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中村天風のことば

中村天風一日一話

元気と勇気が湧いてくる哲人の教え366話

2005年8月22日初版発行PHP文庫 2006年12月1日第一版第18刷発行 発行所 PHP研究所

因みに中村天風とは何者か!ご存じの方は多いと思いますがウィキペディアでは 日本の自己啓発講演家、思想家、ヨーガ行者。実業家、大日本帝国陸軍諜報員、玄洋社社員。孫文の友人であり、中華民国最高顧問の称号も持った。天風会を創始し心身統一法を広めた 。

また、学生時代に喧嘩で相手を刺殺、日清日露戦争当時は軍事探偵として活動する。戦後結核にかかり、ニューソート作家の著作に感銘を受けて渡米し、世界を遍歴。インドでのヨーガ修行を経て健康を回復し悟りを得たとされる。日本に帰国後、一時は実業界で成功を収めるも、自身の経験と悟りを伝えるために講演活動を開始。その教えを学んだ各界の著名人の中には、松下幸之助など日本を代表する実業家も含まれる。 と概略では紹介されています。

※ニューソートとは(ウィキペディアより)
19世紀後半にアメリカ合衆国で始まったキリスト教における潮流のひとつで、一種の異端的宗教・霊性運動の一つという事の様です。

短い言葉の中に人生の生き方・考え方が凝縮されている様にも感じます。全て実践できればいいですね~。

【三月の言葉】

*二日 完全を願う意欲観念

人間には不完全を嫌い完全を喜ぶと云う気持ちがあるでしょう。壊れた時計と壊をれていないと時計と両方見せられて好きな方を持って行きなって言われたら、誰だって壊れていない時計を貰って行く筈です。だから自己の健康や運命も誰もが完全である事を願うんです。たまには患ってみたいとかニッチもさっちも行かない運命の中に陥って

*五日 自分の分を知る

自分の分を知らなきゃ卑しい希望や汚れた宿望を炎と燃やしても、ろくな仕事は出来ないし不渡りを食う結果が来るのだ。五貫目の力しかないのに十貫目のものを持ち上げるとどんな結果に成るか、と云う事を考える事だ。自己認証とと云う事は自分の分を知ると云う事これが本当の自己認証である。

*六日 吾在る処

古聖の教えにも吾在る処に常に光あらしめん・我往く処に又光明を点ぜんと云うのがあるが、誠と愛の心を持って万物の接する時、期せずして其れは光明となるのが必至である。是こそ真に最も近くして最も遠く最も新しくで最も古き乃ち久遠より永劫への昭(証)として一貫する不易の人生哲学と人生科学の真髄である。

*八日 刹那心機の転換

常に心掛けねばならない事は刹那心機の転換と云う事である。刹那心機の転換と云うのは言い換えれば如何なる事でも即座に心を積極的に切り替えることを言うので、禅の方では熱殺寒殺と云う言葉があるのも要するにこれと同義諦なのである。この言葉は即ち暑さに対しても寒さに対しても其れを思わぬ事、其れに心を懸り合わせぬ事さすれば寒暑何ものぞ否一切の人事世事皆是と相等しと云う、所謂心機転換の妙を説示した偈語なのである。

*十一日 真心を持った行為

人間の行為に真心の籠って為されるものとその否との場合はその結果の事実の如何に拘りなく、その行為の尊さと云うものに頗る格段の相違がある。例えば他人の危難を救うと云う様な場合報償を目当てにして人を救ったのと、断然報償等を念頭に置かずに救ったのとは、例え敢然として難を冒して救ったというその行為と事実とは同様であろうとも、その行為の尊さには全然大きな隔たりがある。

*十四日 真理は事情に同情しない

自分の仕事や又は為す事等が思い通り上手くいかないと、とてもがっかりしたりへこたれて憐れな程意気を消沈する人が有るが、何れにしても人生斯うした心構えでは幾ら学識が有ろうと金持ちであろうと更に社会的の地位を持っておろうと、真理と云うものは事情に同情しないのであるから只徒に不幸な状態に自分を心ならずも導入して、結局は往生の時を早めるだけのこと以外何も値打ちのある事は人生に招来されない。

*十六日 睡眠は精力復活の恵み

特に就寝前には心痛憤怒煩悶悲観と云う様な仮初にも心を暗くするが如き、消極的の思考は断然心に抱か〆ぬ様努めて習慣付けなければならない。要するに睡眠と云う自然の与えてくれた精力復活の恵まれた時に本当に親しむのには、落ち着いた楽々とのんびりした気分が最も肝要なのである。

*十八日 臨機応変

世の中を見てみるにその日々の生活を行う際「力」の使い方を考えない為、力を働かさずに力のみ入れると云う力の無駄遣いをしている傾向がある。県の極意は変機に処する以外には徒に力を入れぬ事である。此れが臨機応変の要訣である。人生生活を完成する命の力の使い方も亦これ以外にない

*二一日 大定心

大定心と云うのはどんな時どんな事にも些かも動揺せぬ心、言い換えると如何なる場合に怯じず怖れず急がず焦らず何時も淡々として極めて落ち着いている心である。此れをもっと適切な状態で云えば何事も無い時の心と同様の心の状態である。あの古い句で有名な「湯上りの気持ちを欲しや常日頃」というのが此の心持を最も真実に形容表現している。要するに何事も無い時の平静の心こそ大定之心也と云う事である。

*二四日 心や肉体が自己ではない

心や肉体が人間=自己に対してどんな関係にあるかについて説明しよう。心や肉体は人間そのもののように見えるが実はそうではなく、人間がこの世に活きるのに必要な色々な方便を行うための道具と云う関係である。哲学的に言えば心や肉体は人間の個体生命の生存と生活を確保存続させるに必要な不可分的生命付属物なのである。故に心や肉体は人=自己ではなく益してそれが人=自己の本体ではないのである。

*二七日 思考の客観的批判

兎に角お互いに真理に則って正しい向上への人生を建設し様と云う者は、自己の心の行う思考状態の客観的批判を刹那刹那実行する位の余裕を心にもたして活きるのが、本当に生活を味わい得る貴重な人生真理だと悟らなければならない。そしてその余裕を現実に心に創る事を常住の心掛けとすべきである。

*二九日 人間の死と云うもの

たった一つの宇宙の根本が産出したものが森羅万象である。従って一切の森羅万象と称するものは宇宙根本のエネルギーの分派によって創られている。形がつまり目の前にあると云うのは宇宙根本の力がまだ籠っているからである。その力が抜けてしまえば形を現象界から消して根源要素に還元しなければならない。人間死と云うのもそう云う事なのである。

*三一日 つまらない考え方

心の弱い卑怯な人に為ると何か自分には運命が向いていないだとか、世間がまだ本当に認めてくれないだとか、最呆れた奴に為ると整備が整っていないだとか誰々が手伝ってくれないとか、何か上手くいかない時に自分以外のものの所為にする人がいますがとんでもない了見違いですよ。やれ運命が詰まらないの人生が詰まらないのって人はその考え方が詰まらないんです。いいですか幸福も健康も成功も他にあるんじゃないんですぜ。貴方方自身の中にあるんだぜ。

凡人が思う法華経の世界

再録です(若干訂正をくわえました)

法華経の世界とはいったいどんな世界なのでしょうか?

法華経には法華経それ自体の経文は書かれていないという方がいらっしゃいます。いわば法華経の宣伝パンフレット。法華経の中では肝心の中味は語られていず素晴らしい教えだとだけ伝えるいわば偉大なる予告編だということです。(井沢元彦-逆説の日本史)

経文の字面だけをおっていけば確かにそう思えないこともありません。

左脳で思考を重ねる頭脳明晰なインテリジェンスが多く陥り易い考えなのかもしれません。

これは現代に限ったことではなく、江戸時代の明晰な頭脳の持ち主、名僧白隠禅師も、若いころは法華経をあまり重要視はしていなかったようです。しかし、伝記によると40歳を過ぎたころのある秋の日暮れ、弟子に法華経譬喩品を看経させていた折、聞こえてくる螽斯(蛬⁻コオロギ)のすだく声に触発さたかのように、突然に法華経の世界が目の前に広がり忽ち開悟したといわれています。

その時、白隠禅師は豁然として現れた法華経王の世界を目の当たりに、感極まって声を上げ大泣きに泣いたと記されています。(紀野一義法華経を読む))

なぜ聖徳太子の時代から現代まで千数百年にわたって、仏教界だけでなく広く文学界にもいろいろな形で影響を与え、一般の人々の間にも読み継がれてきているのでしょう。

法華経には日本人の感性を刺激し、心の奥底に眠っている何ものかを揺さぶり起こすような何かが経文の行間に潜んでいるのでしょうか?

そういう法華経をただ只管に読誦していると時として、凡人でも法華経の世界が垣間見えることがあるらしい。

石原慎太郎氏は決して凡人ではないが、彼もその奥深い深淵にちょっと触れることができた経験があると、彼の著書「法華経を生きる」の中は、その時の経験が書かれています。

凡人もほんとうに切羽詰まったとき、窮地に堕ちいったときなどには、思いもかけない能力を発揮することがあります。そのような状況になったとき常日頃、法華経に親しんでいるとちょっと、その世界を垣間見ることが出来るのかもしれません。また、そこまではっきりではないにしろ知らず知らずに、方向を過たず進むことが出来るのかもしれません。

石原慎太郎氏は東京都知事選に出馬した時にその経験をされた様です。本の内容によりますと出馬を決めた後、いろんなことに思い悩んでいたある日、日課の法華経を開きその比喩品を読誦中、「諸苦の所因は貪欲これ本なり、若し貪欲を滅すれば依止することなし」という経文に至った時、突然のひらめきに襲われ進むべき方向性の決意が固まったというようなことが書かれています。

私は、その後の石原慎太郎氏が長年の都知事の重責を全うされ、逆に後を引き継がれた猪俣氏が途中、金銭スキャンダルで辞めざるを得なくなったという経緯の中に、この法華経の存在がある様な気がしています。

法華経の経文の一字一字のことばの奥に、江戸時代の白隠禅師が感応したような本当の法華経の世界が広がっているのでしょう。それは経文を頭で理解しようとしても見ることは勿論感じる事さえ出来ず、いわば無の心・無の境地に至ったときに屹度忽然としてあらわれてくる世界なのでしょう。

妙法蓮華経普賢菩薩勧發品第二十八

  • 諸仏に御念せらるること
  • 諸々の徳本を植えること
  • 正定聚に入ること
  • 一切衆生を救う心を起こすこと
  • 徳本:仏となる為のあらゆる善を徳といいその根本となる智慧を本という(岩波文庫法華経注より結果としてすぐれた果をもたらす善根功徳のこと。また、功徳の本となる善法のこと。真宗では特に阿彌陀仏の名号をいう。善本。〔伝教大師消息(824‐831頃)〕 〔無量寿経‐上〕
    • 正定聚:必ずさとりを開いて仏になることが 正 (まさ)しく 定 まっているともがら ( 聚 )のこと。 一般には 菩薩五十二位の修道階位の「十信」「十住」「十行」「十回向」「十地」のうちの 十地 の初地である 歓喜地 を正定聚という。 正定聚 とは、 聖道門 仏教では上述のように 菩薩 の修道の階位を表していた。 この 正定聚 、 邪定聚 、 不定聚 の三定聚説を示す語を、御開山は、真仮分判の 名目 として転用して用いられた。人々が悟りを得る可能性を3種類に分けるなかの一つ。必ず仏陀になると決定しているもの。浄土真宗では,阿弥陀仏の救いを信じて歓喜し,疑わない心によって現身に如来に等しい正定聚になりうるとする。

これらの修業を実行すればおのずと法華経の世界へ入ることが出来るということらしいですが、どこかに欲の皮の突っ張った現世利益を待ち望んでいる心が見え隠れしているようでは、到底本当の法華経の世界に入ることなどはできないでしょう。しかし、此れも「凡人の性」、致し方ありません。

凡人にはとても遠い世界のように思えてきますが、それでも法華経は読み続けて行こうと思っています。いつしか、その世界の片鱗にだけでも触れることが出来ることを願って・・・

等覚一転名字妙覚 なることを信じて❕❕

担当:野尻研究員

法華経陀羅尼

陀羅尼品第26

【薬王菩薩 陀羅尼呪】

安爾 曼爾 摩祢 摩摩祢 旨隷 遮梨第 賖咩 賖履多瑋 羶帝 目帝 目多履 娑履 阿瑋娑履 桑履娑履 叉裔 阿叉裔 阿耆膩 羶帝娑履 陀羅尼 阿盧伽婆娑簸 蔗毘叉膩 祢毘剃 阿便哆邏 祢履剃 阿亶哆波隷輸地 欧究隷 牟究隷 阿羅隷 波羅隷首迦差 阿三磨三履 仏駄毘吉利袟帝 達磨波利差帝 僧伽涅瞿沙祢 婆舎婆舎輸地 曼哆邏曼哆邏 叉夜多 郵楼哆 郵楼哆憍舎略 悪叉邏 悪叉冶多冶 阿婆盧 阿摩若那多夜

【勇施菩薩 陀羅尼呪】

痤隷 摩訶痤隷 郁枳 目枳 阿隷 阿羅婆第 涅隷第 涅隷多婆第 伊緻柅 韋緻柅旨緻柅 涅隷墀柅 涅犂墀婆底

【毘沙門天王 陀羅尼呪

阿梨 那梨 菟那梨阿那盧那履 拘那履

【持国天王 陀羅尼呪】

阿伽祢 伽祢瞿利 乾陀利 旃陀利摩蹬耆 常求利 浮楼莎柅 頞底 

【‘十羅刹女・鬼子母 陀羅尼呪】

伊提履 伊提泯 伊提履 阿提履 伊提履 泥履 泥履 泥履 泥履 泥履 楼醯 楼醯 楼醯 楼醯 多醯 多醯 多醯 兜醯 莬醯

さくらみみ(=^・^=)💞

NPO法人あおぞら blogupより転記

「どうぶつ基金mail」で熊本愛護センターの取り組みが紹介されていた。年間1500匹のTNRさくら猫を目標として無料手術を実施するらしい。TNRだけが問題解決ではないでしょうが、やはり環境保全の為にも大きな取り組み、北九州市は如何いう取り組みをしているのでしょうか。ボランティア任せなのかな。
特に北九州の場合は高齢化が顕著となってきている昨今、TNR問題だけでなく高齢者の飼えなくなったペットの行先や、一時預かりの必要性も喫緊の事案だと思いますが・・
さてさてこれもボランティア任せなのでしょうか。

同じ九州でも熊本や宮崎の様な積極的な取り組みの行政の在り方と大分違うようですね。
はっきり言えば一歩も二歩も愛護活動に関して後れを取っているということの様に見えます。何か前向きに取り組めない障害となる理由でもあるのでしょうか? 不思議ですね~(=^・^=)

どうぶつ基金さん提供

どうぶつ基金さんの活動

さて、本日は熊本市の新たな取り組みをご紹介します。
「さくらねこ」を知っている人も知らない人もぜひ読んでほしい、
そして多くの方に教えてあげてほしい取り組みです!

耳先を桜の花びらのようにV字型にカットされた猫を見たことがありますか?
V字型のカットは「この猫は不妊手術済です」というしるし。
彼らは「さくら耳」を持つ「さくらねこ」たちです。

「さくらねこ」は「TNR(ティーエヌアール)」という活動から誕生します。
野良猫がこれ以上増えて地域の人たちに迷惑をかけないよう、

つかまえて(TRAP)
不妊去勢手術をして(NEUTER)
元いた場所に戻す(RETURN)

この3つの英語の頭文字を並べて「TNR(ティーエヌアール)」と呼んでいます。 手術で麻酔が効いている間に耳先をVカットするので痛みはありません。

私たち「どうぶつ基金」は、これまでに全国の行政やボランティアと協働して
約30万頭の「さくらねこTNR」を行ってきました。
元の場所に戻された「さくらねこ」は、夜中のさかり声やケンカが減り、 マーキング(縄張りを誇示するための行動)によるオシッコの臭いも ほぼなくなるので地域の方にも喜ばれます。

耳をカットされるなんて「かわいそう」と思うかもしれませんが、 V字カットの「さくら耳」がなければ、 もう一度つかまって麻酔や手術をされるリスクがあります。 「さくらねこ」にとっては “大切なしるし” なのです。

どうぶつ基金さん提供

猫を嫌がる人のほとんどは猫被害が嫌なだけ。
猫が大嫌いな訳ではありません。
穏やかな性格になった「さくらねこ」は地域の愛され 猫になっていきます。

そんなTNRの効果に着目した熊本市。
どうぶつ基金が公募していた「TNR地域集中プロジェクト」に 熊本市自ら手を挙げて参加が決定、どうぶつ基金との協働のもと 熊本市動物愛護センター内に「どうぶつ基金病院・熊本」を設立。
2022年4月から一年間にわたって、毎月3日間、無料で不妊手術を行ってきました。

期間中は、どうぶつ基金の山口武雄獣医師が 熊本市動物愛護センターの獣医師さんにマンツーマンで技術指導します。
これは、どうぶつ基金とのプロジェクトが終わっても、 行政が独自に不妊手術を続けられるようにするプログラムです。

この技術指導のプログラムによって、 これまで手術の経験がほとんどなかった熊本市動物愛護センターの獣医師さんは、 1人で1日25頭もの不妊手術がこなせるエキスパートになりました!
1年間の技術指導を経て、熊本市動物愛護センターは今年度から自走し、週2、年間1,500頭を目標として無料不妊手術がスタートしています。
熊本市のお住まいの皆さん。
近くにまだ「さくらねこ」になっていない野良猫がいたら、 熊本市動物愛護センターに相談してください!

「さくらねこ」は一代限りの命。
もし見かけたら、やさしく見守ってください。
みんなで「日本一猫にやさしい熊本」にしましょう!

中村天風のことば

中村天風一日一話

元気と勇気が湧いてくる哲人の教え366話

2005年8月22日初版発行PHP文庫 2006年12月1日第一版第18刷発行 発行所 PHP研究所

因みに中村天風とは何者か!ご存じの方は多いと思いますがウィキペディアでは 日本の自己啓発講演家、思想家、ヨーガ行者。実業家、大日本帝国陸軍諜報員、玄洋社社員。孫文の友人であり、中華民国最高顧問の称号も持った。天風会を創始し心身統一法を広めた 。

また、学生時代に喧嘩で相手を刺殺、日清日露戦争当時は軍事探偵として活動する。戦後結核にかかり、ニューソート作家の著作に感銘を受けて渡米し、世界を遍歴。インドでのヨーガ修行を経て健康を回復し悟りを得たとされる。日本に帰国後、一時は実業界で成功を収めるも、自身の経験と悟りを伝えるために講演活動を開始。その教えを学んだ各界の著名人の中には、松下幸之助など日本を代表する実業家も含まれる。 と概略では紹介されています。

※ニューソートとは(ウィキペディアより)
19世紀後半にアメリカ合衆国で始まったキリスト教における潮流のひとつで、一種の異端的宗教・霊性運動の一つという事の様です。

短い言葉の中に人生の生き方・考え方が凝縮されている様にも感じます。全て実践できればいいですね~。

【二月の言葉】

*一日 苦しみを微笑みに変えて

悲しい事や辛い事があった時すぐ悲しんで辛がってちゃいけないんだよ。そう云う事があった時すぐに心に思わ占めねばならない事があるんだ。其れは何だと云うと総ての消極的な出来事は我々の心の状態が積極的に成るともう人間に敵対する力が無くなってくるものだと云う事。だからどんな場合にも心を明朗に一切の苦しみを微笑みに変えて往く様にしてご覧そうすると悲しい事辛い事の方から逃げていくから。

*四日 生命の強度を保つ

複雑多端なる人生に於いて常に多種多様の病的刺激や健康生活を破壊する障害が文化が進程色々と形を変えて増殖してくるのは必然である。唯漫然と我意の赴く儘に生活していれば刺激や障害に抵抗できず病弱になる。まして人間の生命は発育期間を過ぎれば年と共に衰退していくのは当然である。然しその衰退の速度を幾分でも緩和防止して活きてこそ聡明な人生態度だと云えるのだ。常に肉体生命の強度を積極化すべく訓練的の方法を持って生活する事である。

*六日 言葉を選択しよう

人間が人生に生きる場合に使う言葉を選択しなきゃ駄目なんですよ。一言一言に注意してもいい位いくら注意しても貴方方はヒョイと気付かずに消極的なことを言ってますぜ。兎に角習いは性でありますから人と口を聞く時でも参ったへこたれた助けてくれ困っちゃった何て事は云わない事。飽く迄も自分の心と云うものを颯爽溌溂たる状態にしておく為には今言った様な消極的な否定的な言葉は断然用いない事。

*七日 天風式クンバカハ法

腹が立つ事心配な事怖ろしい事、何かにつけて感情の刺激衝動を心に感じたらすぐ肛門を締めちまう。そしてお腹に力を込めると同時に肩を落としちまうんだ。この三か所がそうした状態にされた時に初めて感情や感覚の刺激衝動が、心には感じても神経系統に影響を与えないと云う所謂影響を減ずる効果がある。

*九日 考え方が人生を分かつ

心が積極か或は消極かで人生に対する考え方が全然両極端に相違してきてしまう。心が積極的であれば人生はどんな場合も明朗颯爽溌溂、勢いの満ち満ちたものになりますけれども反対に消極的だと、人生の総てがずっと勢いを失くしてしまいます。人生を考える自分の心が消極的だと総てが哀れ惨憺光の無い惨めなものに終わりゃしませんか。人生がたった一回である以上たった今からでも出来得る限り完全な状態で生化さなければいけません。

*十二日 生命の力

人生設計に絶対的に必要とする声明の力とはどんなものかと云うと次の六つに分類する事が出来る①体力②胆力③精力④能力⑤判断力➅断行力である。此の六つの力の何れかひとつでも欠乏しまた不完全であると、人生の根本理想は根底から覆される事になるのは必至であるのを見逃すことは出来ない。

*十四日 認識力の養成と自己統御

認識力の養成と云う事と自己統御と云う事は一体どんな関係があるのだろうか。是を簡単に説明すれば認識力を適当に涵養しないと心の固有する知覚作用が正確さを失い、その当然の帰結として正しい自覚とか或は悟りとか亦は第六感と云う様な、所謂高級意識に属する精神作用が低調に成り、牽いては完全な自己統御と云う事が充分よく行えなくなると云う人生に対する重大な事実があるのである。

*十八日 清濁併せ呑む寛容さ

例え自分自身の心が積極心になり得たとしても、自己の心の状態を基準にして他人の心を推し量る事が在っては絶対にいけない。より分かり易く言うと自分に対しては常に厳しくあらねばならないが、是を他人に押し付けてはいけないのである。即ち他人に対しては清濁併せ呑むと云う寛容さを持つ事である。若しもこれを失うと他人との勝ち負けに拘る心が瞬時に顕れて来て積極心の保持を妨害するからである。

*十九日 睡眠について

睡眠を真に催した時に睡眠し然らざる時には睡眠するべく無駄な努力を為さぬのが最も聡明である。色々の方法や手段を講じて無理にも眠ろうと彼是と種々の努力をしても中々思うように眠れないものである。其れは何とか眠ろうと焦れば焦る程神経が興奮する爲で、その上に懸る無駄な努力をすると勢力の二重疲労を将来する結果に陥るのである。

*二二日 悟りについて

悟りと云うのは自分の心が真理を感じたときの状態を言うのである。従って真理を自分の努力で自分の心で感じるのも人の悟りを耳から聞いて自分の心に受け入れるのも、受け入れ方に相違があるだけである。受け取って仕舞えばその結果は同じである。真理を受け入れる時の心の状態が悟りを開く上に密接な関係であるからこそ安定打坐で心を綺麗にさせているのである。

*二四日 私心無き言行

人と人との世界に活きるお互い人間はどんな場合にもお互いの間柄を天風教義のディクラレーション(宣言)にも宣言してある通り、常に如何なる場合にも偏りのない公平な美しい愛情と真の誠実さを心として、貴い思い遣りで助け合うと云う所謂文字通り親切本意で共に生きる事が最高の理想で有らねばならない。しかも其れを真に実現化するには要するに私心の無い言行が何を於いても必要とされる。

*二七日 内省検討

日常の人生を生きる際にどんな些細な人事世事に対しても、今現在の自分の心は積極的かしらん消極的かしらんと云う事を厳格に第三者の心になって、常に検討することが必要なのであります。そして少しでも自分の心の中に消極的なものを感じたならば断然それを心の中から追い出してしまわなければいけない。己の心の中にあるものは己の心を明るく朗らかにするもの已と云う心掛けが必要なんです。

*二八日 不平不満を口にしない

どんな場合があっても不平不満を口にしない事。此の不平不満がここの中にあるとどうしてもその言葉が積極的に成りません。不平不満のある人は始終上ばかり見て舌を見ないでいる。傍は皆幸福で自分だけがこの世の中で一番不幸な人間のように考えている。この考え方から出てくる言葉は必ず未練で有愚痴でありもう価値のない世迷言だけである。

安心脱生死大丈夫

「好きな言葉―年の初めに」

安心脱生死大丈夫

ー物事に捉われない自然な心で、生とか死とかも超越して佛の道を行うー

作家新井英生解より

意味はともかくこのような境地に到達できるのはやはり仏道と云うか禅の神髄を極めたものでなければいきつくことができないもの、私どもには到底計り知れない世界、唯、何となく感じるだけと云う事になりますが、この言葉の持つ力強さ、言葉の響き・迫力が何とも心地いい感じで好きな言葉のひとつです。

この言葉どういう状況で使われたのかと云う事は、プレジデント社出版の経済経営雑誌「プレジデント」の古い号の特集記事「仏典のこころを読む」(1991年7月号)の中で作家新井英生が「井伊直弼と正法眼蔵―受身捨身ともに布施―が支えた開国の決断」と云う小文で、紹介しています。

幕末近い江戸末期、彦根藩菩提寺、曹洞宗清涼寺、住職仙英禅師が当時不遇時代を経て彦根藩主となり幕府の要職に就いていた、仏門の弟子でもある井伊直弼より第一回ペリー来航(1853年嘉永5)の問題に関して書状が届いた。

その書状に対し仙英禅師が与えた返信書状の中に説かれていた詞。

直弼は不遇時代、文武両道に励み仏道においては仙英禅師の薫陶を受け三関六転語という禅の公案の難問をすべて解き、印可を受ける程の精神的高みにまで達していたとのこと。

禅師より印可を頂けるほどの域に達していたはずの直弼もやはり国家の一大事、ペリー来航開国要請に際しては判断に些かの迷いが生じたのでしょう。

書状を以て師である仙英禅師に、二度と来航しない様、祈祷してくれないかと懇願しています。

この書状に対する仙英禅師の答えが、「異国船降伏祈願のことは承知しました。が、今まで禅の修業を積んで難問の三関六転語の真理を悟っているはずの、御前(直弼)であれば究極の秘法を収めていると同じ事、「安心脱生死大丈夫」の境地で乗り切れるのでは」と直弼へのエールを送っています。

この言葉を戴いた直弼は一瞬にして気づく処があったようで、迷いを絶ち数ケ月前までの攘夷論を覆し、開国を奏上し国家未曾有の外交的窮状を救い、日本の未来を切り開く結果となったのはその後の歴史で周知のとおり。

その後、直弼はご存じの様に桜田門外で水戸浪士の襲撃を受け(安政7年3月3日・1860年3月24日)一命を落とす事となりましたが、其れは勿論、開国論に踏み切った当時から覚悟の上のことだったようです。

開国奏上を行った2年後一時彦根藩へ戻った直弼は「戒号宗観院暁覚翁大居士」と認めた自筆の書を他の書状と共に側役の三浦何某に預けたとの事、此れは現在も井伊家に桐箱に収められて厳重に封印され保管されているそうです。

其れが所謂、禅の奥義を極め、道元禅師の「正法眼蔵」を熟読していた直弼の最終的な選択。此の小文の副題に掲げられている「受身捨身ともに布施」と云う覚悟、国家安寧の為に一命を賭すと云う想いだったのでしょう。

書状のそのやり取りの部分を引用しますと

(ペリー再来航を苦慮している最中の手紙のやり取りの一部分です)

直弼、仙英禅師への書状「・・・以後異船之渡来無之様祈念致外無之・・大和尚之御了簡以竊御祈祷希上度候云々

・・イゴ、イセンノトライ コレナキヨウ、キネンイタスホカコレナク・・・ダイオショウノゴリョウケンヲモッテ、ヒソカニ、ゴキトウネガイアゲタクソウロウ・・

仙英禅師返状「・・・抑仏道之秘術密法之降伏一切大魔最勝成就申候御前先年御修終被遊三関六転語之外別無御座候凡王道神道佛道武道儒道惣萬億之秘術密法修業申悉皆極中極至候安心脱生死大丈夫外更無之事存候云々

・・ソモソモ、ブツドウ、コレヒジュツミッポウノ、イッサイダイマサイショウ ジョウジュ、トモウシソウロウハ、ゴゼンセンネン、ゴシュウシュウコウムリアソバサレシ、サンセキロクテンゴ ノホカ、ベツニナクゴザソウロウ オホヨソ、オウドウ・シントウ・ブツドウ・ブドウ・ジュドウ、ソウジテ、マンオクノ、ヒジュツミッポウシュギョウトモウスハ、コトゴトク ミナ、ゴクチュウゴクニ、イタリソウロウハ、アンシンダツショウジダイジョウブ ノホカ、サラニ コレナキコトト ゾンジソウロウ・・

私は、この言葉をメモとして使っている日記帳、3冊目の5年ダイアリー(2019―2023)の表紙の内側に書いていましたが、今年からの新しいダイアリー(2024-2028)にも記しておく事といたしました。好きな言葉ですが、その境地に至ることなど端から到底無理な話かもしれません。が然し、この言葉を事あるごとに眺める事で少しは気持ちの整理もつくのではと密かに思い描いています。

NETから

因みに大丈夫とは、間違いない、あぶなげない、非常にしっかりしている様子を意味しています

もともと、大丈夫は人のことを指しています。丈夫、つまり、ますらお、男子をほめていう言葉ですから、偉大な人、りっぱな人、しっかりした人のことをいいました。この言葉が仏教に取り入れられました。

仏法的には 

「仏」を意味する十種の呼び名(仏の十号)の中に、「調御丈夫(じょうごじょうぶ)」―法華経にもよく出てくる言葉ですーというのがあり、また、『華厳経』に、「もし諸の菩薩この法に安住すれば即ち大丈夫の名号を得ん」とあります。

このような人は、たよりがいがあり、間違いもないところから、いまのように用いられるようになったのですね。しかし、ほんとうの意味で大丈夫なのは、やっぱり仏さまと云う事になりますか。

感じる事

華厳経と云えば、鎌倉時代の華厳宗の高僧明恵上人の言葉「あるべきやう」と云う言葉があります。

また、江戸時代中期の良寛禅師には「災難に逢う時節は災難に逢うが能く、死ぬ時節には死ぬが能く候是は此れ災難を逃るる妙法にて候」と云う言葉があるそうです。

何れも物事に捉われず自然に生きる生き方を示唆した言葉で、此の「安心脱生死大丈夫」と究極として通ずる言葉だと思います。その境地に到達するのは至難の業ではありますが・・・

言葉の意味は

三関六転語

仙英禅師が直弼に与えた禅の公案の六つの問題―「南泉三不是」と「高峰六転語」を授けたもの

中国唐代の高僧南泉が「仏とは心であり、又宇宙に存在するあらゆる物でもある。然し、仏とか心とか物に執着すれば却って言葉に捉われ道を誤る」即ち「不是心・不是佛・不是物」であると説いたのが三不是

高峰六転語とは同じく唐代禅僧高峰禅師が弟子を試すのに「三関」と云われる公案を与えた。転語とは禅師が学人の低迷を打破し修業に飛躍(転機)を促すために与える語のこと、で直弼が禅師から与えられた六転語の前半が三関と云われる公案

内容は

 大撤人元脱生死 依何命根不断

(ダイテツノヒトハ、モトショウジヲダッス ナンニヨツテ、ミョウコンヲタタズ)

☞ 生死を超越したものが何故命を惜しむのか

仏祖公案元一箇道理 依何在明輿不明

(ブッソノコウアンハモトイツコノドウリ ナンニヨリテメイトフメイトアリ)

 ☞ 心理は一つなのにどうしてあれこれ言うのか

 大修業人元可遵佛行 依何不守毘尼

(ダイシュギョウノヒトモトブツギョウニシタガウベシニ ナンニヨツテカダニヲマモラズ) ☞ 仏の道を修めたものが何故色香に迷うのか

 杲日当空無所不照 依何被遮却片雲

(コウジツソラニアレバマサニテラサヌトコロナシ ナニニヨツテカヘンウンニサエギラル ☞ 晴天白日が何故一片の雲に遮られるのか

 人々有箇影子 依何蹈不着

(ヒトビトニコノエイシアリ ナニニヨツテカフミツカズ)

 ☞ 人はどうして自分の影を踏むことが出来ないのか

 尽大地這箇火坑 得什什麼三昧不被焼却

(コトゴトクダイチシャコカコウジュウマザンマイヲエテショウキャクサレズ

 ☞火の海の中で如何すれば焼かれずに済むか

※訳は作家新井英生解

因みに直弼の解答は残っていないそうですが其れに添えられた道歌が残っているとの事です。其れは、

大撤人 ☞ わたつみの底には淵も瀬もなくて水のみなかみ常に絶えせず

仏祖公案☞ 池の面におもはず映る影なれば澄むも濁るも月の咎かは 

大修業人☞ 峰の花見つつぞ登る一道は枝折のあとも何にかはせん

杲日当空☞ あやにくに猶むら雲のかかれるはあきらけき日のあればなりけり

人々有 ☞ はかなくも身にそふものと思ふ哉おもひすつればかげもとまらず

尽大地 ☞ 天地も身もはやともに燃えぬるをいまさら何かやかれしもする

と云うものだそうです。

解説には「どの歌も直弼の思考は全く自由無碍、心も又道元が教えるように、何物にもとらわれることなく、在るが儘の当に無我の境地であることが肯ける」とあります。

常人にはやはり計り知れない世界に思え、ただその輪郭がなんとなくぼんやりと見えるかなとおもうくらいですね。

   歴代天皇御製

始めに、明治・大正・昭和のそれぞれの天皇が御詠みになられら和歌を数首づつあげています。出典は其々の最初に記載いたしました。

次に、初代より歴代天皇の御製と、関連の御製をこちらで把握できた分のみ列記しています。当然不完全なものとなっていますが、ご容赦ください。

宇佐神宮

【天皇御製-明治・大正・昭和

皇居二重橋(江戸城)

122代 明治天皇御製  「神ながらの道」 筧克彦教授進講録より (T14版)      在位:慶応3年(1867年)1月9日- 明治45年(1912年)7月30大正元年

  • さだめたる國のおきてはいにしへの聖の君のみ聲なりけり
  • あしはらの國のさかえを祇るかな神代ながらのとしをむかへて
  • 千早振る神の力によりてこそわれをたすくる人も出でけれ
  • 神代よりうけし寶をまもりにて治め來にけり日ノ本つ國
  • 呉竹の世々に傳へて仰ぐかな遠き御祖のみことのりぶみ
  • さくすずの五十鈴の宮の神風の吹きそはる世ぞうれしかりける
  • 葦原のみづほの國のよろづ代もみだれぬ道は神ぞひらきし

123代  大正天皇御製       NET大正天皇御製考 より
在位:大正元年(1912年)7月30日- 大正15年(1926年)12月25 昭和元年

  • みるかぎり波もさわがず大ふねに 心ものりて進む今日かな
  • 軍人力尽くして鳥船の 大空かける時となりにき
  • 鳴神のおと近づきぬ山のはに 一村雲の立つとみしまに
  • あたたけき沼津の野辺を辿りつつ 霞みの奥の 富士を見るかな
  • よさの海の霞みの奥になりにけり さみやかに見えし天の橋立
  • かきくらし雨降り出ぬ人心 くだち行く世をなげくゆふべに
  • 神まつるわが白妙の袖の上に かつうすれ行くみあかしのかげ

124代 昭和天皇御製      短歌-天皇陛下と昭和  (1989年版)
在位:昭和元年(1926年)12月25日[ 昭和64年(1989年)1月7日平成元年

  • あらたまの年を迎へていやますは民をあはれむ心なりけり
  • ふる雪にこころきよめて安らけき世をこそ祈れ神のひろまへ
  • あめつちの神にぞ祈る朝なぎの海の如くに波立たぬ世を
  • 静かなる神のみそのの朝ぼらけ世のありさまもかかれとぞ思ふ
  • 戦のわざわひうけし国民をおもふ心にいでたちて来ぬ
  • ああ広島平和の鐘も鳴りはじめたちなほる見えてうれしかりけり
  • 雨にけぶる神島を見て紀伊の國の生みし南方熊楠をおもふ
  • わが国のたちなほり来し年々にあけぼのすぎの木はのびにけり
  • さまざまの草木をみつつ歩みきて牧野の銅像の前に立ちたり
  • 長崎のあがたの山と海の辺にわかうどきそふ秋ふかみつつ

【歴代天皇御製&関連】

日本の神話(1):大和王権が語る“歴史の起源” | nippon.com
古事記上中下

初代 神武天皇    (含久米歌)⇒古事記 
在位:神武天皇元年1月1日ー- 同76年3月11日 (日本書紀)

  • 宇陀の 高城に 鴫罠張る 我が待つや 鴫は障らず いすくはし 鯨障る 前妻が 菜乞はさば 立そばの 実の無けくを こきしひゑね 後妻が 菜乞はさば いちさかき 実の大けくを こきだひゑね ええ しやこしや こはいのごふぞ ああ しやこしや こはあざわらふぞ
  • みつみつし 久米の子等が 粟生には 臭韮一茎 そ根が茎 そ根芽繋ぎて 撃ちてしやまむ
  • 神風の伊勢の海の 大石には 這ひもとほろふ 細螺の い這ひもとほり 撃ちてしやまむ
  • 楯並めて 伊那佐の山の 樹の間よも い行きまもらひ 戦へば 我はや飢ぬ 島つ鳥 鵜飼が徒トモ 今助けに来ね
  • 葦原のしけしき小屋に菅畳 いやさや敷きてわが二人寝し

10代 崇神天皇     日本書記
在位:崇神天皇元年1月13日ー同68年12月5日(『日本書紀』)

  • 味酒三輪の社殿の朝戸にも押し開かね三輪の社殿戸を

12代 景行天皇     日本書記
在位:景行天皇元年7月11日ー 同60年11月7日(『日本書紀』)

  • 愛しきよし吾ぎ家の方ゆ雲ゐ立ち来も倭は国のまほらば立たなづく青垣山籠れる倭し麗し命の全けむ人は畳薦平群の山の白がしが枝を髻華に挿せ此の子

*  倭健命后弟橘姫 古事記

  • さねさし相模の小野に燃ゆる火の 火中に立ちて問ひし君かも

* 日本武尊命  古事記

  • 倭は国のまほろば青垣山隠れる倭しうるわし
  • 命のまたけむ人は たたみこも平群の山の 熊白檮が葉を髻華ウズに挿せその子

* 神功皇后  古事記

  • この御酒はわが御酒ならず酒の司常世に居ます石立たす少名御神 寿き 寿きくるほし豊寿き寿きもとほしまつりこし 御酒ぞあさずをせ ささ

15代 応神天皇 古事記 
在位:応神天皇元年1月1日ー 同41年2月15日(『日本書紀』)

  • 千葉の葛野を見れば百千足る家庭ヤニワも見ゆ国のほも見ゆ

16代 仁徳天皇 古事記
在位:仁徳天皇元年1月3日- 同87年1月16日(『日本書紀』)

  • 沖へには小船連ららくくろざやのまさづこ我妹国へ下らず

17代 履中天皇 古事記
在位:履中天皇元年2月1日- 同6年3月15日(『日本書紀』)

  • 多遅比野に寝むと知りせば立薦も持ちて来ましもの寝むと知りせば

19代 允恭天皇 日本書紀
在位:允恭天皇元年12月- 同42年1月14日(『日本書紀』)

  • 細紋影ササラガタ錦の紐を解きさけて数多は寝ずにただ一夜のみ
  • 花ぐはし桜の愛で此と愛でば早くは愛でず我が愛でる子ら

21代 雄略天皇 万葉集
在位:安康天皇3年11月13日- 雄略天皇23年8月7日(『日本書紀』)

  • 籠(こ)もよ み籠(こ)持ち 掘串(ふくし)もよ み掘串(ぶくし)持ち この丘に 菜摘(なつ)ます児(こ) 家聞かな 名告(なの)らさね そらみつ 大和(やまと)の国は おしなべて われこそ居(お)れ しきなべて われこそ座(ま)せ われこそは 告(の)らめ 家をも名をも

23代 顕宗天皇 日本書記
在位:顕宗天皇元年1月1日- 同3年4月25日(『日本書紀』)

  • 石上振るの神椙本伐り末截ひ市辺宮に天下治しし天万国万押磐尊の御裔僕ら イソノカミフルノカミスギモトキリスエオシハライ イチノヘノミヤニアメノシタシロシシ アマノノヨロズクニヨロズオシイワノミコトノ ミアナスエヤツコラ

25代 武烈天皇 日本書記
在位:仁賢天皇11年12月- 武烈天皇8年12月8日(『日本書紀』)

  • 琴かみに来ヰる影媛玉ならば 我がる玉の鮑白玉
三輪の大鳥居

33代 推古天皇 日本書記
在位:崇峻天皇5年(592年)12月8日- 推古天皇36年(628年)3月7日

  • 真蘇我よ 蘇我の子らは 馬ならば 日向の駒 太刀ならば 呉の真刀マサヒ 諾ウベしかも
  • 蘇我の子らを 大君の 使はすらしき

*  聖徳太子 日本書記

  • しなてる 片岡山に 飯イヒに餓エて 臥コヤせる その旅人あはれ 親無しに 汝生ナレナりけめや さす竹の 君はや無き 飯に餓て 臥せる その旅人あはれ

34代 舒明天皇 万葉集
在位:舒明天皇元年(629年)1月4日- 舒明天皇13年(641年)10月9日

  • 大和には群山あれどとりよろふ天の香久山登り立ち
  • 国見をすれば国原は煙立ち立つ海原は鷗立ち立つうまし国ぞ蜻蛉嶋大和の国は

37代 斉明天皇(⇒額田王) 万葉集
在位:斉明天皇元年(655年)1月3日- 同7年(661年)7月24日

  • 熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎいでな

38代 天智天皇 万葉集⇒後撰集(※百人一首)
在位:天智天皇7年(668年)1月3日- 同10年(671年)12月3日

  • 秋の田の仮庵の庵のとまをあらみ わが衣手は露にぬれつつ
  • 高(香久)山は畝傍雄男しと耳梨と相争ひき神代よりかくなるらし
  • 古へも然なれこそうつせみも嬬を争ふらしき(-万葉集三山歌)

40代 天武天皇 万葉集
在位:天武天皇2年(673年)2月27日- 朱鳥元年(686年)9月9日

  • み吉野の耳我の嶺に時無くぞ雪はふりけるまなくぞ雨はふりける その雪の時なきがごと
  • その雨のまなきがごと隈クマもおちず思ひつつぞ来しその山道を
  • 淑きひとの良しと吉く見て好しと云ひし芳野吉く見よ良き人よくみ

41代 持統天皇 万葉集(※百人一首)
在位:持統天皇4年(690年)1月1日- 持統天皇11年(697年)8月1日

  • 春過ぎて夏来るらし白妙の 衣干したり天の香来山
  • いなと言へど強ふる志斐シヒのが強語シヒカタリこのごろ聞かずて我恋ひにけり(万3-236)
  • 北山にたなびく雲の青雲の星離サカり行き月も離りて(万2-161)
  • 燃ゆる火も取りて包みて袋には入ると言はずや面智男雲(万2-160)

42代 文武天皇 万葉集1-74
在位:文武天皇元年(697年)8月1日- 慶雲4年(707年)6月15日

  • み吉野の山の下風アラシの寒けくにはたや今夜コヨヒも我が独り寝む
  • 龍田河もみぢみだれて流るめりわたらば錦なかやたえなむ(古今283)

43代 元明天皇 万葉集
在位:慶雲4年(707年)7月17日- 和銅8年(715年)9月2日

  • ますらをの鞆の音すなりもののふの 大まへつぎみ楯立つらしも

44代 元正天皇 万葉集8ー1637
在位:霊亀元年(715年)9月2日- 養老8年(724年)2月4日

  • 幡ハタすすき尾花逆葺サカフき黒木もち造れる屋戸は万代までに

45代 聖武天皇 万葉集
在位:神亀元年(724年)2月4日- 天平感宝元年(749年)7月2日

  • 妹に恋ひあ吾の松原見渡せば潮干の潟に鶴鳴き渡る(万9-1030)
  • 橘は実さへ花さへその葉さへ枝に霜降れどいや常葉の木(万6-1009)
日本が誇る世界遺産 東大寺の大仏 - Tripa(トリパ)|旅のプロがお届けする旅行に役立つ情報
奈良東大寺大仏

51代 平城天皇 古今和歌集90
在位:延暦25年(806年)3月17日- 大同4年(809年)4月1日

  • ふるさととなりにし奈良の都にも色はかはらず花は咲きけり

57代 陽成天皇 後撰集(※百人一首)
在位:貞観18年(876年)11月29日- 元慶8年(884年)2月4日

  • 筑波嶺のみねより落つるみなの川 恋ぞつもりて淵となりぬる

58代 光孝天皇 古今和歌集(※百人一首)
在位:元慶8年(884年)2月5日- 仁和3年(887年)8月26日

  • 君がため春の野に出でて若菜つむ わが衣手に雪は降りつつ

59代 宇多天皇 万代集
在位:仁和3年(887年)8月26日- 寛平9年(897年)7月3日

  • 春風の吹かぬ世にだにあらませば心のどかに花は見てまし

60代 醍醐天皇 新古今和歌集 163
在位:寛平9年(897年)7月3日- 延長8年(930年)9月22日

  • かくてこそ見まくほしけれ万代をかけてにほへる藤浪の花

62代 村上天皇 新古今和歌集 1256
在位:天慶9年(946年)4月20日- 康保4年(967年)5月25日

  • 逢ふことははつかにみえし月影のおぼろけにやはあはれとも思ふ

64代 円融天皇 新古今和歌集 381
在位:安和2年(969年)8月13日- 永観2年(984年)8月27日

  • 月かげの初秋風とふけゆけば心づくしに物をこそ思へ(円融院)

65代 花山天皇 風雅集 202
在位:永観2年(984年)8月27日- 寛和2年(986年)6月23日

  • あしひきの山に入り日の時しもぞあまたの花は照りまさりける(花山院)

67代 三条天皇 後拾遺集(※百人一首)
在位:寛弘8年(1011年)6月13日- 長和5年(1016年)1月29日

  • 心にもあらでうき世にながらへば 恋しかるべき夜半の月かな

69代 後朱雀天皇 後拾遺 604
在位:長元9年(1036年)4月17日- 寛徳2年(1045年)1月16日

  • ほのかにもしらせてしがな春霞かすみのうちにおもふ心を(後朱雀院)

71代  後三条天皇
在位:治暦4年(1068年)4月19日- 延久4年(1072年)12月8日

  • 思ひ出でば同じ空とは月を見よ ほどは雲居にめぐりあふまで
厳島神社(宮島@広島)の料金(拝観料)と参拝時間。初詣の時は注意 | Japan News Degital
安芸厳島神社

72代 白河天皇 後拾遺 379
在位:延久4年(1072年)12月8日- 応徳3年(1086年)11月26日

  • 大井川ふるき流れをたづねきて嵐の山のもみぢをぞ見る(白河院)

73代 堀川天皇 千載集 611
在位:応徳3年(1086年)11月26日- 嘉承2年(1107年)7月19日

  • 千歳まで折りて見るべき桜花梢はるかに咲きそめにけり

74代 鳥羽天皇 千載集 1052
在位:嘉承2年(1107年)7月19日- 保安4年(1123年)1月28日

  • 心あらば匂ひを添へよ桜花のちの春をばいつか見るべき(鳥羽院)

75代 崇徳天皇 詞花集(※百人一首)
在位:保安4年(1123年)1月28日- 永治元年(1141年)12月7日

  • 瀬をはやみ岩にせかるる滝川の われても末にあはむとぞ思ふ

77代 後白河天皇 千載集 797
在位:久寿2年(1155年)7月24日- 保元3年(1158年)8月11日

  • よろづ代をちぎりそめつるしるしにはかつがつけふの暮ぞ久しき                 (後白河院)

82代 後鳥羽天皇 続後撰集(※百人一首)
在位:寿永2年(1183年)8月20日- 建久9年(1198年)1月11日

  • 人もをし人もうらめしあぢきなく 世を思ふゆゑに物思ふ身は

83代 土御門天皇 続古今和歌集
在位:建久9年(1198年)1月11日- 承元4年(1210年)11月25日

  • 朝あけの霞の衣ほしそめて春たちなるる天のかぐ山 
  • 百敷の庭の橘おもひ出でてさらに昔をしのぶ袖かな(御集)

84代 順徳天皇 続後撰集(※百人一首)
在位:承元4年(1210年)11月25日- 承久3年(1221年)4月20日

  • ももしきや古き軒端のしのぶにも なほあまりある昔なりけり

88代 後嵯峨天皇 続拾遺集 44
在位:仁治3年(1242年)1月20日- 寛元4年(1246年)1月29日

  • 袖ふれば色までうつれ紅の初花染めに咲ける梅が枝

89代  後深草天皇 
在位:寛元4年(1246年)1月29日- 正元元年(1259年)11月26日

  • 石清水ながれの末のさかゆるは こころの底のすめるゆゑかも

90代 亀山天皇 新続古今和歌集 
在位:正元元年(1259年)11月26日- 文永11年(1274年)1月26日

  • かざし折る三輪の檜原の杉の葉や年ふる色のしるしなるらむ (亀山院)
  • あまつかぜ空にたちつつあらかねの土の色にぞ秋もみえける(嘉元百首)

91代 後宇多天皇 新千載和歌集 534 
在位:文永11年(1274年)1月26日- 弘安10年(1287年)10月21日

  • 長月や雲ゐの秋のこととはん昔にめぐれ菊のさかづき

92代 伏見天皇 玉葉集 
在位:弘安10年(1287年)10月21日- 永仁6年(1298年)7月22日

  • 春きぬと思ひなしぬる朝けより空も霞の色になりゆく

93代 後伏見天皇 玉葉集 
在位:永仁6年(1298年)7月22日- 正安3年(1301年)1月22日

  • あらち山夕こえくれてやたの野の浅茅かりしき今宵かもねむ (後伏見院)
  • 花鳥のなさけまでをぞ思ひこむる夕山ふかき春のかすみに(風雅集44)

94代 後二条天皇 続千載和歌集 1639 
在位:正安3年(1301年)1月22日- 徳治3年(1308年)8月25日

  • しぐるらし紅葉の錦しきしまの山どりのをのなが月の空 (後二条院)
  • 難波潟あしべはるかに晴るる日は声ものどかにたづぞ鳴くなる

95代 花園天皇 風雅集
在位:延慶元年(1308年)8月26日- 文保2年(1318年)2月26日

  • 龍田川もみぢ葉ながるみよしのの吉野の山に桜花咲く (花園院)
  • 羽音してわたるからすのひと声に軒ばの空は雲あけぬなり

96代 後醍醐天皇 (南朝1代) 続千載和歌集 14
在位:文保2年(1318年)2月26日(元弘元年(1331年)9月20日南北朝分裂)
– 延元4年(1339年)8月15日

  • おしなべて空にしらるる春の色をおのがねのみと鶯ぞなく
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吉野山全景

97代 後村上天皇(南朝2代) 新葉和歌集 612
在位:延元4年(1339年)8月15日- 正平23年(1368年)3月11日

  • 行末を思ふもひさし天つ社くにつ社のあらんかぎりは

99代 後亀山天皇(南朝4代) 宗良親王千首奥書
在位:弘和3年(1383年)10月- 元中9年(1392年)閏10月5日

  • みよし野の滝のしら玉数そひてかつちる花にはる風ぞふく

* 北朝1代 光厳天皇 風雅集 129
在位:元徳3年(1331年)9月20日- 正慶2年(1333年)5月25日

  • つばくらめ簾の外にあまたみえて春日のどけみ人影もせず

* 北朝2代 光明天皇 風雅集 762
在位:建武3年(1336年)8月15日- 貞和4年(1348年)10月27日

  • 霜こほる竹の葉わけに月さえて庭しづかなる冬のさ夜中

* 北朝3代 崇光院 菊葉集
在位:貞和4年(1348年)10月27日- 観応2年(1351年)11月7日

  • 紫の袖をつらねし面影のかすみもいくへ今日の初春

* 北朝4代 後光厳天皇 新後拾遺集 209
在位:観応3年(1352年)8月17日- 応安4年(1371年)3月23日

  • 五月雨はあやめの草のしづくより猶おちまさる軒の玉水

* 北朝5代 後円融天皇 新後拾遺集 78
在位:応安4年(1371年)3月23日- 永徳2年(1382年)4月11日

  • 桜花いまや咲くらむみ吉野の山も霞みて春雨ぞふる

100代 後小松天皇 御百首
在位:永徳2年(弘和2年)(1382年)4月11日(明徳3年(元中9年)(1392年)閏10月5日 南北朝統一)- 応永19年(1412年)8月29日

  • 夢にみえ寢覺(ねざめ)に殘りいくたびか 曉たのむ代代のいにしへ
  • しぐれつつくれてきのふの秋篠やと山の雲のうつりやすさよ

101代 称光天皇 砂玉集?
在位:応永19年(1412年)8月29日- 正長元年(1428年)7月20日

  • 思ひそめしあけぼのよりも桜花心うつろふ夕ばえの色

102代 後花園天皇 御集
在位:正長元年(1428年)7月28日- 寛正5年(1464年)7月19日

  • 松ばらの嵐やよわるほの見てし尾上の緑またかすむなり

103代 後土御門天皇 紅塵灰集
在位:寛正5年(1464年)7月19日- 明応9年(1500年)9月28日

  • 朝まだき春のものとて天の原ふりさけみれば霞みそめつつ

104代 後柏原天皇
在位:明応9年(1500年)10月25日- 大永6年(1526年)4月7日

  • から錦もみぢみだれてうづむらんわたらぬ橋の中はたえけり

105代 後奈良天皇
在位:大永6年(1526年)4月29日-弘治3年 (1557年)9月5日

  • 愚なる身も今さらにそのかみの かしこき世世の跡をしぞ思ふ
  • いそのかみふるき茅萱の宮柱 たてかふる世に逢はざらめやは

106代 正親町天皇 御百首
在位:弘治3年(1557年)10月27日- 天正14年(1586年)11月7日

  • 鳴神のただ一とほり一里の風も涼しき夕立のあと
『安土城郭資料館』近江八幡・安土(滋賀県)の旅行記・ブログ by 吉備津彦さん【フォートラベル】
安土城

108代 後水尾天皇 後水尾院御集
在位:慶長16年(1611年)3月27日- 寛永6年(1629年)11月8日

  • 世に絶えし道踏み分けていにしへのためしにもひけ望月の駒

116代  桃園天皇
在位:延享4年(1747年)5月2日- 宝暦12年(1762年)7月12日

  • 身の恥も忘れて人になにくれと 問ひ聞く事ぞさらにうれしき

117代  後桜町天皇  (女帝)
在位:宝暦12年(1762年)7月27日- 明和7年(1770年)11月24日

  • おろかなる心ながらに國民の なほやすかれとおもふあけくれ

118代  後桃園天皇
在位:明和7年(1770年)11月24日- 安永8年(1779年)11月9日

  • のどかなる春を迎へてさまざまの 道榮えゆく御代ぞにぎはふ

119代  光格天皇
在位:明和7年(1770年)11月24日- 安永8年(1779年)11月9日

  • 民草につゆのなさけをかけよかし 世をもまもりの國のつかさは

120代  仁孝天皇
在位:文化14年(1817年)3月22日-弘化3年 (1846年)2月6日

  • 天照らすかみのめぐみに幾代々も 我があしはらの國はうごかじ

121 孝明天皇 
在位:弘化3年(1846年)2月13日- 慶応2年(1866年)12月25日

  • 和らくも たけき心も相生の まつの落葉のあらす栄へむ
  • 武士と こゝろあはしていはほをも つらぬきてまし世々のおもひて
京都御所
※写真はすべてネットより拝借いたしました。

     謹賀新年

明けましておめでとうございます

本年もよろしくお願い申し上げます

「龍神は初日の中を降臨す

年始そうそう駄句にて失礼(=^・^=)💞

今年は辰年

龍神のお力で穏やかな世情となる事を願っています。

残念ながら、平穏な幕開けとはいかなかったようです。元日早々に令和六年能登半島地震と命名された大きな地震が起こってしまいました。被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。

https://note.com/2019dobutu

https://www.facebook.com/profile.php?id=100058721707819

Blognote  &  Facebook もお立ち寄りください

新しき年の初めの初春の今日降る雪のいや重け吉事

中村天風の言葉 1月

中村天風一日一話

元気と勇気が湧いてくる哲人の教え366話

2005年8月22日初版発行PHP文庫 2006年12月1日第一版第18刷発行 発行所 PHP研究所

因みに中村天風とは何者か!ご存じの方は多いと思いますがウィキペディアでは 日本の自己啓発講演家、思想家、ヨーガ行者。実業家、大日本帝国陸軍諜報員、玄洋社社員。孫文の友人であり、中華民国最高顧問の称号も持った。天風会を創始し心身統一法を広めた 。

また、学生時代に喧嘩で相手を刺殺、日清日露戦争当時は軍事探偵として活動する。戦後結核にかかり、ニューソート作家の著作に感銘を受けて渡米し、世界を遍歴。インドでのヨーガ修行を経て健康を回復し悟りを得たとされる。日本に帰国後、一時は実業界で成功を収めるも、自身の経験と悟りを伝えるために講演活動を開始。その教えを学んだ各界の著名人の中には、松下幸之助など日本を代表する実業家も含まれる。 と概略では紹介されています。

※ニューソートとは(ウィキペディアより)
19世紀後半にアメリカ合衆国で始まったキリスト教における潮流のひとつで、一種の異端的宗教・霊性運動の一つという事の様です。

短い言葉の中に人生の生き方・考え方が凝縮されている様にも感じます。全て実践できればいいですね~。

【一月の言葉】

*一日 生きる力

凡そ人間としてこの世に生まれ人間として人生に活きる為に第一に知らねばならぬ事は、人間のいのちに生まれながらにして与えられた生きる力に対する法則である。真自分の命の中に与えられた力の法則と云うものを正しく理解して人生に活きる人は、真に限りなき強さと歓喜と沈着と平和とを作ろうと思わなくても出来上がってくるようにできてくるのである。其れを一番先に我々は知らねばならない。

*二日 変転極まり無きが人生

事無き世界に生きている時の自分を幾ら明瞭に認識したからと云って、人生が事無き世界でもって一生を終わって仕舞うなら兎も角変転極まりなきが人生の常。何か事のあった時に慌てやしないか。思いがけない事件に出くわした時に狼狽えやしないか。冷静な考え方がめちゃめちゃになって仕舞わないかと云う様な自分の欠点や短所を有事の際にどうな風という事を深く掘り下げて考えなきゃ駄目なんだ。そうすると自然と自分と本当の姿と云うものが自分の心に映ってくる

*四日 人生を考えるという事

現代人の考え方は唯生活の当面の事だけを考えてそれで人生を考えているように思っている。もっとはっきり言えばこうやって生きている毎日その日の生命の生活の事だけを考えるのが、何か人生の先決問題のように考えている。喰うこと着る事儲ける事遊ぶこと、勿論それも必要な事だから考えるべきものではあるかもしれない。併しだからと云って其れだけを考えていれば人生すべてが解決すると思う考えはどうかと思わないか?

*六日 自然法則に従って生きる

人間は自然物の一つであるからこそ当然自然の法則に従って生きるべきである。自然界にはその種を問わず自然の法則に背反している者は絶対に存在しないのが事実である。それ故人間は真の健康を確立し無病で且長寿でその生涯を全うするには何を於いても自然法則に順促して生活する事が鉄則である。

*九日 自分で蒔いた種

総ての人生の出来事は偶然に生じたものじゃありません。アクシデント(事故)と云うものは自己が知る知らないを問わず必ず自分が蒔いた種に花が咲き実がなったんです。活きる心構えと云うものに正しい自覚がそして反省が常に油断なく行われていないで生きると全然自分が気の付かないような悪い種を健康的にも運命的な方面にも蒔いてしまうんです。

*十一日 欲を捨てることは出来ない

天風哲学は断固としてこう断言します。人間の欲望と云うものは絶対に捨てることは出来ないのであります。其れを捨てる事の出来るように説いてる釈迦もキリストもマホメットも多くの人々に私から言わせましたら偽りを言っているんだと遠慮なく言いたい。私は欲なんて棄てません。私と同様真理の中で生きる立派な人間をこの地上にできるだけ増やしたいと云う欲望で一生懸命この仕事をやっているんだもん。

*十四日 思考そのものが人生

厳格に考定すれば人生とは実は思考そのものなのである。否極言すれば人生即思考とも云えるのである。これをもっと釋言すれば思考の量と質の両者の総合現象が人生なのである。而してこの厳粛な事実を考慮すると仮に思考と生命との関係が大して問題にする程重大でないと仮定しても叙上の如く思考そのものが人生である以上は凡そ思考程人としてこの世に活きる場合これ以上重大なものはないと厳格に考えるべきだと云わねばならない。

*十七日 毎朝心から感謝する

先ず第一に毎朝寝覚めたら今日も亦生きていた事を心から感謝するという事を今日一日の生命への出発の第一歩とする事。大抵の人は毎朝目覚める事を何か当然の事であるかの様に考えている。処がいつ何時どんな事で自己の命が失われるかも知れない。又実際に於いて何時かは絶対に目覚めぬ永久の眠りに入ってしまう時が来る。と云う一大事を考えると毎朝目覚めた時自分の活きていることを直感して刹那限りない感謝を感じないではいられないと思う。

*二十日 呼吸法

呼吸法は単に肉体生命の生きる力に対してばかりでなく、更に進んで高級な精神生命機能の方面迄その効果を及ぼす事を目的として創造している。即ち呼吸作用は酸素を吸って二酸化炭素を出すと言う様な単一的な生理現象に対してだけでなくよりもっと重大な人間の根源的な方面に迄密接な関係がある。

*二十三日 求道とは実行である

幾ら素晴らしい教えであっても是を実行しなければ其れは絵に描いた餅に過ぎない。例えば積極心を身につけるに能って感謝の念が重要である事はよく知って要る筈だがいざとなると不平不満が先行して中々実行が伴わない。その点傑出した先達に見られる求道の精神は文字通り絶対不断であった。積極心を本当に絶対的にしたければその手始めに一切の不平不満を感謝に置き換える努力を怠らない事である。

*二十六日 心の思考が人生を創る

可能な限り消極的な気持ちで肉体を考えないようにすることが何よりも大切である。特に病の時は病を忘れる努力をすべきである。一言で言うならば人間の健康も運命も心一つの置き所。心が積極的方向に動くのと消極的方向に動くのとでは天地の相異がある。ヨガ哲学ではこれを心の思考が人生を創ると云う言葉で表現している。

*二十九日 初一念貫徹による成功

東洋の豊臣秀吉西洋のナポレオンは僅かな年月の間に立派な兵馬の権を手にして天下に君臨しております。又フランクリンやエジソンの如き偉大な発明や発見を敢えてした人々何れも心の態度が積極的でありました。ですからどんな艱難辛苦に遭遇して不僥不屈その強い心で何事にも脅かされずに能く此れを乗り越えてそして初一念を貫徹する強い心があの人達を成功させたのであります。

*三十日 自消極的言葉の厳禁

絶対に消極的な言葉は使わない事、否定的な言葉は口から出さない事、悲観的な言葉なんか断然もう自分の言葉の中にはないんだと考える位な厳格さを持っていなければだめなんです。

もう3年目です (=^・^=)💖

NPO法人あおぞら

Blognoteより転記

連続投稿は漸く1年目


2021年の1月から投稿を始め、足掛け3年になります🙀(^_-)-☆
note投稿読者の皆様のお蔭だと感謝申し上げます。

途中、PCのトラブルや、車が家に飛び込んできた事故で光回線の切断等々、何度か、投稿中断という憂き目を見ましたが、今月でもうすぐ連続投稿も
ようやく一年目となりそうです💖
拙い文章や写真を温かい気持ちでご覧いただいた皆様、又うれしい励ましのコメント等々お寄せ下さった皆様のお蔭と有難く思っています。

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その間、保護猫たちとの暮しぶりや、里親さんの元へ迎えられた子達の様子、また自ら保護して育てて下さっている方々の紹介、地域猫活動を積極的に進めて下さっている有志の皆様の活動状況等々、いろいろと紹介させていただいています。
時には、保護活動に対する無理解や行政の対応等々への意見も述べさせていただきました。

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直近の問題としては、高齢者の方々と飼われているペットたちの問題が、一番の悩ましい問題だと危機感を感じています。
何度も繰り返しにはなりますが、こういった大きな問題は、社会全体のこととして福祉的な見地からも社会全体で解決できる方向へ持っていければうれしいですね~。

これからも、愛護活動に関しての投稿を続けていきたいと思っていますが、出来れば楽しい記事が増えていくような環境になってくれればと思っています。

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どうぞこれからも投稿ご覧いただけますよう、よろしくお願い申し上げます。感謝いたします。ありがとうございました(#^.^#)

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TNR活動についてー動物基金さんのお知らせ

◆皆様へのお願い◆
1.病院によってはすぐに予約が埋まってしまうこともございます。
  チケットが配分されたことを確認したら、すみやかに協力病院へ予約を
  入れてください。
2.チケットの使用対象となる猫は、特定の飼い主がいない猫です(多頭飼
  育救済を除く)。リリース予定のない里親募集中の猫を含め、所有者が 
  明確な猫は使用対象外となります。
3.チケットは譲渡できません。
4.皆様が運営されるウェブサイトやSNSなどで、どうぶつ基金の活動内容
  をご紹介ください。その際には「さくらねこ」と「さくら耳」という
  言葉をご使用いただくこともお願いいたします。
 
その他ご不明点などがございましたらご遠慮なくお問い合わせください。
今後ともご支援を賜りますよう心よりお願い申し上げます。

【公益財団法人どうぶつ基金】
郵送物は下記にお送りください。
郵便番号530-0056 大阪市北区兎我野町5-15 2階ベルセンター内
公益財団法人どうぶつ基金運営事務局
—————————————————————————-
よくある質問と回答:https://www.doubutukikin.or.jp/question
お問合せフォーム:https://business.form-mailer.jp/fms/bfa107a14087
どうぶつ基金HP:http://www.doubutukikin.or.jp/
Facebook: https://www.facebook.com/doubutukikin/
Instagram:https://www.instagram.com/doubutukikin/
Twitter:https://twitter.com/Doubutukikin
TEL:0797-57-1215 FAX:0797-26-8671
—————————————————————————-
~どうぶつ基金は人と犬や猫が幸せに共生できる社会を目指しています~

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TNR活動事情(=^..^=)ミャー💞

NPO法人あおぞら blogupより転記

今回は、地域猫と自治会・行政の取り組みの現状を「どうぶつ基金」さん提供の情報そのままに、コメントなしでお知らせいたします。
行政に関しては地域猫活動に対し助成制度が無いわけでは無いようですがどうも手続きとか自治会合意とかいろいろとハードルが高くて利用するのがむつかしい感じですね~(=^・^=)
行政もTNRの費用負担等、もっと柔軟に地域猫活動のサポートが出来るようになってくれれば、外猫に関してのいろんな問題も解決していくのではと思いますが・・・(=^・^=)

目次

  1. 地域猫問題と自治会の取り組み
  2. 【地域猫活動と自治】
  3. 【地域猫活動における合意について】
  4. 現在の行政の在り方
  5. TNR活動費用負担は

地域猫問題と自治会の取り組み


こんにちは
どうぶつ基金理事長の佐上邦久です。
黒澤泰先生が要望書・署名の呼びかけ人として連名いただきました。
黒澤先生は、1995年 横浜市磯子保健所への異動を機に行政獣医師として
「地域猫」という活動を発案実践した、まさに「地域猫の父」といえる人です。
そんな「元祖地域猫」 黒澤先生から「自治会の合意書」と「地域の合意」の違いについて解説いただきました。

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どうぶつ基金提供

以下、黒澤先生のお考えをご紹介させていただきます。
「地域猫活動においては話し合いの上で納得を得ることを[合意]だと定義付けています。」
地域猫活動とは、飼い主のいない猫(ノラ猫)によるトラブルを改善するために、地域住民が主体となって行う環境衛生活動です。
地域で話し合って決めたルールに基づき、行政やボランティアと協働し、
飼い主のいない猫に不妊去勢手術を実施し、エサの管理やフンの清掃など
適切な飼育により、人と猫が共存する地域を目指します。

【地域猫活動と自治】

地域猫活動が自治会・町内会でやるものと思い込んでいる話を聞きますが、
どこから変わったのか考えてみました。
おそらく、行政が補助金や助成金を出すようになった辺りからだと思います。行政がお金を出すためにはある程度の条件が必要であり、面倒な手続きは付き物となります。そのため行政にとって最も話しやすく、責任が担保でき進めやすい単位が自治会・町内会なのです。
そこで全国の自治体行政が、それぞれの解釈で定義や条件を作ったのです。
 当初の地域猫活動は、横浜市磯子区の猫の飼育ガイドライン(1999年3月発行)によると「ノラ猫の世話をする人がグループを作り、周辺住民の理解を求めること」が始まりです。
ノラ猫のいる場所もさまざまで、商店街猫、神社猫、公園猫などいろいろあります。 
自治会単位のみで活動することは必須ではありません。
行政が運用しやすいように、そのように定めているだけです。

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【地域猫活動における合意について】

「合意」の解釈も法律用語の定義では当事者全員の意思の一致を指しますが、私は地域猫活動においては話し合いの上で納得を得ることを「合意」だと定義付けています。
たとえ反対者がいても、黙って見守ることで納得を得られれば良いと思っています。
この話し合うプロセスこそが大事なのです。
本来はもっと柔軟で緩い活動のはずなのに、行政の登録制あたりから独自の解釈になったのでしょう。
黒澤泰
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住民全体の利益に資する環境改善活動である「地域猫活動」を拡充するために、広く全国の皆様からの署名をお願い申し上げます。

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現在の行政の在り方


署名10,579筆を大阪市に第一次提出しましたー原田 玲子(大阪さくらねこの会原田代表)2023年11月16日 — 
署名開始2週間で10000筆を超える大きな反響

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どうぶつ基金提供

 2023年11月16日付で、大阪さくらねこの会、公益財団法人どうぶつ基金、要望の趣旨にご賛同下さった弁護士細川敦史氏は大阪市役所に大阪市長宛の署名10,579筆を第一次提出いたしました。
 大阪市だけの論争だと思っていた地域猫活動における「自治会長の合意」問題は日本全国で起きているようです。全国各地から寄せられた非常に熱のこもったご賛同コメント922件のうち、抜粋した243件もあわせて提出いたしました。
 大手メディアの取材も入り、予想を遥かに超える反響の大きさに大阪市職員の方も連名者も驚いております。
 2018年に策定された大阪市の「理由なき殺処分ゼロ」に向けた行動計画によると2022年度に街ねこ事業が実施された自治会の数は120地区。手術された猫の頭数は728頭とのこと。
大阪市内の自治会の総数が約4200。
単純に計算して大阪市全域の僅か2.8%にとどまります。
人口が275万人を超える大都市としては、ノラ猫の問題の解決にはほど遠い数字です。

また、当方からの
・自治会長のハードルと同じく、活動推進の障壁となっている、猫1匹当たりの手術費用負担金2,500円についても自治会費で計上しているのか?自治会長のポケットマネーを充てているのか?地域内で寄付を募って賄っているのか?個人の有志が捻出しているのか?

・数々のハードルを超えて「街ねこ」となった猫達の見守りにかかる費用の原資は?苦情対応は誰がどのように担っているのか?
という問いに対して、大阪市健康局からは、いずれも「把握していない」とのご回答しか得られませんでした。

TNR活動費用負担は

費用負担に関しては、猫に心を寄せる地域外のボランティアが負担したり、どうぶつ基金さくらねこチケットを使用するケースが多いです。
 実施前には自治会長の合意書を含む沢山の書類を整え、資金調達までする必要があることに比して、その後の自治会長の協力体制も不透明で自治会との連携も緩く、行政のサポートが散漫であるとの印象を受けました。
 ノラ猫の問題は社会的課題として、官民が協力し、地域住民全体で解決に取り組むべきであるのに、自治会長に過大に権限ばかりが付与される一方、ごく一部の民間人の有志に負担が偏重している実態が更に浮き彫りになりました。

 今度も引き続き、大阪市から日本の動物愛護管理行政を前進させるべく、声をあげていきます。
応援のほど、よろしくお願いいたします。

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