未来世に作佛し閻浮那提金光如来となる。

マカカヨウ 摩訶迦葉(168

十大弟子の一人。そのなかでもとくに代表的な3人の一人。大迦葉(だいかしょう)、迦葉ともいう。
法華経序品1、釈迦牟尼佛の霊鷲山における説法聴聞衆大羅漢の一人 2番目に登場。
信解品4、他の長老僧3人と共に舎利弗作佛に歓喜、自ら譬喩を長者窮子譚を披露 並びに偈を説く。
藥草喩品5にて釈尊の藥草の譬譚聴聞代表として名があげられる。
授記品6で釈尊の授記を受け未来世に作佛し光明如来となることを告げられる
五百弟子授記品8,釈迦牟尼仏より千二百の阿羅漢すべてが未来世に於いて作佛することを告げられる。

マカクチラ 摩訶拘絺羅(169

倶絺羅とも・梵語:Kotthila 音写:拘絺羅、倶祉羅など、訳:膝 釈迦の弟子のひとり また長爪梵士、 長爪婆羅門などともいわれる。頗る弁舌を有し、仏弟子の中で、問答第一の弟子と称。
法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆として大羅漢15番目に記される。

マカハジャハダイピクニ 摩訶波闍提比丘尼(170

マハープラジャーパティーの音写。釈尊の母の妹。釈迦族の姓ガウタマの女性形、 憍曇称[きょうどんみ](ガウタミー)とも呼ばれる。生母である摩耶(マーヤー)夫人が釈尊の生後7日 に亡くなったので、摩訶波闍波提が浄飯王の妃として迎えられ、釈尊を養育した。浄飯王の死後に 出家し、仏教史上最初の比丘尼(女性出家者)となり、比丘尼の指導的立場として活躍。
法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆の一人として大羅漢群の次に紹介。
法華経勧持品13で、一切衆生憙見如来になると釈尊から授記を受ける女人成佛の手本とされる

マナシリュウオウ 摩那斯龍王(171

法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆で仏法守護神である八大龍王の7番目に記される。
龍王については難陀龍王参照

マンガツ(ゲツ)ボサツ 満月菩薩(172

法華経序品1 釈迦牟尼佛の霊鷲山における説法聴聞衆菩薩群の11番目として名を連ねる。
鳳凰堂の長押上の小壁に懸けられた雲中供養菩薩像52体の中の1體。

ミオンケンダツバオウ 美音乾闥婆王(173

法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆の四乾闥婆王の4番目に登場する
乾闥婆王については樂乾闥婆王参照

ミケンダツバオウ 美乾闥婆王 (174

法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆の四乾闥婆王の3番目に登場する
乾闥婆王については樂乾闥婆王参照

ミョウオンボサツ 妙音菩薩(175

法華経妙音菩薩品24に説かれる菩薩
東方の淨華宿王智如来の在す一切浄光荘厳国から釈尊を礼拝供養し法華経を聞くために霊鷲山に 飛来した菩薩。文殊師利菩薩・藥王菩薩・勇施菩薩・上行意菩薩・荘厳王菩薩。藥上菩薩らと挨拶 。
美しい声で十方(じっぽう)世界に教えを広めるという。
過去譚の中では 雲雷音王多陀阿伽度佛の下で伎楽を供養し寶器を奉上したその因縁を以て 淨華宿王智如来のもとに生まれたとされる。
此の菩薩は種々の身を現じて(34身)衆生を救済するとされる。
密教では、文殊の一つ、五字文殊の異名。五髻の童子形で、胎蔵界文殊院に配する 。

ミョウガツテンジ 名月天子(176

法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆天子群の2番目に記される

ミョウコウボサツ 明光菩薩(177

法華経序品第1 過去譚の中で日月燈明佛の説法法華経を聴聞する菩薩衆の一人八百人の 弟子を持つ。後に釈迦如来の世界で文殊師利菩薩となる前世の菩薩。

ミョウショウゴン 妙荘厳王(178

法華経妙荘厳王本事品27、藥王・藥上菩薩の因縁過去譚 
及往古世の時代、雲雷音宿王華智多陀の光明荘厳國の王の名 藥王・藥上菩薩の前世淨蔵・淨眼 二子の父 子の勧めにて佛に帰依、雲雷音宿王華智多陀より作佛し沙羅樹王佛となることを告げられる。
後の世、釈迦牟尼仏の世界に於いて生まれ変わり華徳菩薩となる。

ミョウソウニョライ 名相如来(179

法華経授記品6、釈尊より弟子須菩提が授記を受け未来世に於いて作佛することを告げられる。
佛となったときの名、正式には                       名相如来應供正徧知明行足善逝世間解無上士調御丈夫天人師佛世尊

ミョウホウ 妙法(180

法華経化城品7、大通智勝佛の瑞相による光明に照らしだされた南方の梵天王の國の大梵天王の名。
宮殿が光明照耀したことに抱く衆生の疑問に答えへ大通智勝佛のもとへ飛来することを促す。

ミョウホウキンナラオウ 妙法緊那羅王(181

法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆の四緊那羅王の2番目に登場する
緊那羅王については法緊那羅王参照

ミロクボサツ 彌勒菩薩(182

梵: マイトレーヤ、巴:メッテイヤ、メッテッヤは仏教において、釈迦牟尼仏の
次に現われる未来仏であり、大乗仏教では菩薩の一尊。
弥勒は音写であり、「慈しみ」(梵: maitrī, 巴: mettā)を語源とするため、慈氏菩薩(“慈しみ”という 名の菩薩)とも意訳。
弥勒は現在仏であるゴータマ・ブッダ(釈迦牟尼仏)の次にブッダとなることが約束された 菩薩(修行者)で、ゴータマの入滅後56億7千万年後の未来にこの世界に現われ悟りを開き、 多くの人々を救済するとされる。それまでは兜率天で修行(あるいは説法)しているといわれ、 中国・朝鮮半島・日本では、弥勒菩薩の兜率天に往生しようと願う信仰(上生信仰)が流行 弥勒如来、弥勒仏と呼ばれることもあり、如来形の仏像も作られている。
法華経序品1 釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞菩薩衆第16番目の菩薩として名を連ねる。 前世では妙光菩薩(文殊師利菩薩)の弟子求名として登場。      また、法華経の中では別名阿逸多と呼ばれる。
法華経分別功徳品17/随喜功徳品18等々に登場する。
『観弥勒菩薩上生兜率天経』、『弥勒下生経』、『弥勒大成仏経』の3本で『弥勒三部経』と呼ぶことが ある。また、浄土宗系の『無量寿経』には、阿弥陀仏の本願を後世の苦悩の衆生に説き聞かせるよう にと、釈迦牟尼仏から弥勒菩薩に付嘱されている。
従地湧出品15では地より出現した菩薩群の因縁を釈尊に問う
如来壽量品16、釈迦牟尼仏が久遠常住不滅の佛であることを明かされる
分別功徳品17、釈尊より聴聞衆の代表として久遠なる佛の心理を聞くことにより多くの衆生が 救済されることを告げられる。
随喜功徳18、聴聞衆を代表し釋迦牟尼佛に法華経を聞く者の功徳を尋ねる。
普賢菩薩勧發品28、法華経受持するものは命終の後兜率天の彌勒のもとへ往くと説かれる。

ムエンゾク 無厭足(183

法華経陀羅尼品第26 法華経を信じる者の守護神として現れる鬼子母神の眷属
十羅刹女の七番目として登場。

ムジンニボサツ 無盡意菩薩(184

法華経観世音菩薩普門品25、釈迦牟尼仏に観世音菩薩の名の由来因縁を問う
また観世音菩薩に法施の珍寶の瓔珞を奉上する

ムヘンギョウボサツ 無邊行菩薩(185

法華経従地涌出品15、娑婆世界の地の虚空より突如として現れた菩薩群の四導師の 第二番目に登場する菩薩。

ムリョウイ 無量意(186

法華経序品1、過去譚日月燈明が出家する前の子、八王子の一人父の出家により法師となる。 3番目に記、妙光菩薩の八百人の弟子のひとり。

ムリョウリキボサツ 無量力菩薩(187

法華経序品1 釈迦牟尼佛の霊鷲山における説法聴聞衆菩薩群の13番目として名を連ねる。 「無限に勇猛なる」という名の菩薩。

モンジュシリボサツ 文殊師利菩薩(188

マンジュシュリーまた妙吉祥菩薩(みょうきっしょうぼさつ)などともいう一般に智慧を司る 仏とされる。その他、非人救済などの慈善事業を司るほか、日本の真言律宗では慈母供養の象徴 としての一面も重視 『華厳経』では善財童子を仏法求道の旅へ誘う重要な役で描かれる。
法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆菩薩群の第1番目の菩薩として記される。
提婆達多品12、龍宮の世界にて布教し娑竭羅龍王の娘八歳尼法華経を説き菩提に至らしむ。
安樂行品14、釈尊に後の世での法華経を護持する方法を尋ねる。
如来神力品21、無量百千萬億の舊住娑婆世界菩薩摩訶薩等聴聞衆と共に釈迦牟尼仏と その分身の佛たちの発する大神力を目撃。
妙音菩薩品24、釈尊を礼拝供養のため淨華宿王智如来の国より飛来した妙音菩薩の由来因縁を 釈尊に尋ねる妙音菩薩と邂逅。

ヤクオウボサツ 藥王菩薩(189

(梵: Bhaiṣajyarāja)
薬上菩薩とともに釈迦如来の脇侍として付き従うまた阿弥陀如来の二十五菩薩にも数えられる。 薬上菩薩とは兄弟であったとされ、人々に薬を与えた功徳により双方が菩薩になる事が出来たという。
一般的には薬壷と薬草を手に持つ姿で現される。                 法華経序品1 釈迦牟尼仏の霊鷲山説法聴聞菩薩衆の7番目として登場。
法師品10、八萬大士の代表として法華経を信じる者がすべて未来世に於いて作佛することを告げられる。
勧持品13では大樂説菩薩と釈迦の前で2万の菩薩眷属と共に、仏の滅後の教化は難しいが 大忍力をもって弘経していくと誓った。
藥王菩薩本事品23では菩薩の過去譚が主題。(後述)
妙音菩薩品24、釈尊礼拝供養のため淨華宿王智如来の世界より飛来した妙音菩薩と邂逅。
妙荘厳王本事品27では、昔、雲雷宿王華智如来の出世時に、妙荘厳王と浄徳夫人に、浄蔵と 浄眼の二子があり、浄蔵が今の薬王菩薩、浄眼が今の薬上菩薩、それぞれの前世であることを説く。
法華経・薬王菩薩本事品では、薬王菩薩の前世は、一切衆生喜見菩薩といい日月浄明徳如来(仏) の弟子だった。この仏より法華経を聴き、楽(ねが)って苦行し、現一切色身三昧を得て、歓喜して仏を 供養し、ついに自ら香を飲み、身体に香油を塗り焼身した。諸仏は讃嘆し、その身は1200歳まで燃 えたという。命終して後、また同じ日月浄明徳如来の国に生じ、浄徳王の子に化生して大王を教化した。
再びその仏を供養せんとしたところ、仏が今夜に般涅槃することを聞き、仏より法及び諸弟子、舎利など を附属せられた。仏入滅後、舎利を供養せんとして自らの肘を燃やし、7万2千歳に渡って供養したという。
法華経陀羅尼品26では最初登場し説法者守護の陀羅尼呪を説く。


◎ 観薬王薬上二菩薩経:過去世、瑠璃光照如来が出世し、そして入滅した時、日蔵比丘が出でた。 日蔵は聡明で諸の大衆のために大乗の平等大慧を説いたが、その時に衆生の中に、星宿光、電光明 という兄弟の長者がいて、共に説法を聴き、歓喜心を生じ、日蔵比丘や大衆に諸薬などを供養し梵行を 修し、大菩提心を起した。その時の星宿光が今の薬王、電光明が薬上である、と釈迦仏が明かした。 釈迦仏は弥勒菩薩に、彼ら兄弟は未来に浄眼・浄蔵という如来になるであろうと告げた。

日蓮を本仏とする宗派や教団においては、天台智顗、伝教最澄の本地を、薬王と薬上であると定。

ヤクジョウボサツ 藥上菩薩(190

薬王菩薩と共に釈迦如来の脇侍として付き従う事が多く、単独での信仰は皆無である。 手に薬壷を持つとされるものの、定型は無くしばしば変容する 薬王菩薩とは兄弟。
妙音菩薩品24、釈尊を礼拝供養のため飛来した妙音菩薩とあいさつを交わす
法華経妙荘厳王本事品第27では、昔、雲雷宿王華智如来の出世時に、妙荘厳王と浄徳夫人に、 浄蔵と浄眼の二子があり、浄蔵が今の薬王菩薩、浄眼が今の薬上菩薩、それぞれの前世である ことを説く。

ヤシャ 夜叉(191

法華経譬喩品3、譬喩説話の中の長者の火宅に巣くう悪鬼らとして登場。
法華経陀羅尼品26に登場する名、人をいのちを短命にする悪鬼 古代インド神話に登場する鬼神。 インドで人を害する悪鬼。仏教に取り入れられ護法善神の一尊となる 毘沙門天の眷属で北方を守護する鬼神。八部衆の一。薬叉。

ヤシュダラピクニ 耶輸陀羅比丘尼(192

ヤショーダラー(梵) / ヤソーダラー(巴)釈迦が出家する前、すなわちシッダールタ太子だった時 の妃の名。出家以前の釈迦、即ちガウタマ・シッダールタと結婚して、一子羅睺羅(らごら、ラーフラ)を 生んだとされる。
法華経序品1で釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆比丘尼として2番目に紹介。
法華経勧持品13で、未来世に具足千万光相如来に成ると釈尊から授記を受ける。

ユウゼボサツ 勇施菩薩(193

釈迦如来に供奉する菩薩の一。名は布施の勇者の意。
法華経序品1 釈迦牟尼仏の霊鷲山説法聴聞菩薩衆の8番目の菩薩として登場。
妙音菩薩品24、釈尊を礼拝供養に訪れた妙音菩薩とあいさつ。
陀羅尼品第26に法華經を信ずるものの守護神として薬王菩薩の次に陀羅尼神咒を述べる。
日蓮宗では五番の善神の神として崇敬される

ラゴアシュラオウ 羅睺阿脩羅王(194

法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆の四人の阿脩羅王の4番目に記される。
阿脩羅王については婆稚阿脩羅王参照

ラゴラ 羅睺羅(195

梵/巴: Rāhula ラーフラ)は、仏教の開祖たる釈迦の実子であり、,二〇歳で具足戒を受け十大弟子の 一人に数えられ、正しい修行を為した密行第一と称。
法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆大羅漢の21番目に記される
學無學人記品9、釈迦牟尼佛より授記を受け来世に於いて蹈七寶華如来として作佛することを告げられる。

ラセツ 羅刹(196

法華経陀羅尼品26に登場する人をいのちを短命にする悪鬼 羅刹鬼(らせつき)・速疾鬼(そくしつき) 可畏(かい)とも訳。               破壊と滅亡を司る神。また、地獄の獄卒(地獄卒)のことを指す時も。
古代インド神話人の肉を食う凶暴な悪鬼。のちに仏教に入り,羅刹天とされる
仏教の天部の一つ十二天に属する西南の護法善神 多聞天(毘沙門天)に夜叉と共に仕える。

ランバ 籃婆(197

法華経陀羅尼品第26 法華経を信じる者の守護神として現れる鬼子母神の眷属
十羅刹女の一番目として登場

リハタ 離波多(198

梵語:レーヴァタ・キャディラ・ヴァニヤ、
音写:離波多 等他、訳:室星、室宿、仮和合 等 釈迦の弟子の一人 舎利弗の弟とされる説あり。
法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆大羅漢の一人12番目に記される。
五百弟子授記品8、他の五百の羅漢と共に未来世に於いて作佛し普明如来となることを釈迦牟尼仏より 告げられる。

リュウジョ 龍女(199

法華経提婆達多品12、海神娑竭羅龍王の娘、文殊師利菩薩より法華経を授かり、娑婆世界の 釈迦牟尼仏の前に顕れ、舎利弗らの疑問に答え須臾にして男子に變成し南方無垢世界にて 佛となりて妙法を演説する。              畜種女人の成佛の証とされる。

ワシュキツリュウオウ 和脩吉龍王(200

法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆で仏法守護神である八大龍王の4番目に記される。
龍王については難陀龍王参照

以上第5回で法華経に登場する御名をほぼ網羅できたのではと思います。とは言え何しろ、宗教・仏教には疎いもののする事、或いは記録落ちのところもあるかもしれません。が、皆様の何かのお役に立てば幸いです。

一日一話 松下幸之助

六月のことば

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昔見し象の小川を今見れば いよよ清けくなりにけるかも  大伴旅人

二日 主座を保つ

指導者と云うものはどんな時でも、自分自らこの様にしよう・こうしたいと云うものは持っていなくてはならない。そういうものを持った上で他人の意見を参考として取り入れる事が大事なのであって、自分の考えを持たずして只他人の意見に随うと云うだけなら、指導者としての意味はなくなってしまう。要は指導者としての主体性というか主座と云うものを確り持たなくてはいけないという事である。主座を保ちつつ他人の意見を聞きある種の権威を活用していく。そういう指導者であって初めてそれらを真に活かす事が出来るのだと思う。

  • 1582(天正10)本能寺の変 
  • 1985年(60)つくば科学技術博覧会
  • 2010年(H22)民主党鳩山首相退陣
  • 宇宙ステーションより宇宙飛行士野口聡一帰還
  • 今日は路地の日
  • Memo―臨済録➡臨済禪師 隋処作主立処皆眞 百朝集(六然)

八日 富の本質

時代によってと身に着いての考え方も変わってきます。これ迄は単に蓄積された物がと富と考えてきましたが経済の進歩した今日では。その物を生産し得る能力生産力こそが真の富とも考えられます。それでは生産力だけを増やせばいいかと云うと決してそうではありません。生産は必ず消費に相応じなければなりません。幾ら生産してもそれが消費されなければ何の値打ちも持ちません。即ち消費力があればこそ生産力があるのです。従って生産力と消費力のバランスをとりつつ増大させて行く事が富の増大で有り、繁栄の道も其処から生まれてくると云えるのではないでしょうか。

  • 2001(H13)大阪教育大付属池田小学校等乱入殺傷事件-宅間守 
  • 2008(H20)秋葉原無差別殺傷事件 
  • 今日はバイキングの日
  • Memo―経済活動の循環・消費力

十二日 公明正大

後漢の時代に高潔を謳われた楊震と云う政治家がいた。この人がある地方の太守として赴任して行った処偶々以前に引き立ててやった王密と云う人が夜分に訪ねて来て大枚の黄金を楊震に贈ろうとした。楊震が受け取るのを断ると王蜜はこんな夜中でこの部屋には私達二人しか居ないのですから誰にも判りませんよと云った。その時に楊震は誰も知らないと云うが君と私自身が知っているではないか斯う言ったと云う。他人が知っているという事よりも先ず自らの心を問うて疾しい処がないか公明正大であるかと云う事が大切だと思うのである。

  • 今日は恋人の日
  • Memo―天網恢恢疎にして漏らさず・天知る地知る己知る

十五日 批判は後でよい

賢い人は伴すれば批判が先に立って目前の仕事に没入しきれない事が多い。此の為折角優れた頭脳と知恵を持ちながら批判ばかりして結局は簡単な仕事も満足に出来ない事がある。処が逆に人が見れば詰らないと思われるような仕事にもバカの一つ覚えと云われるぐらいに全身全霊を打ち込む人がいる。此の姿は全く尊く見ていても頭が下がる。仕事に成功するかしないかは第二の事、要は没入する事である。批判は後でよい。兎に角一心不乱に成る事だ。斯うした努力は必ず実を結ぶと思う。其処からものが生まれずして一体どこから生まれよう。

  • 今日は信用金庫の日
  • Memo-馬鹿と莫迦の違い

十九日 美と醜

私の自宅の近くに水のきれいな池がある。水面に周囲の樹々の姿を映し誠に風情がある。処がこの池が一頃雨が降らなくて底の大半を露出してしまう迄になった。移すべき何物も無く醜い底を露呈するばかりである。美の半面には醜があるーそんな思いである。お互い人間も是と同じ事ではなかろうか。美と醜とが相表裏している処に人間の真実がある。とすれば美の面の巳に捉われてその反面の醜を責めるに急なのは人間の真実と云うものを知らないものである。温かい寛容の心を持って接し合う事がお互いに明るく暮らす為の一番大事な事ではなかろうか。

  • 1945年(S20)福岡大空襲
  • 今日は元号の日・チャンピオンの日
  • Memo-安岡正篤「百朝集」34章人の是非

二二日 知識はあっても

先般あるお店で金庫の扉がガス溶接機で焼き切られて中から金を盗まれたと云う事件がありました。ガス溶接の知識を利用して扉を溶かした訳です。そういう泥棒がいるのです。都筑は幾ら持っていても人間の心即ち良心が養われなければ、そういう悪い方面に心が働き知識は却って仇を為すと云う様な感じがします。今日新しい知識が無ければ生活に事欠くと云う位知識は大事なものです。其れだけに知識に相応しい人間人心と云うものを育てる事が非常に必要な事ではないかと思うのです。

  • 1965年(S40)日韓国交 2010年(H22)広島マツダ自動車工場構内車暴走事件
  • 今日はカニの日・ボーリングの日
  • Memo―安岡正篤「論語・老子・禪」智慧と理性

三十日 健康法は無くても

私は若い頃から病弱であったが、戦中戦後の無我夢中で働かざるを得ない時期を経て健康体になり今でもまだ元気でいられる。健康法と云えるものは何もないと云っていい私にとって是は考えてみれば誠に有難い事だし本当に不思議なものだと思う。併し此れ迄の歩みを振り返ってみると私は一つの仕事が成就すると又すぐ次の仕事をと、絶えず目標を持って努めてきた。いま静かに思うとその繰り返しの中に張り合いがあり、そこに云わば死ぬに死ねないとでもいうか一種の緊張感が漲っていた。其処に生きる張り合いを感じ毎日を過ごしてきた様に思うのである。

  • 今日は集団疎開の日

松下幸之助翁が安岡正篤師の著書を読んでいたかどうかは定かではありませんが、多分大阪師友会等には出席され、言葉を交わしたことなどもあるのではと思います。著書を読んでる読んでないは別として、やはり達人の域に達した人の意見というか者のとらえ方見方は似たようなものになるのだなということを感じています。

法華経の佛・菩薩・神・鬼神等Ⅳ

今回で法華経の佛菩薩 神々 の紹介も第4回目となりました。専門家の方々からすれば、何と稚拙なということでしょうが、初心者にとって、辞書代わりに使えるかもしれません。之をきっかけに興味を持った方々が、それぞれもっと深く調べていただければ嬉しいですね。

★タ~ホ

ダラニボサツ 陀羅尼菩薩(121

法華経随喜功徳品18 法華経の聴聞功徳として未来世では陀羅尼菩薩の一處に住すると説く。
菩薩の名の由来は陀羅尼の言葉の力で仏法を保持して悪法を防ぐといわれところから 陀羅尼はサンスクリット語の音写で、訳すと総持となるので、総持菩薩ともいいます。

チシャク 智積(122

法華経化城品7、大通智勝佛の出家する以前に十六の御子あり其の中の第一の子の名。

チシャクボサツ 智積菩薩(123

法華経提婆達多品12、多寶如来所従の菩薩、文殊師利に龍宮布教状況を問う

テンオウニョライ 天王如来(124

法華経提婆達多品12、未来世に於いて提婆達多が成佛した時の名。
悪人も成佛できるとの譬とされる。
天王如来應供正徧知明行足善逝世間解無上士調御丈夫天人師佛世尊

テンリンジョウオウ 轉輪聖王(125

古代インドの思想における理想的な王を指す概念・総称。地上をダルマ(法)によって統治し、 王に求められる全ての条件を備えるという。サンスクリット語ではチャクラヴァルティラージャン。
法華経序品1 釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆として六瑞相を見る
安樂行品14、釈尊の譬喩の中で魔軍を倒す王として登場 轉輪王
随喜功徳品18、釈尊の説法の中で登場 法華経を行ずる物は後世尼轉輪聖王の坐處へ生まれる

ドイッサイセケンクノウ(ニョライ) 度一切世間苦悩(如来(126

法華経化城品7 大通智勝如来、出家前の十六御子の一人 西方にて作佛した二人目の名 

トウシッポウケニョライ 蹈七寶華如来(127

法華経學無學人記品9、釈迦牟尼仏の実子、羅睺羅が未来世に於いて作佛した時の名。
蹈七寶華如来應供正徧知明行足善逝世間解無上士調御丈夫天人師佛世尊

ドウシボサツ 導師菩薩(128

法華経序品1 釈迦牟尼佛の霊鷲山における説法聴聞衆菩薩群の18番目の菩薩として登場。
梵本(サンスクリット語)では「良き商主」という名の菩薩。導師とは人々を正しい道に導く人のこと。

ドクシャカリュウオウ 徳叉迦龍王(129

法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆で仏法守護神である八大龍王の5番目に記される。
龍王については難陀龍王参照

トクゾウボサツ 徳蔵菩薩(130

浄身佛の前世の名
法華経序品1 過去譚の中で日月燈明佛の授記をうけ後に佛となる名は
浄身多陀阿伽度阿羅訶三貌三佛陀

トクダイセイボサツ 得大勢菩薩(131

法華経序品1,釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆菩薩群の第3番目の菩薩として記される
梵名マハースターマプラープタ 「大勢至菩薩」、「大精進菩薩」、「勢至菩薩」の別名。
日本では午年の守り本尊、十三仏の一周忌本尊として知られている。
常不經菩薩品20、法華経を護持する者の功徳を釈尊の過去譚として聴聞する役として登場。

ナダイカヨウ 那提迦葉(132

ナディー・カッサパ釈迦の弟子となった三迦葉(さんかしょう)の一人次男。  バラモンで火の神 アグニを信仰する事火外道で、それぞれ数多くの弟子と信者がいた。
法華経序品1、釈迦牟尼佛の霊鷲山における説法聴聞衆大羅漢の一人 5番目に記される。
五百弟子授記品8、他の五百の羅漢と共に未来世に於いて作佛し普明如来となると釈迦牟尼仏が授記。

ナンダ 難陀(133

仏弟子の1人で、釈迦の異母兄弟 孫陀羅難陀と同一人物とも
法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆として大羅漢16番目に記される

ナンダリュウオウ 難陀龍王(134

法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆仏法守護神の八大龍王の1番目に記される
仏教 における蛇形の鬼類である ナーガ の 王 仏典 に記されたインドの蛇形の精霊であるナーガは、 龍と 漢訳 されて中国に伝わった。ナーガはインドで古くから信仰されていた蛇神。
難陀龍王は千手観世音菩薩 の眷属である 二十八部衆 の一尊にも挙げられている

ニチガツジョウミョウトクニョライ 日月浄明徳如来(135

藥王菩薩本事品23、藥王菩薩過去譚で菩薩が所属した国の佛の名、一切衆生喜彌菩薩はじめ多くの 菩薩衆の為に法華経を説く。
日月浄明徳如来應供正徧知明行足善逝世間解無上士調御丈夫天人師佛世尊

ニチガツトウミョウニョライ 日月燈明如来(136

法華経序品1 彌勒菩薩の問いに対して文殊師利菩薩が答える過去譚の中の佛の名。
日月燈明如来應供正徧知明行足善逝世間解無上士調御丈夫天人師佛世尊
過去世に於いて法華経を説いた佛で、釈迦牟尼仏と同じく法華経を説く前に六瑞相を顕した。

ニョイカルラオウ 如意迦樓羅王(137

法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆の四人の迦樓羅王の4番目に記される。
迦樓羅王については大威徳迦樓羅王参照

ネントウブツ 然燈佛(138

法華経序品1、過去譚日月燈明が出家する前の子、八王子の一人父の出家により法師となる 8番目に記、妙光菩薩の八百人の弟子のひとり 後、八王子とも佛道を成じる。八王子が作佛し、最後に成仏した佛の名。

ハクラ 薄拘羅(139

ヴァックラ釈迦の弟子の一人である。仏弟子中、病をしなかったことから、
無病第一、また最も長く生きたので長寿第一の弟子などと称。
法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆大羅漢の一人14番目に記される
五百弟子授記品8、他の五百の羅漢と共に未来世に於いて作佛し普明如来となることを 釈迦牟尼仏より授記うける

バチアシュラオウ 婆稚阿脩羅王(140

法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆の四人の阿脩羅王の1番目に記される 阿修羅道の王、八部衆または二十八部衆(中国では二十八天)に属する、仏教の守護神。
法華経では阿修羅は悪として書かれることは圧倒的に少なく基本的には三善道の1つもしくは 八部衆の1つとして描かれており善趣の存在である。

バツダバラボサツ 跋陀婆羅菩薩(141

法華経序品1 釈迦牟尼佛の霊鷲山における説法聴聞衆菩薩群の15番目の菩薩として登場。
入浴せんとして悟りを開いたといわれる菩薩。. そのため僧堂では浴室に祀られている。

バツナンダリュウオウ 跋難陀龍王(142

法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆で仏法守護神である八大龍王の2番目に記される。
龍王については難陀龍王参照

ハラダ 頗羅堕(143

法華経序品1 代々続く日月燈明如来の姓。
※賓頭盧頗羅堕(びんずるはらだ)☞釈迦牟尼佛の時代では釈迦(しゃか)の弟子で、十六羅漢の第一。 神通に長じたが、みだりに神通を用いたため、仏に叱られて涅槃(ねはん)を許されず、仏の滅後も衆生 を救い続けるとされる。

ビシャモンテンノウゴゼシャ 毘沙門天王護世者(144

法華経陀羅尼品第26、法華経を信じるものを守護する 毘沙門天に同じ法華経行者守護神として 3番目に守護の陀羅尼神咒を述べる 五番の善神
梵名: ヴァイシュラヴァナ  天部 の 仏 神で、持国天 、 増長天 、 広目天 と共に 四天王 の一尊に数えられる武神であり、四天王では 多聞天 として表わされる 。

ビダラ 毘陀羅(145

法華経陀羅尼品26に登場する人のいのちを短命にする悪鬼。
ヴェーターラインド神話の鬼神人の死体を操り、これを動かすと言われる、
日本の「死人憑き」(死体に取り付く見えない妖怪)と似ている 毘陀羅、起屍鬼、屍鬼と訳。
四夜叉の一仏典では青面金剛に従う四護法善神の夜叉。
それぞれ毘陀羅(びだら)、阿跋摩羅(あばつまら)、犍陀羅(けんだら)、烏摩勒伽(うまろきゃ)

ヒツリョウカバシャ 畢陵伽婆蹉(146

Pilinda-Vaccha ピリンダ・ヴァッチャ、音写:畢蘭陀筏蹉 等他、
訳:悪口、余習、言語麁擴不遮尊貴 等他 釈迦の弟子の一人 舎利弗の弟とされる説あり。
法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆大羅漢の一人13番目に記される。 バラモン出身といわれCuula-Gandhaara という隠身呪術を学び名声を得ていたという。

ビマシツタラアシュラオウ 毘摩質多羅阿脩羅王(147

法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆の四人の阿脩羅王の3番目に記される。
阿脩羅王については婆稚阿脩羅王参照

ビランバ 眦籃婆(148

法華経陀羅尼品第26 法華経を信じる者の守護神として現れる鬼子母神の眷属
十羅刹女の二番目として登場。

フクソクボサツ 不休息菩薩(149

法華経序品1 釈迦牟尼佛の霊鷲山における説法聴聞衆菩薩群の5番目として名を連ねる。

フゲンボサツ 普賢菩薩(150

梵名: サマンタバドラ
文殊菩薩とともに釈迦如来の脇侍として祀られることが多い。
梵名のサマンタバドラとは「普く賢い者」の意味であり、彼の世界にあまねく現れ仏の慈悲と理智を 顕して人々を救う賢者である事を意味する。
法華経普賢勸発品28-に登場する。寶威徳上王佛の世界の菩薩で娑婆世界で法華経を説く 釈迦如来を訪ね頂受す。
一般に特に女性の信仰を集めた。密教では菩提心(真理を究めて悟りを求めようという心)の象徴とされ、 同じ性格を持つ金剛薩埵と同一視される。そのため普賢菩薩はしばしば金剛薩埵の別名でもある。
金剛手菩薩(こんごうしゅぼさつ)とも呼ばれる。「遍吉(へんきち)」という異名があり、滅罪の利益がある。
普賢菩薩の眷属は十羅刹女とされ、また時として十羅刹女たちの母鬼子母神も眷属とされる。 。初期の十羅刹女は唐装束であるが、国風の影響を受けた和装の羅刹女の作例も多い。
これは、法華経において普賢菩薩と十羅刹女が共に「法華経を護持する者を守る」と誓っていることに よるが、これらの女神がそばにいることも、 女性からの信仰を厚くする一因となった。

フコウテンジ 普香天子(151

法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆天子群の3番目に記される

フタンナ 冨単那(152

法華経陀羅尼品26に登場する人をいのちを短命にする悪鬼 ブータ(Bhūta)ともインドに伝わる。
悪霊・吸血鬼の類。ブータナとも呼ばれ、傲慢であり、人の話に全く耳を傾けず、襲われた人間は 重病となったり死亡したりするともいわれる。
仏教においては富単那(ふたんといわれるな)と音訳されて広目天の眷属、仁王経の八部衆の 一つとされる。ヒンディー語ではブート(Bhūt)と呼ばれる。

フミョウニョライ 普明如来(153

五百弟子授記品8、憍陳如が未来世に於いて作佛した時の名
普明如来應供正徧知明行足善逝世間解無上士調御丈夫天人師佛世尊
同じく五百の阿羅漢も未来世に於いて同様の名の佛に作佛すると告げられる

フルナミタラニシ 冨樓那彌多羅尼子(154

梵: プールナ=マイトラーヤニープトラ、巴: プンナ=マンターニープッタ 富楼那弥多羅尼弗多羅は、釈迦仏の十大弟子の一人である。
略して富楼那(ふるな)と呼ばれることが多い。弁舌にすぐれていたために説法第一と称された。                             法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆として大羅漢18番目に登場
五百弟子授記品8 釈迦牟尼仏より未来世に於いて作佛することを告げられるその名を法明如来という。

ホウイ 寶意(155

法華経序品1、過去譚日月燈明が出家する前の子、八王子の一人父の出家により法師となる。
4番目の記、妙光菩薩の八百人の弟子のひとり

ホウイ法意(156

法華経序品1、過去譚日月燈明が出家する前の子、八王子の一人父の出家により法師となる。
8番目に記、妙光菩薩の八百人の弟子のひとり

ホウイトクジョウオウブツ 寶威徳上王佛(157

法華経普賢菩薩勧發品28に登場 普賢菩薩の帰属する国の佛 この佛のいる東方の國より普賢菩薩は 娑婆世界へ釈迦尊の説く法華経を聞くため飛来する。

ホウキンナラオウ 法緊那羅王(158

法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆の四緊那羅王の1番目に登場する
インド神話に登場する音楽の神々(または精霊)である。仏教では護法善神の一尊で、天竜八部衆の 一つである。漢訳は人非人・疑神・歌神・楽神で、緊捺羅、甄陀羅(けんだら)、真陀羅(しんだら)とも 音写される 。

ホウゲツボサツ 寶月菩薩(159

法華経序品1 釈迦牟尼佛の霊鷲山における説法聴聞衆菩薩群の9番目として名を連ねる。

ホウコウテンジ 寶光天子(160

法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆天子群の4番目に記される。

以上で第4回は終了です。次回は6月はじめ最終回です。

法華経の佛・菩薩・神・鬼神等Ⅲ

今回は第3回目です。すべてを網羅しているかどうかはわかりませんが、ある程度重要なところは全部抑えていると思います。

只内容は、簡素にしていますので、基礎の基礎という程度にとらえていただければ幸いです。

★シ~タ

シュボダイ 須菩提(81

スブーティ釈迦十大弟子の一人であり解空第一、被供養第一または無諍第一と称 十六羅漢の一。
法華経序品1,釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆の大羅漢19番目に記される。
信解品4、慧命須菩提の名で登場他の長老僧3人と共に 舎利弗の作佛に歓喜、自ら譬喩を述べる。
授記品6に於いて釈尊より授記を受け最後身成仏することを告げられる☞   名相如来

シュミソウ(ニョライ 須彌相(如来(82

法華経化城品7 大通智勝如来、出家前の十六御子の一人 西北方にて作佛したときの名 

シュミチョウ(ニョライ 須彌頂(如来(83

法華経化城品7 大通智勝如来、出家前の十六御子の一人 東方にて作佛した二人の裡二番目の佛の名、 国の名は歡喜國

ジョウギョウボサツ 上行菩薩(84

法華経従地涌出品15、娑婆世界の地の虚空より突如として現れた菩薩群の四導師の 第一番目の菩薩。                          日蓮は自ら法華経の弘通する行者として上行菩薩の生まれ変わりと称した。
如来神力品21、釈迦牟尼仏より法華経末代弘通の命を下される
屬累品22、釈迦牟尼仏の屬累等諸説語を聞き歓喜遊藥す
妙音菩薩品24、釈尊を供養礼拝の為飛来した妙音菩薩と邂逅(☞上行意菩薩)

ジョウギョウボサツ 淨行菩薩(85

法華経従地涌出品15、娑婆世界の地の虚空より突如として現れた菩薩群の四導師の一人、 第三番目の菩薩。

ジョウケシュクオウチニョライ 淨華宿王智如来(86

法華経妙音菩薩品24、釈迦牟尼仏の白毫の光明に照らし出された東方八萬那由陀恒河沙等の 佛の世界淨光荘厳(一切淨光荘厳とも)という國の佛 妙音菩薩はこの国の菩薩。
淨華宿王智如来應供正徧知明行足善逝世間解無上士調御丈夫天人師佛世尊

ジョウゲン 淨眼(87

法華経妙荘厳王本事品27、藥王・藥上菩薩の因縁過去譚
及往古世の時代、雲雷音宿王華智多陀の光明荘厳國の妙荘厳王と夫人淨徳の間の子で後の世の 釈迦佛の世界の藥上菩薩となる。               父母を神變を駆使して雲雷音宿王華智多陀のもとへ往至する。

ショウゴンオウボサツ 荘厳王菩薩(88

法華経妙音菩薩品24、釈迦牟尼仏を礼拝供養のため東方八萬那由陀恒河沙等の佛の世界淨光荘厳 という國の佛淨華宿王智如来の下から飛来した妙音菩薩と他の菩薩たちと共に邂逅

ショウゴンソウボサツ 荘厳相菩薩(89

法華経妙荘厳王本事品27、藥王・藥上菩薩の因縁過去譚に登場
雲雷音宿王華智多陀の光明荘厳國の妙荘厳王の夫人、後の世釈迦牟尼仏の世界に於いて 荘厳相菩薩として生まれ変わる光照荘厳相菩薩のことで湯音菩薩とも呼ばれる。

ショウジュセソン 聖主世尊(90

法華経見寶塔品11、釋迦牟尼佛が多寶如来への呼びかけるときの尊称

ジョウショウジンボサツ 常精進菩薩(91

法華経所品1釈迦牟尼佛の霊鷲山説法の聴聞菩薩衆として菩薩群の4番目に登場
法師功徳品19に於いて釈迦如来より法華経受持の功徳による、六根荘厳清浄の説を聞く

ジョウシンブツ 淨身佛(92

法華経序品1 過去譚の中で日月燈明如来の世界の菩薩で名は徳藏が如来より授記をうけ、後に 佛となったときの名                                浄身多陀阿伽度阿羅訶三貌三佛陀

ジョウゾウ 淨蔵(93

法華経妙荘厳王本事品27、藥王・藥上菩薩の因縁過去譚、 及往古世の時代、雲雷音宿王華智多陀の光明荘厳國の妙荘厳王と夫人淨徳の間の子で後の世の 釈迦佛の世界の藥王菩薩となる。父母を神變を駆使して雲雷音宿王華智多陀のもとへ往至する

ジョウトク 淨徳(94

法華経妙荘厳王本事品27、藥王・藥上菩薩の因縁過去譚 
及往古世の時代、雲雷音宿王華智多陀の光明荘厳國の妙荘厳王の夫人、 藥王・藥上菩薩の前世 淨蔵・淨眼二子の母。子の勧めにて佛に帰依し後の世、釈迦牟尼仏の世界に 於いて生まれ変わり荘厳相菩薩となる

ジョウトクオウ 淨徳王(95

法華経藥王菩薩本地品23、及往過去、日月浄明徳如来の世界の王の名、藥王菩薩の前身である。 一切衆生喜見菩薩が王の宮殿に子として転生する。

ジョウフキョウボサツ 常不經菩薩(96

法華経常不經菩薩品20、威音王如来の世界の菩薩、法華経功徳の過去譚として登場  釈迦牟尼仏の前身 先佛(威音王如来)の下で法華経を読誦し人の為に説いた因縁を以て 、疾く阿耨多羅三藐三菩提を得ることが出来たと明かす。

ジョウメツ(ニョライ 常滅(如来(97

法華経化城品7 大通智勝如来、出家前の十六御子の一人 南方にて作佛した二人目の名。

ジヨウラク 持瓔珞(98

法華経陀羅尼品第26 法華経を信じる者の守護神として現れる鬼子母神の眷属
十羅刹女の八番目として登場。

ジョギイ 除疑意(99

法華経序品1、過去譚 日月燈明佛が出家する前の子、八王子の一人父の出家により法師となる。  6番目に記、妙光菩薩の八百人の弟子のひとり

ゼンイ 善意(100

法華経序品1、過去譚日月燈明佛が出家する前の子、八王子の一人父の出家により法師となる。 2番目に記、妙光菩薩の八百人の弟子のひとり

ゾウイ 增意(101

法華経序品1、過去譚日月燈明佛が出家する前の子、八王子の一人父の出家により法師となる。 5番目に記、妙光菩薩の八百人の弟子のひとり

ソンダラナンダ 孫陀羅難陀(102

釈迦仏の弟子の一人。釈迦とは異母兄弟にあたるとも、あるいは孫陀羅・難陀と難陀は別人ともされる。
法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆として、大羅漢17番目に記される。

ダイイトクカルラオウ 大威徳迦樓羅王(103

法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆の四人の迦樓羅王の1番目に記される。
インド神話のガルダを前身とする、仏教の守護神。八部衆、後には二十八部衆の一員となった。 「迦楼羅」の音写はパーリ語に由来する。迦楼羅天、迦楼羅王とも呼ばれる。
食吐悲苦鳥(じきとひくちょう)と漢訳、口から金の火を吹き、赤い翼を広げると336万里にも達するとされる。

ダイギョウセツボサツ 大樂説菩薩(104

法華経見宝塔品11・勧持品13等に出てくる菩薩。
見宝塔品11では、大地から七宝の宝塔が涌出し、宝塔の内より釈迦の説法は皆真実であるとの大音声が 聞こえた時、衆生の疑問の心を察して宝塔湧現の因縁を釈迦に尋ねた。
勧持品13では、藥王菩薩と釈迦の前で2万の菩薩眷属と共に、仏の滅後の教化は難しいが 大忍力をもって弘経していくと誓った。

ダイジザイテンジ 大自在天子(105

法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆天子群の7番目に記される

タイシャクテン 帝釈天(106

法華経序品1、に別称 釋提桓因して登場。
随喜功徳品18、説法中の登場 法華経を行ずる者は帝釈天の後世、坐處へ生まれる。

ダイシンカルラオウ 大身迦樓羅王(107

法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆の四人の迦樓羅王の2番目に記される。
迦樓羅王については大威徳迦樓羅王参照

タイソウ(ニョライ 帝相(如来 (108

法華経化城品7 大通智勝如来、出家前の十六御子の一人 西南方にて作佛した一人目の名 

ダイツウチショウニョライ 大通智勝如来(109

法華経化城品7、釈尊の説法過去譚の中で久遠の昔、好成という國にいた佛の名
大通智勝如来應供正徧知明行足善逝世間解無上士調御丈夫天人師佛世尊

ダイバダッタ 提婆達多(110

法華経提婆達多品12、過去世に於いて釈迦を悟りの径に導いた仙人とされる。
仏典では釈迦のいとこ。釈迦の太子時代の競争者で,釈迦が悟りを開いてからその弟子 となったが,のちに離反。釈迦の殺害を企てたともいう。

ダイヒ 大悲(111

法華経化城品7、大通智勝佛の瑞相による光明に照らしだされた東南方の梵天王の國の大梵天王の名。 宮殿が光明照耀したことに抱く衆生の疑問に答えへ大通智勝佛のもとへ飛来することを促す。

ダイホウキンナラホウ 大法緊那羅王(112

法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆の四緊那羅王の3番目に登場する
緊那羅王については法緊那羅王参照

ダイマンカルラオウ 大満迦樓羅王(113

法華経序品1、釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆の四人の迦樓羅王の3番目に記される。
迦樓羅王については大威徳迦樓羅王参照

ダイモクケンレン 大目犍連(114

目犍連/目連ともいわれる 釈迦十大弟子のひとりバラモンの家に生まれ,初め六師外道の一人である。 懐疑論者サンジャヤの弟子であった。のち友人の舎利弗 (しゃりほつ) に誘われて仏弟子となる。 神通第一と称された。
法華経序品1 釈迦牟尼仏の霊鷲山説法の聴聞衆として大羅漢7番目に記される
信解品4、摩訶目犍連の名で登場 他の長老僧3人と共に舎利弗の作佛に歓喜し自ら譬喩を述べる。
授記品6、釈尊の授記を受け未来世に作佛し多摩羅跋栴檀香如来となる。

ダイリキボサツ 大力菩薩(115

法華経序品1 釈迦牟尼佛の霊鷲山における説法聴聞衆菩薩群の12番目として名を連ねる。
密教では三宝を護持し、正法を建立する国を守護する五人の大力ある菩薩。
仁王経では、金剛吼(く)・龍王吼・無畏十力吼・雷電吼・無量力吼の五菩薩。

ダツイッサイシュジョウショウケ 奪一切衆生精氣(116

法華経陀羅尼品第26 法華経を信じる者の守護神として現れる鬼子母神の眷属
十羅刹女の十番目として登場。

タホウニョライ 多寶如来(117

法華経見寶塔品11、サンスクリットではプラブータ・ラトナ Prabhūta-ratna、東方の宝浄国の教主
「多宝」は意訳七寶の寶塔に乗り釈迦牟尼仏の法華経説法の場へ讃嘆するために顕れた無量千萬 億劫の昔に滅度した佛。
如来神力品21、釈迦牟尼仏と並んで寶塔の中に在ます姿を聴聞衆仰ぎ見る。
屬累品22、釈迦牟尼仏の屬累等諸説語を聞き歓喜遊藥す。
妙音菩薩品24、妙音菩薩を釈迦牟尼仏のもとへと招来する。

タホツ 多髪(118

法華経陀羅尼品第26 法華経を信じる者の守護神として現れる鬼子母神の眷属

タマラセンダンコウジンツウ(ニョライ 多摩羅跋栴檀香神通(如来(119

法華経化城品7 大通智勝如来、出家前の十六御子の一人 西北方にて作佛した名。

タマラバツセンダンコウ(ニョライ 多摩羅跋栴檀香 (如来 (120

法華経授記品6で釈尊より弟子大目犍連が授記を受け未来世において作佛の約束を受け佛となった ときの名。                        多摩羅跋栴檀香如来應供正徧知明行足善逝世間解無上士調御丈夫天人師佛世尊

以上第3回はこれまで次回も40の名称を挙げる予定です。

一日一話 松下幸之助

五月の言葉

ほととぎす啼きつる方をながむれば ただ有明の月ぞ残れる 後徳大寺左大臣

三日 法律は国民自身の為に

民主主義の政治の元に於ける法律は国民お互いの暮らしを守り、夫々の活動の成果を得易くし一人一人の幸せを生み高めていく処に究極の目的なり存在意義があるのだと思います。言ってみれば国民が国民自身の幸せを実現して行く為に自ら法律を制定すると云う仕組みになって要る訳です。従って国民お互いがこういう法律を軽視し無視するような姿が仮にあるとするならば、それは云わば自分自身を軽んじ自分の尊厳を失う事にも通じると思います。其事をお互い国民は正しく認識し合い法律を常に正しく守りあってゆく事が肝要だと思います。

  • 今日は憲法記念日 
  • memo―法治国家の在り方尊厳―とは

七日 自らを教育する

人間の教育には勿論立派な校舎も必要で有環境も必要でしょうが其れ已に頼っていてはならないと思うのです。行政の充実により成程環境は段々良くなってくるでしょう。併しそういう環境が作られたとしましてもその中で其々の人が自らを処して自らを教育してゆく。自問自答しつつより高きものに為って往く事を怠っては決して立派な人間は生まれてこないと思うのです。今日より明日、明日より明後日と自らを高めてゆく処に人間の成長があり復其処から立派な人間が生まれてくるのではないでしょうか。

  • 2012年(H24)茨木筑波竜巻発生
  • Memo―自己成長

十日 熱意あれば

人の上に立つ指導者管理者としての要諦というものは色々考えられるけれども、その中でも最も大事なものの一つは熱意ではないかと思う。非常に知恵才覚に於いて人に優れた首脳者であってもこの会社を経営しようという事に熱意が無ければその下にいる人も。この人の下では大いに働こうという気分に成り難いのではないだろうか。そうなっては折角の知恵才覚も無きに等しいものに為ってしまう。自らは他に何も持っていなくても熱意さえ保持していれば知恵ある人は知恵を力ある人は力を才覚ある人は才覚をだしてそれぞれに協力してくれるだろう。

  • 今日は愛鳥の日
  • Memo-事の為る根底➡指導者の熱意

十五日 業界の信用を高める

どんな商売もそうでしょうが自分ぽ店が発展繁栄していくには、そのお店の属している業界全体が常に健全で世間の人々から信用されていることが非常に大事だと思います。もしそうではなく業界の中に不健全な店が多ければあの業界はダメだ信用できないと云うことに為って、その業界に属する個々の店も同じ様な評価を世間から受け商売は成り立っていきにくくなるでしょう。ですからお互い商売を進めていく上で自分の店の繁栄を図る事は元より大事ですがそれと同時に他の店とも上手く協調して業界全体の共通の信用を高める事を配慮する事が究めて大事だと思うのです。

  • 1932年(S7)5.15事件
  • 1972年(S47)沖縄返還
  • Memo-業界の健全化➡ネットワークビジネス

十六日 人間観を持つ

人間の幸せを高めていく為には先ず人間が人間を知る事が大切だと思う。言い換えれば人間とはどういうものでありどう云う歩み方をすべきであるかと云う正しい人間観を持つという事である。そうした人間に対する正しい認識を欠いたならば如何に努力を重ねても其れは往々にして実りの無いものに為ってしまい時には却って人間自身を苦しめる事にもなりかねない。そういう意味に於いてが先ず正しい人間観社会観と云ったものを生み出し、それに基づく指導理念を打ち立てていくならばそれは極めて力強いものに為ってくると思うのである。

  • 1968(S43)十勝沖地震M7.8
  • 今日は旅の日
  • Memo―認識・観察眼

二十日 公平な態度

国に於ける法律の適用には万が一にも不公平があってはならないが、会社や団体に於ける規律や規則についても是と復同じ事が言える。会社の規則と云うものは一新入社員であろうと社長であろうと等しく此れを守り其れに反した時には等しく罰せらるという事で初めて社内の秩序も保たれ士気も上がるのである。だから指導者は常に公平という事を考えなくてはならない。利害とか得失、相手の地位強弱に拘りなく何が正しいかと云う所から公平に賞すべきものは賞し罰すべきものは罰すると云う姿勢を遵守しなければならない。

  • 今日は世界計量記念日
  • Memo-指導者の基本姿勢➡現代の政治企業トップの在り方には疑問あり

二二日 感心する

同じ様に人の話を聞いても中々良い事を言うなぁと感心する人もあればなんだ詰らないと思う人もいる。どちらが好ましいかと云うと勿論話の内容にも依るだろうがいいなぁと感じる人の方に、より多くその話の内容から仕事に役立つような何かヒントを得て、新しい発想をすると云ったプラスの価値が生まれてくるだろう。一寸した事だけれども人生とか事業の成否のカギは案外こうした処に在るのではないかと思う。人の意見を聞いて其れに流されてはいけませんが、お互い先ず誰の意見にも感心し学び合うという柔軟な心を養い高めていきたいものである。

  • 今日はガールスカウトの日
  • 2009年(H21)ネットワーク事業セーラ登録

二八日 失敗を素直に認める

例えどんな偉大な仕事に成功したと云う人でも何の失敗もしたことがないと云う人はいないと思います。事に当って色々失敗してその都度其処に何かを発見しそう言うことを幾度となく体験しつつ段々成長していき遂には立派な信念を自分の心に植えつけ偉大な業績を為し遂げるに至ったのではないでしょうか。大切な事は何等かの失敗があって困難な事態に陥った時に其れを素直に自分の失敗と認めていくという事です。失敗の原因を素直に認識し是は非常に好い体験だった尊い教訓になったと云う処迄心を開く人は後日進歩し成長する人だと思います。

  • 今日はゴルフ記念日
  • Memo―体験の認識➡プラス思考・志向

なんでも、人の話を否定的にとる人がいる。本人は意識していないのだろうが、これは、本人にとっても大きな損失になっているということに、早く気付いてほしいものである。松下幸之助翁は22日の章で、此の事を非常に大切な事と教えている。