
明けましておめでとうございます
今年は 2026年 令和八年丙午の年

新たしき年の初めの初春の今日降る雪のいやしけ吉事

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます


大空のせましと匂ふ初日かな


明けましておめでとうございます
今年は 2026年 令和八年丙午の年

新たしき年の初めの初春の今日降る雪のいやしけ吉事

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます


大空のせましと匂ふ初日かな

2025年令和7年巳歳

本年も一年間ありがとうございました。
新しい年もよろしくお願い申し上げます。

来る年が皆様にとりまして素晴らしい一年となりますよう祈念いたします
松下幸之助一日一話
仕事の知恵・人生の知恵
1999年4月15日初版発行PHP文庫
松下幸之助翁に関しては、改めて紹介する迄も無く、よくご存じのことと思います。よって経歴等は省いて幸之助氏の「一日一話」から言葉をセレクトして紹介いたします。その言葉は平易な言葉を選んで語られていますが、内容は奥深く、仕事・経営・生き方等々、人生の指標になる言葉ばかりです。尚、個人的に好きな言葉を勝手に選ばさせていただいてます。ご興味ある方は、読みづらい内容とかまた、高価な本とか云う事はありませんので、原本を読まれることをお勧めいたします。
「一日一話」は昨年の七月から月一回、ランダムにピックアップして投稿していましたので、重複する部分も出てくると思いますが、暗記する迄に読んだ方が身に付くという事もあります。此れから新たな気持ちで一年間、幸之助翁の言葉を選んでいきたいと思います。
尚、冒頭の言葉、今回は、松下幸之助「人生心得帖」から選びました
「人間はダイヤモンドの原石のように光り輝く本質を持っている。しかし此の優れた本質も磨くことなしには発揮されない。」―人生心得帖よりー
【一月の言葉】
*一日 心あらたまる正月
竹に節がなければズンベラボーでとりとめがなくて風雪に耐えるあの強さもうまれてこないであろう。竹にはやはり節がいるのである。同様に流れる歳月にもやはり節がいる。ともすればとりとめもなく過ぎていきがちな日々である。せめて年に一回は節を作って身辺を整理長い人生に耐える力を養いたい。
そういう意味ではお正月は意義深くて、おめでたくて心もあらたまる。常日頃考えられないことも考えたい。無沙汰のお詫びもしてみたい。そして新たな勇気と希望も生み出したい。清々しくて爽やかでお正月はいいものである。
*二日 信念は偉大なことを為し遂げる
私達は弘法大師の開かれた高野山に登って非常に教えられたことがあります。今でこそ自動車道路も電車もケーブルもできていて便利と云えば便利ですが、お山を開かれた千百数十年前にあれだけ辺鄙な処を開拓しそこに道場を建てるという弘法大師の御執念というか信念というものは想像も出来ないほど強いものがあったと思うのです。我々は中々弘法大師さんの境地に触れることはできません。けれども私はその時やはり人の心、信念と云うものは偉大なことを為し遂げるものだということを痛切に感じて、私も自分の分に応じた一念信念を持たなければいけないなと感じたのです。
*三日 不確実な時代はない
不確実性の時代と人はよく言います。事実思わぬことが次々と起こって混乱することがよくありますが、私は不確実性ということは肯定しません。何故なら不確実な現象は全部人間自身の活動の所産であり、人間自身が不確実な行動をする所に起ってくるものだと思うからです。だから不確実な考えや行動をやめたら、確実になってくる。そういう自覚で仕事をすることが大切だと思います。未来は確実性の時代だという発想の転換、未来に対処する基本的姿勢の転換こそ今日私たちがお互いの緊急重要事ではないかと思うのです。
*四日 はじめに言葉ありき
はじめに言葉ありという言葉がある。聖書のなかにあるそうで私はその深い意味はよく知らないが、これは経営にも当てはまることではないかと思う。つまり経営者、指導者はまずはじめに言葉を持たなくてはならない。言い換えれば一つの発想をし目標を皆に示すということである。後の具体的な事は其々担当の部署なり社員也に考えてもらえばいい。しかし最初に発想しそれを言葉にすることは、経営者が自らやらなくてはいけないと思う。そしてそれは企業経営だけでなく、日本の国全体として望まれることであろう。
*五日 先見性を養う
先見性を持つことは指導者にとって極めて大切なことだ。先見性を持てない人は指導者としての資格がないと云っていいほどである。時代というものは刻々と移り変わっていく。昨日是とされたことも今日は時代遅れだということも少なくない。だからその時代の移り行く方向を見極め変わっていく姿を予見しつつ、それに対応する手を打っていくことによって、元て国家の安泰もあり企業の発展もある。一つの事態に直面して慌ててそれに対する方策を考えるというようなことでは、物事は決して上手くいかない。心して先見性を養いたいものである
*六日 素直な心とは
素直な心とはどういう心であるかと云いますとそれは単に人に逆らわなず、従順で有るというようなことだけではありません。寧ろ本当の意味の素直さというものは、力強く積極的な内容を持つものだと思います。つまり素直な心とは、私心無く曇りのない心というか一つの事に捉われずに、物事を在るが儘に見ようとする心と云えるでしょう。そういう心からは、物事の実相を掴む力も生まれてくるのではないかと思うのです。だから素直な心というものは真理を掴む働きのある心だと思います。物事の真実を見極めてそれに適応していく心だと思うのです。
*七日 熱意は磁石
如何に才能が有っても知識があっても、熱意の乏しい人は画ける餅に等しいのです。反対に少々知識が乏しく才能に乏しい点があっても、一生懸命というか強い熱意があれば、そこから次々とものが生まれてきます。その人自身が生まなくても、その姿を見て思わぬ援助、目に見えない加勢と云うものが自然に生まれてきます。それが才能の乏しさを補い知識の乏しさを補ってその人をして仕事を進行せしめる、全うさせるということに為るわけです。恰も磁石が周囲の鉄粉を引き付けるように+熱心さは周囲の人を引き付け周囲の情勢も大きく動かしていくと思うのです。
*十三日 枠に囚われず
私達は仕事進めていく際に、ともすれば自分で自分の枠を決めてしまってはないか。例えばラジオのデザインにしても元来デザインは固定したものでないのだから、三角でも円でもよい筈なのに殆ど箱型である。このことに限らず、不思議なことに人間は自ら枠を作りその中に入ってしまうという悪い傾向がある。これも自己を保身する一つの生き方かも知れないが、窮屈な枠の中で窮屈なものの考え方をしていては、心の働きも鈍くなり自由自在な好い知恵が出てくるものではない。ものには色々な見方がある。時と場合に応じて自在に変えねばならない。そこにこそ発展が生まれるのである。
*十六日 武士道と信頼感
昔、武士は庶民の上に置かれ尊敬されていた。これは一つには武士が武力を持っていたからとも考えられるが、それだけではない。やはり武士は道義に篤く武士としての精神を忘れず所謂武士道に徹することにより庶民の信頼と尊敬を勝ち得ていたものと思う。これは会社の中でも言える。経営者には経営者道、従業員には謂わば従業員道とも云うべきものがあると思う。其々当然やるべきことがある。之をお互いに責任を以て貫いてゆくというところに信頼関係の基礎があり、その信頼関係を高めていく推進力があるのではないだろうか。先ずお互いの立場で其々の道に徹したい。
*十七日 決意を持ち続ける
指導者にとって大事なことの一つは志を持つということである。何等かの志、決意というものがあって始て事は成るのである。だから志を立てて決意をするということが必要なわけだが、それは一度志を立て決心すればそれでいいということではない。寧ろ大事なのはそうした志也決意を持ち続けることであろう。其の為にはやはり、絶えず自らを刺激し思いを新たにするようにしなくてはならない。一度志を立て決意することによって、非常に偉大なことを成し遂げられるのも人間であるが、その志・決心を中々貫き通せない弱さを合わせて持っているのもこれまた人間である。
*二十一日 当たって砕ける
ある時会社で社員が集まって盛んに議論している。どうしたのかと尋ねるとこの製品を新しく発売するのですが、これが売れるかどうか検討しているのですと云う。そこで私はそれは探るより仕方がないのではないか。売れるか売れないかをある程度議論することは必要だが、ある程度以上は議論しみても始まらない。後は当って砕けろだ。それを買ってくれる人に尋ねるより仕方がないのではないかと云ったのである。ある程度考えた後は勇気をもってやる。そういうことが商売だけでなく政治にもその他あらゆる日常生活の分野に於いても時に必要だと思う。
*二十三日 物を作る前に人を創る
私はずっと以前でしたか当時の若き社員に、松下電器は何を作るところかと尋ねられたらならば松下電器は人を創る處で御座います。併せて電器商品を作っております。とこういう事を申せと云ったことがあります。その当時、私は事業は人に有り人を先ず養成しなければならない、人間として成長しない人を持つ事業は成功するものでない。ということを感じており遂そういう言葉が出た譯ですが、そういう空気は当時の社員に浸透しそれが技術・資力・信用の貧弱にも拘らず、どこよりも会社を力強く進展させる大きな原動力となったと思うのです。
*二十五日 融通無碍の信念
融通無碍と云う言葉がある。これは別に難しい理屈でも何でもない。至って平凡なことと思う。若し道を歩いていてその前に大きな石が落ちてきて向こうへ行けない場合はどうするか。勿論石に攀じ登っても真直ぐ行くということも一つの方法である。併し其処に無理が生じるのであれば石を避けて回り道をして行くそれが融通無碍だと思う。勿論時には回り道の無い場合もある。しかしそういう時にはまた別の方法を考える。素直に自分の感情に捉われないでこの融通無碍ということを絶えず心掛けていくところに世に処していく一つの道があると思うのである。
*二十六日 短所四分長所六分
人間と云うものは誰でも長所と短所を持っている。だから大勢の人々を擁して仕事をしているのであれば、其々に多種多様な長所と短所が見られる。その場合部下の短所ばかりを見ていたのでは中々思い切って使えないし部下にしても面白くない。その点長所を見ると、その長所に随って生かし方が考えられある程度大胆に使える。部下も自分の長所が認めて貰えれば嬉しいし知らず識らず一生懸命に働く。併し勿論長所ばかりを見て短所を全く見ないということではいけない。私は短所四分、長所六分ぐらいに見るのが善いのではないかと思うのである。
*二十八日 衣食足りて礼節を知る
衣食足りて礼節を知るという言葉がある。これは今から二千年以上も昔の中国で云われたものだというが、今日尚広く使われていると云うことはそこに人間としての一つの真理があるからの様に思える。ところが今日の我が国については衣食足りて礼節を知るどころが衣食足りて礼節益々乱れると云わざるを得ないことが多い。是は当に異常な姿である。我々は今この世の中を正常な姿に戻して社会の繁栄、人々の幸福を生み出してゆく必要がある。其の為には、先ず自己中心のものの考え方行動を自ら反省し、誡めあっていくことが肝要だと思う。
*三十日 自分を飾らず
私は毎日の生活を営んでいく上に於いて、自分を良く見せようとお上手を言ってみたり、言動に色々と粉飾をすることは大いに慎みたいと思います。これは一見簡単なことのようですが、口で言うほど容易いことではありません。殊に出世欲に駆られる人は自分を他人以上に見せようとする傾向が強いようです。併し人は各各その素質が違うのですから、いくら知恵を絞って自分を粉飾してみたところで自分の生地は誤魔化すことは出来ず、必ず剥げてきます。そしてそうなれば一片に信用を落とすことに為ってしまうのです。私は正直にすることが処世の一番安全な道だと思います。

(アーカイブ)
近頃、いろんな、地域での愛護活動の皆様の活動内容がSNSに発信されています。小さな命を守ろうという活動は、単に動物愛護というだけではなく、突き詰めていけば、教育問題にも、福祉問題にもつながる事と思っています。各地域の自治体での取り組みが、バラバラなのはおかしな話だなとも感じます。
こういう面では動物愛護取り組みの先進国から見ると、矢張り、日本はまだまだ遅れているなあという感じですね。

紹介するのは、今、当に知事選で、マスコミにも注目されている東京都のお話です。
署名協力のmailが来ていました。
動物愛護に対しての意識の低さが覗える内容❣❢
自治体の愛護活動に関しての取り組みでは、北九州も大きな事は言えない感じがしますがそれでも、啓蒙活動の為のポスターぐらいは用意されていますよね~❣❢

【6月末まで!】北区保健所に動物虐待防止のための効果的なポスター作成を求めます
私たちの地元である東京都北区・田端で悲劇が起きました。
地域猫のエサに強酸性洗剤サンポールが撒かれ、猫が大怪我する事件がおきたのです。2匹はエサを食べることができなくなってしまいました。※
犯人はこれみよがしに、使用したサンポールの容器を現場に置き去っていったといいます。
もちろん警察に通報されましたが、いまだ犯人の特定には至っていません。
事件を知った地域猫活動ボランティアは、「動物虐待は犯罪」というポスターを貼ってほしいと保健所に要請。
ところが、保健所はこの要望を「どんなポスターを作ろうが保健所の勝手だ」「予算がない」という理由で断りました。
田端に隣接する文京区や豊島区では何年も前から各自治体独自のポスターがあり、警察署・保健所への通報先も明記されているのにも関わらず、です。
北区保健所はこうした抑止力あるポスターを作成していません。
ポスターなんかで何か変わるの?とお思いの方もいるかもしれません。しかし、犯罪を未然に防ぐためには、すみやかな情報提供や通報が必要です。そのためには、保健所と警察署への連絡先が明記された効果的なポスターが必要不可欠なのです。
山田区長は政策で「ペットは家族と同じ。「動物愛護の北区」を目指して、終生飼育の啓発と環境整備、区内殺処分ゼロ、保護ねこ・保護いぬの里親制度を充実」とうたっています。保健所のずさんな対応をどう捉えているのでしゃうか。一刻も早い動物虐待防止への行動を求めます。
みなさまには署名活動・SNSでの拡散にご協力いただきたく存じます。
小さな命がないがしろにされているこの町を変えたいという、私たちの切なる望みをどうか一緒に届けてください。
1日でも早い請願のため、期日を2024年6月30日までとします。
※2024年5月15日現在、怪我を負った2匹は無事に保護され、ボランティアの自宅で安静に過ごしています。
(署名活動は終了しています。)

ポスター作るくらいそんなに費用掛かるものでもないでしょうに、矢張り意識の問題なんでしょうか😹

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11月、大分佐賀関の大火は一週間以上たって漸く鎮火ということになってきたようですね❣❣
被災された皆様年末に向けて、途方に暮れている方々もいらっしゃることでしょう。これからの生活再建が大変だとお察しいたします。
何もできませんが、心より御見舞い申し上げます。

国内ではありませんが、11月の香港の密集高層マンションの火事はなんだか現実の出来事の様には思えないほどのショッキングな映像でしたね❣❣
此方は死者行方不明の方々も多数出ているという事。
一瞬で全てを無に帰してしまう火事は本当に怖いですね・・・・😿

是から益々、暖房などを含めて火を使う機会が多くなりますネ。
ここでも、寒がりの猫達❣❣暖房なしでは可哀そうなので電気ストーブ・石油ストーブ等々、利用している時間が長くなってきてます。

何か衝撃があった時などは、自動的に火が消えるようにはなっているとは
いえ、油断大敵❣❣要注意、要注意❣❣❣
勿論、目が届かない時には、必ず火を消して、暖房器は使わない様にはしています。猫達には可哀そうですが、・・・・
猫達の安全の爲にも、仕方ありませんね~~~(=^・^=)
これからしばらくの間、更に、寒さが増していきます。
皆様も、どうぞお気をつけて・・・・❣❣
⚠⚠⚠・・・・⚠⚠⚠

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NPO法人あおぞらNPO法人あおぞらの代表、杉原英子です。福岡県北九州市門司区を中心に活動しています。私どもは保護を必要とする犬や 猫の救済を通じて地域の環境保全を考えるとともに人と動物が共生できるやさしい社会環境づくりを目指して活動をしてい ます。
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松下幸之助一日一話
仕事の知恵・人生の知恵
1999年4月15日初版発行PHP文庫
松下幸之助翁に関しては、改めて紹介する迄も無く、よくご存じのことと思います。よって経歴等は省いて幸之助氏の「一日一話」から言葉をセレクトして紹介いたします。その言葉は平易な言葉を選んで語られていますが、内容は奥深く、仕事・経営・生き方等々、人生の指標になる言葉ばかりです。尚、個人的に好きな言葉を勝手に選ばさせていただいてます。ご興味ある方は、読みづらい内容とかまた、高価な本とか云う事はありませんので、原本を読まれることをお勧めいたします。
「一日一話」は昨年の七月から月一回、ランダムにピックアップして投稿していましたので、重複する部分も出てくると思いますが、暗記する迄に読んだ方が身に付くという事もあります。此れから新たな気持ちで一年間、幸之助翁の言葉を選んでいきたいと思います。
尚、冒頭の言葉、今回は、松下幸之助「人生心得帖」から選びました
「この世に存在するものは、総て人間の生活に必要、役立つものである。此の基本認識に立って、一つひとつのものを、活かすように努めたい。」―人生心得帖よりー
【十二月の言葉】
*一日 自分の最善を尽くす
太閤秀吉と云う人は草履取りに為れば日本一の草履取りになったし炭番に為れば最高の炭番になった。そして馬回り役に成ったら自分の給料を割いて人参を買い馬にやったと云う。此の為嫁さんが逃げてしまったと云う事だがそこに秀吉の偉大さがある。馬番になったが俺はこんな仕事は嫌だなどと云わずに日本一の馬番に成ろうと努力した。詰りいかなるかんきょうにあっても自分の最善を尽くし一日一日を充実させ其れを積み重ねていく。其れが役に立つ人間でありその様な事が人を成功に導いていく道だと思うのである。
*二日 忍ぶべきを忍ぶ
誠心誠意良いものを進めたけれども用いてくれないと云うので憤慨し、是は相手が暗愚だから仕様が無いと自棄になって結局打ち壊しになってしまうと云う事が儘有る様です。併しそう云う事では私は大した事は出来ないだろうと思います。用いてくれなければ時を待とう。是だけ説明して駄目だと云うのは是は時節が来ていないのだ―そう考えてじっと忍耐していく処から無言の裡に知らしめると云う様な強い大きな誠意が生まれてきます。そして其の内に相手が自ら悟る事にもなって其れが非常な成功に結び付く事にも成りましょう。
*三日 廣い視野
今日では世界の一隅に起った事でも、其れが瞬時に全世界に伝わり様々な影響を及ぼす。その様な中で自国の範囲だけ自分の会社団体の範囲だけの狭い視野で、事を考え行動していたのでは往々にして過ちを犯す事になってしまうと思う。今視野の広さと云うのは指導者にとって欠く事の出来ないものであろう。指導者は自ら世界全体日本全体と云ったように広い範囲でものを見るよう常に心掛けつつ、一国の運営会社や団体の経営を考えなくてはならないし又人々にそうした広い視野を持つ事の大切さを訴えていかなくてはならないと思う。
*五日 恩を知る
恩を知ると云う事は人の心を豊かにする無形の富だと思います。猫に小判と云う事が有りますが折角の小判も猫にとっては全く価値の無いものに過ぎません。恩を知る事は謂わばその逆で鉄を貰って其れを金程に感じる。詰り鉄を金に換える程のものだと思うのです。ですから今度は金に相応しいものを返そうと考える。皆がそう考えれば世の中は物心共に非常に豊かなものに成っていくでしょう。最もこの恩とか恩返しと云う事は決して要求されたり強制されるものでなく、自由な姿でお互いの間に理解され浸透する事が望ましいと思います。
*九日 世界に誇れる国民性
同じ日本人でも細かく見れば考え方や性格など実に色々な人がいる訳ですが、然し復一面には日本人には日本人としての共通の特性と云うか日本人の民族性国民性と云うものが矢張り有る様に思います。日本独特の気候や風土の中で長い間過ごしている内に、例えば日本人特有の繊細な情感と云うものが次第に養われてきたと云えるでしょう。日本人の国民性の中にも反省すべき点は少なくありませんが、特に勤勉さとか器用さとか恵まれた気候風土と長い歴史伝統によって養われてきた斯う云う特性には、世界にも大いに誇り得るものが有る様に思うのです。
*十一日 持ち味を生かす
家康は日本の歴史上最も優れた指導者の一人であり、その考え方なり業績に学ぶべきものは多々ある。併しだからと言って他の人が家康の通りにやったら上手く往くかと云うとそうではない。寧ろ失敗する場合が多いと思う。と云うのは家康のやり方は家康と云う人にして初めて成功するのであって、家康とは色々な意味で持ち味の違う別の人がやっても其れは上手く往かないものである。人には皆夫々に違った持ち味がある。一人として全く同じと云う事は無い。だから偉人のやり方を其の儘真似ると云うのでなく、それにヒントを得て自分の持ち味に合わせた在り方を生み出さねばならないと思う。
*十四日 人生の妙味
雨が降ったり雷が鳴ったりと云う自然現象は、ある程度の予測は出来る者の正確には掴み得えない。我々の人生の姿も此の自然現象とよく似たものでは無いだろうか其処には天災地変に匹敵する予期でき無多くの障害がある。我々は其等の障害の中に在り乍ら常に自分の道を求め仕事を進めて往かねばならない。其処に一寸先は闇とよく言われる人生の難しさがあるのであるが、そういう障害を乗り越え道を切り開いてゆく処に復人生の妙味があるのだと思う。予期できるものであれば味わいも半減してしまうであろう。
*十六日 大義名分
古来名将と云われる様な人は合戦に当っては必ず此の戦いは決して私的な意欲の為にやるのではない。世の爲人の為にこういう大きな目的でやるのだ。と云う様な大義名分を明らかにしたと云われる。如何に大軍を擁しても正義なき戦いは人々の支持を得られず長きにわたる成果は得られないからであろう。是は決して戦の場合だけではない。事業の経営に於いても諸々の施策にしても何を目指し何の為にやるのかと云う事を、自らハッキリ持ってそれを人々に明らかにしていかなくてはならない。其れが指導者としての大切な務めだと思う。
*十八日 利害を一にしよう
おとなと青年或は子供との間に断絶があるとすれば、それは我々の云う商売的な利害を共にしていない更にもっと高い意味の利害を一にしていないからだと思います。親は子の為に子は親の為に本当に何を考え何を為すべきかと云う事に徹しているか如何か、又先生は生徒の為を本当に考えているか如何か生徒は先生に対して如何言う考え方を持っているか。そう云う意識が極めて薄い為に、其処に溝が出来其れが断絶となり大いなる紛争になってくるのではないでしょうか。時代が時代だから断絶があるのが当然だと考える処に根本の錯覚過ちがあると思うのです。
*二十日 日に十転す
古人は君子は日に三転すと云ったと云う。
君子は時勢の進展と云うものを刻々と見て其れに能く処しているから、一日に三回も意見が変わっても不思議ではないと云うのであろう。
今日は怖ろしくテンポの速い時代である。そうした時代に十年一日の如き通念でものを見たり考えておれば判断を誤る事も多いだろう。昔ですら君子たるものは一日に三転しなければならなかった。テンポの速い今日では日に十転も二十転もする程の識見と判断の素早さを持たねばなるまい。人間の本能は変わらぬものだがその上に立って変わりゆく時勢の進展に刻々と処していく事が大事だと思う。
*二一日 信用は得難く失い易い
我々が何か事を成してい場合信用と云うものは極めて大事である。謂わば無形の力無形の富と云う事が出来よう。けれども其れは一朝一夕で得られるものでは無い。長年に渡る誤りのない誠実な行いの積み重ねがあって初めて次第次第に養われていくものであろう。併しそうして得られた信用も失う時は早いものである。昔であれば少々の過ちが在っても過去に培われた信用に拠って直ちに信用の失墜とはならなかったかも知れない。然し一寸した失敗でも致命的に成りかねないのが、情報が一瞬にして世界の隅々まで届く今日と云う時代である。
*二二日 小事を大切に
普通大きな失敗は厳しく𠮟り小さな失敗は軽く注意する。併し考えてみると大きな失敗と云うものは対外本人も十分考え一生懸命やった上でするものである。だからそう言う場合には寧ろ君そんな事で心配したらあかんと一面励ましつつ、失敗の原因を共々研究し今後に活かして行く事が大事ではないかと思う。一方小さな失敗や過ちは概ね本人の不注意や気の緩みから起こり、本人も其れに気が付かない場合が多い。小事に捉われる餘大二を忘れてはならないが小事を大切にし小さな失敗に対して厳しく𠮟ると云う事も一面必要ではないか。
*二三日 運命に従う
人には人に与えられた道が有ります。其れを運命と呼ぶか如何かは別にして、自分に与えられた特質也境遇の多くが自分の意思や力を超えたものである事は認めざるを得ないでしょう。そういう運命的なものをどのように受け止め活かしていくかと云う事です。自分はこの様な運命に生れて来たのだだから之に素直に従って行こうと云う様に、自分の運命を言わば積極的に考え其れを前向きに生かしてこそ一つの道が開けてくるのではないでしょうか。其処に喜びと安心が得られ次に本当の意味の生甲斐と云うものも湧いて来るのではないかと思うのです。
*二七日 投げやらない
成功する会社と成功しない会社の差と云うものは私は紙一重だと思います。例えば今後価格の競争が激しくなって来れば、我々の製品のコストを10%引き下げると云う事を当然やらなければなりません。若し下がらなければ何故下がらないかと云う事に対して内外の衆知を集めなければならないのです。其れを自分の知恵の範囲で会社の知恵の範囲で色々考えて、之は無理だ出来ないと云って投げやりになってしまえばこれは絶対に出来ないわけです。如何してもやっていくんだと云う処に一つの成功の糸口が段々と解けて来て必ずその成果が上がると思うのです。
*二九日 理想ある政治を
政治には理想が大事です。日本をこうするんだと云う一本筋が十たものが無ければいけない。そう云うものが今は見られません。その場を適当に納めてやっているそういう状態です。未だ日本が世界で二・三十番目と云う事であるなら追いつけ追い越せと云う事でも目標も出来てきますが、すでに世界一・二位を争う様になっている以上其処により高い目標理想を打ち出す必要があると思います。例え世界で一番と云う事になったとしても日本にはもっと大きな役割があるんだからと云う事で、より高い理想を持ち力強い政治を行って行く事が必要だと思うのです。
*三十日 靜思の時
何事も合理的でスピーディなものが尊ばれる昨今、其れがスピーディであればあるほど一方で静思の時と云うかゆったりしたものが欲しくなる、此れが人情と云うか人間の本能的ともいえる一つに姿でしょう。だから之を抑える事は人間の身体や生活をとんでもなく歪んだものにし兼ねないと思います。ですから夜休む前床の上に坐って静かに一日を反省する。やり方は如何であれ其う言う時を持って一日のけじめをきちんとつけてこそ、初めて其処に安らぎが生まれ明日への新たな意欲が湧いて来るのではないか。世の中が騒々しく成程そう云う靜思の時が必要になると思うのです。
*三一日 総決算
十二月は総決算の月。この時に当り一年の歩みを振り返りお互いの心のけじめをつけたいものです。此の一年良かったことは善かった悪かったことは悪かったと、素直に自分で採点しなければなりません。そしてこの一年は決して自分一人の力で歩んだものではありません。自分で気付かない処で人々の協力を得又思わぬ処で迷惑を懸けている事もあると思うのです。そんな周囲の人々の協力に対しては有難く感謝し迷惑を懸けたことに対しては謙虚に謝罪したいと思います。そうした素直な自己反省こそ次の新しい年の時分の成長にプラスする何かを必ず与えてくれると思うのです。

神道は現代の言葉を仮りて言えば、常に永遠の今に生きる 今と云う永遠の時点に立つ 故に神世は今に在り 今はまた神世に在る 天地開闢万物造化は機であり 機前を元とし本とする その元本を離れ違背して 天地人間の純粋な自律的統一体たることを無視し 己私を恣ままにするところに 後世のあらゆる迷い・罪・汚れを生じる 元来人は万物の霊長であるから神物である その人の心と云うものは神明である 万事は一心より起る 元に元し、本に本づき 本心に任じて正直清浄なれば神人合一して自由自在である
安岡正篤-百朝集第91番(大神宮参詣-坂士仏)解より
伊耶那岐神様 伊耶那美神様は宇宙の生命として人間総ての内、否、萬物の内に活きていらせらるる神様でございますから、人間の一擧一動は伊耶那岐 伊耶那美の神様の現はれでございます。我々人間は萬物と共に此の二柱の神様の天地創造事業を今日も未来も永久に行ふものであります。伊耶那岐神様 伊耶那美神様の申傳へは昔のことではございませぬ、今日の事であり、又未来永久いつも最新なる事を申上る譯でございます。
筧克彦東京帝国大学法学博士 ―神ながらの道(大正13年皇室講演録) 第四章第一節天地創造の言傳の性質 から

【礼拝】
掛けまくもかしこき天照大御神の御前を慎み敬ひをろがみ祭る
天晴れ あな面白 あな手伸し あな明け おけ
(二拍手一拝)
阿波礼 阿那於茂志呂 阿那多能志 阿那佐夜憩 飫憩 (古語捨遣)
生命ㇵ清明ー魂 精神ㇵ神明ー心 実相ㇵ清浄ー身魂

【神道雑記】
日本には古来から八百万の神々がおられるという。又日本人の信仰は自然崇拝で山や木や石や諸々の自然物を拝んだともいう。しかし私には日本人が自然そのものを崇拝したとは思えない。自然が神だと信じたなどとは何としても思えない。物を神などと云うグロテスクな信仰なら当の昔に滅んでいたはずである。確かに日本の自然は豊かで美しい。しかし、美しいものを愛でる心から信仰が生まれるだろうか。私は信仰とはもっと堂々とした心から出て来るものだと思う。自然は神そのものではないが神々の宿り給う依代である。
神道民俗芸能の源流 鈴鹿千代乃著 国書刊行会より
須佐之男命は疫病をその手中に握る神であるからこそ荒ぶる神であり、恐ろしい神なのである。そして同時に人々が罹って苦しむはずの疫病を身代わりに引き受けて苦しんでくださる有難い神でもある。・・・・ この疫病神須佐之男命がインドから来たやはり疫病神である牛頭天王の信仰と結びついた。牛頭天王はインドの祇園精舎の守護神で、忿怒相をした鬼神と謂われる。これが中国の陰陽道の除疫神として取り入れられ日本に伝わって八坂神社の祭神となったのである。牛頭天王と須佐之男命とは、本地垂迹の関係で一体の神仏信じられるようになった。祇園御霊会を天王祭と云うのもここに由来する。
神道民俗芸能の源流 鈴鹿千代乃著 国書刊行会より


Blognoteから
新政治時代の幕開けと云う感じで、市井の期待度も高く、その表れの一つとして株価も大幅上昇。大方好意的に受け入れられているよう。
高邁な理想を掲げる事も大切ですが、その足元で現状に苦しむ方々もいるという事を忘れぬよう・・・即効性のある施策をお願いしたいですね❣❣
そこでエールを込めて・・・・
【荘子】
轍鮒の急(てっぷのきゅう)
出典は「荘子」外物篇です。
原文
荘周家貧、故往貸粟於監河侯。監河侯曰、「諾。我将得邑金、将貸子三百金、可乎。」
荘周忿然作色曰、「周昨来、有中道而呼者。周顧視車轍、中有鮒魚焉。周問之曰、『鮒魚来、子何為者耶。』対曰、『我東海之波臣也。君豈有斗升之水而活我哉。』周曰、『諾、我且南遊呉越之王、激西江之水而迎子、可乎。』鮒魚忿然作色曰、『吾失我常与、我無所処、吾得斗升之水然活耳、君乃言此、曾不如早索我於枯魚之肆。』」
書き下し文
荘周家貧しく、故に往きて粟を監河侯に貸りんとす。監河侯曰く、「諾[だく]。我将に邑金を得んとすれば、将に子に三百金を貸さんとす、可なるか。」と。
荘周忿然として色を作[な]して曰く、「周昨来るに、中道にして呼ぶ者有り。周顧みて車轍を視れば、中に鮒魚有り。周之に問ひて曰く、『鮒魚来れ、子何をか為す者ぞや。』と。対[こた]へて曰く、『我東海の波臣なり。君豈に斗升の水有りて我を活かさんか。』と。周曰く、『諾。我且に南して呉越の王に遊ばんとす、西江の水を激して子を迎へん、可なるか。』と。鮒魚忿然として色を作して曰く、『吾は我が常与を失ひ、我に処る所無きに、吾斗升の水を得れば然して活くるのみ耳、君乃ち此を言ふは、曾ち早く我を枯魚の肆に索むるに如かざらん。』」と。
【解】
荘周(荘子のこと)の家は貧しく食べる物が無くなったので、友人で地方の君主であった監河侯に穀物を借りに行きました。監河侯は荘周に、「よろしい。数日後に、私の領地から税金が手に入る予定だ。そうなったら君に三百金を貸そう。それでよいか?」と言うと、荘周は怒って「私はここに来る道中で、私を呼ぶ声を聞いたのです。私が振り返ってみると、車のわだちの水溜まりにはまり込んで、今にも死にそうなフナを見つけたのです。私はフナに「どうした?フナよ」と問うと、フナが「私は東海の竜神の臣下です。どうか私に少しだけでも水を汲んで来てくれませんか?」と頼んできたのです。そこで私は言ったのです。「いいだろう。私はこれから呉の国に遊説に行くところだ。越の王に西江の水を一気に運んで来てもらおう。それでいいかな?」と言ってやると、
フナは怒ってこう言いました。「水がなくては生きていけない私は、今このわだちの水溜まりを頼るばかりです。たった一升のわずかな水で私の命がつながるのです。あなたのように悠長な調子でしたら、自分は干からびて干物になってしまいます。後日乾物屋の店先で私をお探しになれば、私と再会できるでしょうね。」
(今の私はそのフナと同じ心境です。)
この言葉の意味は、「目の前に差し迫っている危険や困難のたとえ」です。「轍」は「車が通った跡、わだち」のことで、「鮒」は魚のフナのことです。「轍鮒」とは、「車が通ったあと、泥の上にできたわだちに溜まったわずかな水の中でやっと泳いでいるフナ」のことです。
人間は上を見て栄耀栄華を望めばきりがありませんが、これはそんな贅沢な話ではありません。生きるか死ぬかの瀬戸際に追い込まれて、わずかばかりの救いを渇望する者の心情を、往来の車の轍のあとの水溜まりに落ち込んだフナの危急に託して語ったものです。
( 以上NETより)
ご存じの方も多い事と思いますが、上記のお話は、「荘子」の「外物篇」にある喩え話の一部です。
家計が火の車の荘子が友人の監河侯に借金を頼みに入った時、その友人が
「よろしい。数日後に、私の領地から税金が手に入る予定だ。そうなったら君に三百金を貸そう。それでよいか?」と荘周に応えたとの事。
その答えに対して荘子が憤然と上記のたとえ話をしたという事らしいですね
(=^・^=)
さて、
首班指名の当日は、偶然にも暦の上から丁度、新月の日でした。
月が育っていくように、何事も今から新たに始まる、生まれ変わつて
育っていくという事になってくれれば嬉しいですネ😸
何はともあれ、長~い政治空白も漸く終止符が打たれたと云う事になり
ますが、さてさて、山積した諸問題どのようにさばいていくのか❣❣
これからが、正念場ということに・・・
大局的に全体を俯瞰し遠大な、経済政策や外交問題、中長期の政策を組み立てる事も勿論、大切ですが、今、その足元では、上記の「轍鮒の鮒」のような状況に陥っている方々が大勢いる事も現実のこと。
まずは即効性のある有効な政策を実施して頂きたいですね❣❣
自分達の目線の高さだけで物事図るのでなく、その足元で起きていることも見落とさない様お願いしたいものですね~~~❣❣
中国古典分類
三玄 : 老子・荘子・易経
四書 : 論語・中庸・大学・孟子
五経 : 易經・書経・詩経・礼記・春秋
六経 : 易經・書経・詩経・礼記・春秋・楽経
七書 : 孫子・呉子・司馬法・蔚繚子・六韜・三略・李衛公問対

松下幸之助一日一話
仕事の知恵・人生の知恵
1999年4月15日初版発行PHP文庫
松下幸之助翁に関しては、改めて紹介する迄も無く、よくご存じのことと思います。よって経歴等は省いて幸之助氏の「一日一話」から言葉をセレクトして紹介いたします。その言葉は平易な言葉を選んで語られていますが、内容は奥深く、仕事・経営・生き方等々、人生の指標になる言葉ばかりです。尚、個人的に好きな言葉を勝手に選ばさせていただいてます。ご興味ある方は、読みづらい内容とかまた、高価な本とか云う事はありませんので、原本を読まれることをお勧めいたします。
「一日一話」は昨年の七月から月一回、ランダムにピックアップして投稿していましたので、重複する部分も出てくると思いますが、暗記する迄に読んだ方が身に付くという事もあります。此れから新たな気持ちで一年間、幸之助翁の言葉を選んでいきたいと思います。
尚、冒頭の言葉、今回は、松下幸之助「人生心得帖」から選びました
「迷った時には人に意見を求めてみる。自分をしっかりつかみ、素直な心で、耳を傾けて訊く。そこから、確かな人生の歩みが始まる。」―人生心得帖よりー
【十一月の言葉】
*三日 日本人としての自覚と誇り
国破れて山河在りと云う言葉が有ります。例え国が滅んでも自然の山河は変わらないと云う意味ですが、山河は亦我々の心の故郷と共言えましょう。歴史に幾変転はあっても人の故郷を想う心には変わりはありません。此の国の祖先が培ってきた伝統の精神、国民精神も又変わることなくお互い人間の基本的な心構えであると思います。我々は日本と云う尊い故郷を持っています。此れを自覚し誇りとして活動する其処にはじめてお互いに納得の行く動きが起こるのではないでしょうか。日本人としての自覚や誇りの無い処には日本の政治も経済もないと思うのです。
*五日 大器晩成と云う事
能く世間ではあの人は大器晩成型だ等と云いますが、その場合どちらかと云えばあまり褒めた様には使わない事が多いようです。詰り今はまあまあだけれどもその内に何とか一人前になるだろうと云った調子です。併し私は此の大器晩成と云うのはもっと大事な意味を持っているのではないかと思うのです。真の大器晩成と云うものは人生は終生勉強であると云う考えを持って、菟と亀の昔話の様に一歩一歩急がず慌てず日々精進し進歩向上して行く姿ではないかと思います。其う云う姿を目指す事がお互いに大切だと思うのです。
*七日 見る前に察する
不当な競争は断じていけませんが正常な競争には進んで乗り出さなければ進歩が有りません。又其の競争には勝たねばなりません。その場合問題は相手の差し手を其れが形に顕れない内に感じる事が出来るか如何かに有ります。相手の企画が商品として市場に出て来てから、あれはいいなあうちでもやろうかでは遅いのです。まだ目に見えないものを何となく感じる。難しいが其れを遣るのが競争に勝つ経営と云うものです。況してや相手の商品を見て直に手を打つなら未だしも其れが売れ出してやっと御輿を挙げる様では後手に回るも甚だしいと云うべきです。
*八日 振子の如く
時計の振子は右に振れ左に振れる。そして休みなく時間が刻まれる。其れが原則であり時計が生きている証拠であると云って好い。世の中も亦人生も斯くの如し。右に揺れ左に揺れる。揺れてこそ世の中は生きているのである。然し此処で大事な事は右に揺れ左に揺れると云っても、その揺れ方が中庸を得なければならぬと云う事である。右に揺れ左に揺れるその振幅が適切適正であってこそ其処から繁栄が生み出されてくる。小さく振れてもいけないし大きく振れてもいけない。中庸を得た適切な触れ方揺れ方が大事なのである。
*九日 利害得失に捉われない
利害得失を考える事はある程度止むを得ないけれども、余り其れに囚われ過ぎと自分の歩む道を誤る事にも成りかねない。学校を撰ぶにしても卒業して仕事を選ぶ場合でもそうである。誰もが給与とか待遇の事を先に考える傾向があるが、矢張り自分には何が一番適しているだろうかと云う事を能く考えるべきだと思う。
必ずしも大会社へ入ったから幸せかと云うとそうとばかりは言えない。人によっては中小企業へ勤めて却って用いられ人生の味と云うか綾を知る尊い体験が出来て、人間としても成長すると云う事が往々にしてあるからである。
*十一日 企業は儲ける可
企業と云うものは終始一貫如何すれば合理化できるか如何すれば無駄な経費が省けるかと、一生懸命汗を流し工夫をしそして苦心惨憺してやっと一定の利益を上げているのです。そして利益の大半を税金として納めています。気魚も国民も皆が働いてプラスを生んで税金を納めているから国の財源が出来る訳です。何処も儲けなければ税金も納められない、とすれば国の財源は何処から集め得るのでしょうか。企業は儲けてはいけないと云うのであるなら経営は簡単です。努力もいらなければ創意工夫もしなくていいのですからそれで国が成り立って行くのであれば何も苦労要りません。
*十二日 立場を交換する
例えば経営者と労働組合、与党と野党の関係等社会では対立して相争うと云う姿が各所に見られる。その結果精神的にいがみ合いがあるばかりでなく、物事の円滑な妨げ其処から大きなロスが生まれている。そういう傾向に成りがちなのは矢張り夫々が自分の立場中心にものを見るからではなかろうか。自分中心に考えれば如何しても自分と云うものに捉われてものの見方が狭くなり全体が見え難くなってしまう。だから時に相手の立場に我身を置く気持ちでお互いの立場を交換して考えてみては如何か。そうする事に拠って相互の理解も深まり合意点も見いだせるのではないだろうか。
*十四日 自分を戒める為に
松下電器では昭和八年に遵奉すべき五大精神を定め発表して以来毎日の朝会で唱和している。(十二年に二精神を加え七精神)是は勿論社員としての心構えを説いたものであるが、それと同時に私自身を鞭撻する爲のものである。皆で確認し合った使命であっても何もなければ遂遂忘れて行勝ちになる。だから毎日の仕事のスタート時に噛締める。言ってみれば自分への戒めである。人間は頼りないものである。如何に強い決意をしても時間が経てばやがてそれが弱まってくる。だからそれを防ぐ為には常に自分自身に言い聞かせる。自分に対する説得誡めを続けなければならない。
*十六日 成功するまで続ける
何事に拠らず志を建て始めたら少々上手くいかないとか失敗したと云う様な事で、簡単に諦めてしまってはいけないと思う。一度や二度の失敗で挫けたり諦める様な心弱い事では本当に物事を為し遂げて往く事は出来ない。世の中は常に変化し流動しているものである。一度は失敗し志を得なくても其れにめげず辛抱強く地道な努力を重ねて行く内に周囲の情勢が有利に転換して新たな道が開けてくると云う事もあろう。世に云う失敗の多くは成功する迄に諦めてしまう処に原因が有る様に思われる。竿後の最後迄諦めてはいけないのである。
*十八日 民主主義と勝手主義
民主主義と云うものは自分が善ければ人はどうでもいいと云うような勝手なものでは決してないと思うのです。今日の日本の民主主義は我儘勝手主義である。勝手主義を民主主義の如く解釈している人が随分あるのではないかと云う様な感じがします。民主主義と云うものは自分の権利も主張する事は認められるが、それと同時に他人の権利也福祉也と云うものを認めて往かなければならない。そういう事をしなかったならば法律によってぴしっと遣られると云う様な非常に戒律の厳しいものだと思います。其れがあって初めて民主主義と云うものが保ち得るのだと思うのです。
*二十日 寛容の心で包含
世の中には好い人ばかりではない。相当良い人もいるが相当悪い人もいる訳です。ですからきれいな人、心の清らかな人そう言う人ばかりを世の中に望んでも実際には中々その通りにはなりません。十人居たら其の中に必ず尾ならざる者正ならざる者も入ってくる。そういう状態で活動を進めているのがこの広い世の中の姿ではないでしょうか。其処に寛容と云う事が必要になってきます。力弱き者力強き者があるならば両者が互いに包含し合って其処に総合した共同の力が生み出されてゆく。そう云う処に我々人間の生き方があるのではないかと私は思うのです。
*二一日 心を解き放つ
自由な発想の転換が出来ると云う事は指導者にとって極めて大事な事である。然し発想の転換と云う事は盛んに言われるが実際は中々難しい。自ら自分の心を縛ったり狭めている場合が多いのである。だから大事な事は自分の心を解き放ち拡げて行く事である。そして例えば今迄表から見ていたものを裏から見、又裏を見ていたものを表も見てみる。そう云った事をあらゆる機会に繰り返していく事であろう。そうした心の訓練によって随所に発想の転換が出来る様にしたいものである。
*二二日 弁解より反省
仕事でも何でも物事が上手くいかない場合必ず其処に原因がある筈である。だから上手くいかなかった時にその原因を考える事は同じ失敗を重ねない為にも極めて大切である。そのことは誰もが承知しているのであるが、人間と云うものは往々にして上手くいかない原因を究明し反省するよりも、斯う云う状況だから上手くいかなかったのだ。あんな思いがけない事が起こって其れで失敗したのだと云う様に弁解し自分を納得させてしまう。原因は自分が招いた事であると云う思いに徹してこそ、失敗も経験も生かされてくるのではないだろうか。
*二四日 不可能を可能にする
ある製品の価格を一年程の間に三割も引き下げて注文を取っている会社の事が新聞の記事に載っていました。以前は非常に儲け過ぎていたのだと云えば其れ迄。です。然し以前と雖もある程度の利益以外は取っていなかっただろうと思うし、今度と雖も赤字ではやっていけないだろうと思います。草すると其処には何らかの工夫があったと考えられます。経営の考え方とか仕方に工夫を凝らして価格を引き下げても引き合うと云う方法を見出しているのです。そうした成果は、不可能を可能にする道は必ずあると自ら考え努力していく処から生まれてくるものではないでしょうか。
*二五日 人間としての務め
命を懸けるー其れは偉大な事です。命を懸ける思いがあるならばものに取り組む態度と云うものが自ずと真剣に成る。従ってものの考え方が一新し創意工夫と云う事も次々に生まれてきます。お互いの命が生きて働くからです。そうすると其処から私たち人間が繁栄していく方法と云うものが無限に湧き出てくると云えるのではないでしょうか。この無限に潜んでいるものを一つ一つ探し求めていくのが人間の姿であり、私達お互いの人間としての務めであると思います。もうこれで云い決してそう考えてはならない。其れは人間としての務めを怠る人だと私は思います。
*二七日 人間としての成功
人には各各皆異なった天分特質と云うものが与えられています。言い換えれば万人万様皆異なった生き方をし、皆異なった仕事をする様に運命づけられているとも考えられると思うのです。私は成功と云うのは此の自分に与えられた天分を其の儘完全に生かし切る事ではないかと思います。それが人間として正しい生き方であり自分も満足すると同時に、働きの成果も高まって周囲の人々をも喜ばすことに為るのではないでしょうか。そういう意味からすればこれこそ人間としての成功と呼ぶべきではないかと考えるのです。
*三十日 精神大国を目指して
今日我が国は経済大国と云われる迄に成りましたが、人々の心の面精神面を高めると云う事に就いては、兎角等閑にされ勝ちだった様に思います。此れからは経済面の充実と合わせてお互い国民の道義道徳心良識を高め、明るく生き生きと日々の仕事に励みつつ自他共に活かし合う共同生活を造り上げていく。合わせて日本だけでなく海外の人々牽いては人類相互の為の、奉仕貢献が出来る豊かな精神に根差した国家国民の姿を築き上げていく。その様な精神大国道徳大国とでも呼べる方向を目指して進む事が、今日国内的にも海外的にも極めて寛容ではないかと思うのです。


NPO法人あおぞら2025年10月
『何程国家に勲労が有るとも、その職に任へぬ人を官職を以て賞するは善からぬことの第一也。』
本筋から外れますが、今日は昨日の続きとしてもう一言だけ、無責任な
言い分を付け加えさせていただきます。
福岡県の「ワンヘルス」や外猫トラブルの話ではなく、自民党総裁に
関してのお話です。
国家運営が正常化すればおのずとその恩恵は下々の暮らし延いては
弱者・動物たちの暮らしにも好影響をもたらしてくれるものと信じて
いますので・・・・。
いよいよ新しい体制で日本再出発ということになるのでしょうか。
否、為れるのでしょうか?????
政治のことはよく判りませんが古い言葉のなかにも現代の指導者達
が心に留めてほしいと思う様な言葉が、多々あります。冒頭の言葉は西郷隆盛遺訓第一章からの一節です。
臨時国会が始まれば、首班指名があり、組閣と云う流れになる訳ですが、
新しい総理には、しっかりと肝に銘じて頂き、実行してもらいたい
言葉ですね❣❣
ここを誤ると国家の存亡にもかかわると、かの、一万円札肖像ともなって
いる、渋沢栄一翁も仰ってますヨ。
くれぐれも、人事が党利党略による論功行賞にならないことを願ってます。

南洲手抄言志録より
七十五:爲政者 宜権衡人情事理軽重處 以用其中於民
政を為す者は 宜しく人情事理軽重の處を権衡して
以てその中を民に用ふべし。
これはご存じの方も多いと思いますが、西郷隆盛が、江戸末期の儒学者
佐藤一斎の「言志録」から自ら手本とすべき言葉を抜き書きしたもの
からの一節です。
何だか彼の田中角栄氏を思い出させるような言葉❣❣❢(=^・^=)❣❣❢
新しい体制となった暁には、まあそんなことはないと思いますが、くれぐれも平均値によって人々の暮らしを計らないでほしいですね~😹

あかあかや あかあかあかや あかあかや
あかあかあかや あかあかやつき 明恵上人
今日は仲秋の名月 天下の名僧 明恵上人の月を読んだ短歌です。
明恵上人は、時の権力者北条泰時が承久の乱に際し、天皇方の人々をかくまったという罪で一度は捕えたのですが、その後、その精神に感動した泰時が師事して教えを請うた方でもあります。
かの有名な「貞永式目」は
明恵上人のアドバイスに拠るとも言われてますね~~~~❣❣❢
この様な、是を是とし非を非とする何ものにもとらわれない
高邁な精神のお方が、現代日本にも出現してくれれば嬉しい
のですが・・・(=^・^=)
以上余談でした・・・・(=^・^=)

( ※ 画は撮りおきのものを使用しました(=^・^=) )