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俳句の基礎memo下

「日本の歳時記」小学館より

このメモは小学館、週発刊の「日本の歳時記」という雑誌の中から、俳句について基礎的要素を25回にわたって俳人山田弘子氏が解説された内容をメモしたものです

本文に入る前に今日は重陽の節句❣❢ そこで俳句関連の記事に寄せて駄句を一句

今年七十五後の雛をばかざりけり 駄句(=^・^=)

では本題です❣❢

★俳句を楽しむ14 山田弘子

【俳句の調べ】

○舌頭に千転せよ

韻律の整った詩とは口調にのせてそのリズム感が心地よさをともなうこと

芭蕉:句調はずんば舌頭に千転せよ⇒去来抄(向井去来)

○やさしい言葉の印象

  • まさをなる空よりしだれざくらかな  富安風生
  • とどまればあたりにふゆる蜻蛉かな  中村汀女

※平仮名表記の視覚的印象の効果

○リフレインとオノマトペの効果

リフレイン:繰り返し⇒リズミカルな調べ

  • 避暑の娘に馬よボートよピンポンよ  稲畑汀子
  • さみだれのあまだればかり浮御堂  阿波野青畝
  • しぐるるや駅に西口東口  安住敦
  • 東山回して鉾を回しけり  後藤比奈夫

オノマトペ:擬音・擬態語⇒視覚聴覚を刺激

  • チチポポと鼓打たうよ花月夜  松本たかし
  • ささささと火を掃く箒お水取  山田弘子
  • 破調の効果
  • 父がつけしわが名立子や月を仰ぐ  星野立子
  • 犬ふぐりどこにも咲くさみしいから 高田風人子

★俳句を楽しむ15 山田弘子

【俳句と風土】

俳句は自然の季節の変化の中で育まれてきた文藝

○季題・季語への戸惑い

歳時記に分類されている季題・季語と現実のギャップ⇒ずれの解消

○土地に息づく暮らし

  • 三月の島のをのこの甲羅干し  山田弘子

その土地の自然に目を向け土地の暮らしをその土地の心を詠むこと⇒俳句は其々の土地の風土と自然こそ大切にして詠む

  • 遠き家の氷柱落ちたる光かな  高浜年尾(北海道
  • 指さして消ぬべくありぬ蜃気楼  山崎ひさを(富山
  • 金魚田に色浮きたちて雨兆す  村田脩(奈良
  • 御柱はうごかぬ世々のしるしかな  有信(長野
  • 飴伸ばす如くにハブをしごきける  篠原鳳作(沖縄

其々の土地の風土いわば魂と一体となって詠まれた句

※歳時記の季題・季語その解説をしっかり熟読しそれらの本意本情を把握しておくことは勿論大切その上で其々と土地・吟行先の風土を知って向き合う

★俳句を楽しむ16 山田弘子

【実践・応用編】⇒伝えたいことを絞る

○まず戸外に出よう

手帖(句帖)・筆記用具・歳時記を用意

まずは戸外に出て自然と触れ合う

○焦点を絞り込む

注:見た儘を詠むということを鵜呑みにしてあれもこれも入れて単なる報告に終わってしまう⇒どこに焦点を絞るかが大事:眼前の景の中から一つに絞って素直に表現する練習

例)夏の日の句吟外出にて

夏日・夏帽子・ハンカチ・汗・蝉・夏草・夏の蝶・緑陰・涼し・夏雲等々

  • 夏蝶の黄が沈んでは浮かんでは
  • 蝉しぐれ浴びてひと息入れにけり
  • 緑陰のベンチの少し傾ぎゐる
  • 夕立を呼ぶ風らしや木々さわぐ

最初は目の前のことを5・7・5の形にしてみる

○欲張らないこと

あれもこれも17音におしこめると窮屈で余韻の無い句になってしまう⇒焦点がぼける

添削前

  • 仄あかき椿の蕾春を待つ

※下5春を待つで季題が2つになり散漫

添削後

  • 紅仄とのぞく椿の蕾かな

※椿そのものに焦点が絞られている

★俳句を楽しむ17 山田弘子

【実践・応用編2】⇒平明な表現余韻

○原点に戻る

陥り易い弊害-少し難しいそうな言葉を使いたくなる

失敗例)

  • 年立つと船全燈を奢りたる

添削例)

  • 船の灯のあかあかと年移りけり

山田弘子

芭蕉の言葉「三冊子」収録語⇒初心を忘れるな

  • 桐一葉日当たりながら落ちにけり  高浜虚子
  • あはれ子の夜寒の床の引けば寄る  中村汀女
  • 街の雨鶯餅がもう出たか  富安風生

俳句は難しい言葉を用いたり回りくどい表現をする必要はない

平明と云う事は平凡とは違う実は平明で余韻のある句が最も難しい

平明な句は日本語の持つ柔らかさ深さを大切にした句

★俳句を楽しむ18 山田弘子

【実践・応用編3】⇒具象幷抽象の句

具体的な容・景をそっくり詠む⇒具象

本質を捉える観念的表現の句⇒抽象

○具象の句

  • ままごとの飯もおさいも土筆かな  星野立子
  • 水仙の花のうしろの蕾かな  星野立子

対象を確実に把握した伸びやかな個性句

具象は何処に焦点を当てるかで完成度が違ってくる

  • 口開けて閉めて遠目の寒鴉
  • 十五分毎鳴る時計春暖炉

星野立子

写生を重ねるうちに何処をどう切り取るか自ずと会得できるようなる

○抽象の句

  • 春光を剪りとっていく庭師かな  藤野佳津子

春光を切り取る⇒抽象的表現がより具象的な景を想像させる

○抽象と具象を結ぶ

抽象的季語を活かす為には出来るだけ具体的なものを取り合わせる

抽象的季語⇒寒さ・暑さ・春愁・暮春・立夏等々

門々の下駄の泥より春立ちぬ

一茶

  • 下駄の泥という具象が立春の季節感を引き立たせる
  • 秋風やみなぬれひかる鹿の鼻  原石鼎
  • ぬれた鹿の鼻⇒映像的に描くことで秋風の肌感覚が伝ってくる

★俳句を楽しむ19 山田弘子(8/26)

【実践・応用編4】⇒心を物に託す

○季題に込める情感

描く対象に作者の思いや様々な情感を託ス

俳句は自然を詠いまた自然を通して生活を詠い人生を詠いまた自然に依って志を詠う文藝・・

俳句はそう突き詰めた切羽詰まったことを詠おうとしても詠えないそれは季題があるから⇒高浜虚子「俳句への道」

※切羽詰まったこととは結局詠う事ではなく述べることになる

詠うのが詩でありノベルのメッセージである

※季題があるとは喜怒哀楽の情感は季題を描くことによって滲み出てくるもの

○季題が生きている

季題・季語は長い歴史の中で其々の概念とイメージを育てて来た

  • 朝ざくら家族の数の卵割り  片山由美子
  • 家郷の夕餉始まりをらむ夕櫻  大串章

※朝ざくらの句=家族の表情平和無事を祈る緊張感が伝わる

夕櫻の句=望郷の思いが伝わる

作者の主観はストレートには表現されていないが季題の働きの確かさによりそこはかとなく心が伝わり余韻が広がる

○主観・客観は表裏一体

  • 電線のからみし足や震災忌  京極杞陽

T12(1923)9/1関東大震災を詠んだ句

電線にからみし足⇒リアルな客観写生の裏に作者の裏に拭ってもぬぐえぬ慟哭がある 客観写生を究めた奥に大いなる主情有

★俳句を楽しむ20 山田弘子(9/2)

【実践・応用編5】⇒口語俳句

○詠むと書く

俳句が詠うものであるとするなら口ずさむに相応しい言語表現が必要か

○口語俳句と口承性

嫁さんになれよだなんてカンチューハイ

二本で言ってしまっていいの

俵万智-サラダ記念日

日常に話している生の言葉自らの目線で表現する試み⇒ストレートな表現ができる

  • 春は曙そろそろ帰ってくれないか  櫂未知子
  • 着膨れてなんだかめんどりの気分  正木ゆう子

俳句は口承性の文藝⇒坪内稔典

✔ たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ  坪内稔典

○言葉の弾力を身につける

口語と文語何れもその特性を確りと学ぶ

詩に対する自らの言葉に弾力を」つけていくことが大切⇒柔らかな精神

口語俳句では対象となる素材が何であるかが大いに係ってくる

  • パンジーのあなたの好きな色はどれ  山田弘子

日常会話が其の儘句となる

★俳句を楽しむ21 山田弘子(9/9)

【実践・応用編6】⇒吟行

○多様化した吟行

※題詠:机に向かい過去の経験等を手繰りながら創る

※吟行:戸外へ出て自然の風物季節感に触れて創る

①近辺を散策 ②名所旧跡・行事を訪ねる ③宿泊旅行遠距離の旅吟

  • 白牡丹大きく咲きて風もなし  室積波那女①
  • 露草や飯噴くまでの門歩き  杉田久女①

○吟行の際の心遣い

準備:①場合⇒筆記用具・季寄せ

②場合⇒参考資料事前チェック

③場合⇒気候風土チェック・歴史風土等

予備知識が豊富で在る方が句に奥行き幅がでてくる

マナー:迷惑をかけない行動

  • ねむりても旅の花火の胸にひらく  大野林火

★俳句を楽しむ22 山田弘子(9/16)

【実践・応用編7】⇒旅に出る

○旅の持つ力

旅で生まれた作品には実に活き活きとした臨場感が漲る

漂泊の旅⇒西行・宗因・芭蕉等々

スランプ脱出に有効な手段

「月日は百代の過客にして行かふ年も又旅人也 舟の上に生涯をうかべ馬の口とらへて老いをむかふるものも日々旅にして旅を栖とす⇒芭蕉・奥のほそ道冒頭

○仲間と旅ひとりで旅

  • 除夜の鐘僧の反り身を月光に  山田弘子-高野山僧房にて

○排枕

排枕⇒俳句に詠む名所旧跡-自分のオリジナル排枕を持つ:その地を繰り返し訪ねる

  • 花の谷湧くが如くに落花かな  稲岡長ヒサシ
  • 櫻もう来年が始まってゐる  稲畑廣太郎
  • 下千本には花人のもう来ない  黒川悦子

吉野山一泊吟行旅にて

原句

  • ほうたるの弧や線描き舞ひ遊ぶ

添削後

  • ほうたるの描きやまざる光の弧

★俳句を楽しむ24 山田弘子(9/30)

【実践・応用編9】⇒推敲と添削2

○一瞬の感動を捉える

原句

  • 今日こそは確と聞きゐしほととぎす
  • 聞きゐしの表現では心の弾みが伝わらない(今日こそは⇒時間的誤差有)

添削例

  • 今しかと声聞きとめし時鳥

原句

  • もちこたふバラのとつさに総くづれ
  • 言葉遣い(選び)が安易

添削例

  • 耐へてゐし薔薇一瞬にくづほれし
  • 壺の薔薇のよよと崩れし夜の卓

○時間の経過と命の動き

原句

  • 水入り外出の間に田植済む
  • 水入り」外出の間」という説明を省き景の変化を

添削例

  • 帰路はもう田植終へたる景ばかり

原句

  • 堰の水しぶき楽しと寄る蛍
  • 楽しの語は蛍の幻想性に不釣り合い

添削例

  • 縺れつつ蛍火増えて来る堰

★俳句を楽しむ23 山田弘子(9/23)

【実践・応用編8】⇒推敲と添削1

○推敲と云う事⇒必ず見直しの習慣

注意点

  • 5・7・5定型か リズム感はどうか
  • 切字が重なっていないか
  • 季題がぴったりはまっているか
  • 文法的に間違いはないか
  • 冗漫になっていないか⇒省略
  • 充分表現しているか
  • 仮名遣い・文字の誤字はないか

○原句を活かす添削

添削指導⇒ことばの順序を変える・てにをはを一字変える:句が生きてくる

  • 堰音の呼びし蛍の乱舞かな

※自らの句から一旦距離を置きそのうえで推敲してみる

★俳句を楽しむ25 山田弘子(10/7)

【実践・応用編10】⇒一句一章と二句一章

○一句一章の句

先師曰く発句は頭よりすらすらといひ下し来たるを上品とす

発句は汝が如く二つ三つ取集めたるものに非ず黄金を打ち延べたる如くなるべし

去来抄

⇒一物仕立て:17音で対象を一点に絞る

  • 流れゆく大根の葉の早さかな  高浜虚子
  • 虹の環を以て地上のものかこむ  山口誓子
  • たらちねの蚊帳の吊手の低きまま  中村汀女
  • 浮いているだけで大きな金魚かな  宇多喜代子
  • 一枚の音を加へし朴落葉   鷹羽狩行

○二句一章の句

発句は物を合すれば出来せり其の能く取合するを上手といひ悪しきを下手といふ

去来抄

⇒一句の中に別々のものを取り合わせる

  • 古池や蛙飛びもむ水のおと  松尾芭蕉
  • 朝顔や濁り初めたる市の空  杉田久女
  • 病葉や鋼のごとく光る海  飴山實
  • 吊忍母ある限り足袋干され  鈴木英子

※いずれも5音12音で描かれたふたつの対象が見事に共鳴し豊かな詩情を醸す

俳句の基礎memo 上

「日本の歳時記」小学館より

このメモは小学館、週発刊の「日本の歳時記」という雑誌の中から、俳句について基礎的要素を25回にわたって俳人山田弘子氏が解説された内容をメモしたものです。

俳句を楽しむ1 山田弘子

【俳句に出会う】

○自然の命と豊かな日本語

  • 雪の朝二の字二の字の下駄のあと         捨女
  • 雀の子そこのけそこのけ御馬が通る        一茶

名句ではあるが現代感覚からは、づれている→現代俳句は自分の言葉で自分の見たまま感じたままを綴る

俳句は自然の命を賛美し日本語の豊かさ深さを学ぶ文藝

○俳句は17音からなる定型詩

  • 主婦にある自由な時間秋灯火          弘子

最初の5音上五 次の7音中七 後の5音を下五又は座五ザゴとよぶ

○季節を表す言葉を入れる

基本は17音の中に季題(季語)を入る。季題とは長い歴史の中で醸成された日本の文化そのもの。

  • 折とりてはらりとおもきすすきかな      飯田蛇笏(秋)
  • 滝の上に水現れて落にけり          後藤夜半(夏)
  • 羽子板の重きが嬉し突かで立つ        長谷川かな女(新年)

○切字を用いる文藝

「や・かな・けり」等の切字を使う文藝

一句に余韻を産み強調する効果働き有、用いる場合は一句にひとつが基本

  • 菜の花や月は東に日は西に          蕪村(切字有り)
  • 詩の如くちらりと人の炉辺に泣く       京極紀陽(切字無し)

-歳時記1(4/8号)

俳句を楽しむ2 山田弘子

【俳句は挨拶】-自然と人事

○俳句における挨拶の心

俳句の対象

自然-山川草木自然現象

人事-人間に関わる事象

挨拶⇒気候の変化・自然の風物への挨拶も含まれる=存問

高浜虚子「虚子俳話」存問の項一節

お寒うございます・お暑うございます⇒日常の存問が即ち俳句

峻嶺を望み大沢を渡る⇒茲にも亦俳句

目見る処耳聞く処⇒俳句がある

心感ずる処神通ずる処⇒そこに俳句がある

○身辺の出来事に向き合う中で

  • 山国の蝶を荒しと思はずや

高浜虚子

S20年長野小諸疎開中 長男年尾が俳人田畑比古を伴い訪ねて来た時の一句 

  • 毛糸編む手を休めずに吾子を守る

稲畑汀子(S33)

  • 昼寝するつもりがケーキを焼くことに

稲畑汀子(S48)

子供に対する母親の存問の心から生まれた句⇒俳句は日常の生活の中で見つけることが出来る 身辺の事象を大事に向き合うことが大切

-歳時記2(4/15号)

★俳句を楽しむ3 山田弘子

【歳時記の読み方・使い方】

○歳時記とは

俳句を作るうえで用いる季題-季語及びそれに関する例句を季節別・月別に分類して集めたもの

現在の歳時記は新暦と旧暦が交差して記述されている

○季題-季語は生き物

一般的に季題-季語は季節別・月別に分けられ更にその中で時候・天文・地理・生活・行事・動物・植物の各分野に纏められる

見出しと為る季題には類似の季題である傍題が添えられ解説例句が示される

現代は季題の時期の基準は東京となっているので地方に於いて多少の時期的ずれが生じることを理解したうえで自らが実感する季節風物を素直に詠めばよい

季題季語の解説で歴史的背景や行事がどのように定着したか等知ることが出来るので季題-季語の本意本情を把握することが出来る

季題-季語は日本の文化其の物とも云える

-歳時記3(4/22号)

★俳句を楽しむ4 山田弘子

【季題季語の活かし方】

○季題と季語

原点は室町時代連歌連句⇒発句美季節の題を織り込む

季題:公認された美の題目

季語:その美が公認されていない季節の様々な言葉の採取されたもの

          (山本健吉定義)

現代は明確には使い分けされていないが日本の誇るべき文化遺産である

○季題季語は俳句のいのち

季節感だけではなく様々な連想を誘い作品に広がりと安定感を齎す

高浜虚子-花鳥諷詠⇒総ての事象を季題季語に託して詠む

  • 一元的用い方
  • 遠山に日の当りたる枯野かな高浜虚子

枯野其のものが描かれている主観をくぐり出た客観写生の句

  • 二元的用い方
  • 人はみななにかにはげみ初桜深見けん二

人の営みとともに据えることで初桜の季題の本意が発揮されている

  • さみだれや大河を前に家二軒  蕪村
  • 鰯雲人に告ぐべきことならず 加藤楸邨

季題季語が一句の中でどのように働いているかが大切・事柄が先行して季題季語が添え物なってしまってはならない

季語に択して作者の気持ちがにじみ出るような作品

-歳時記4(4/29)

★俳句を楽しむ5 山田弘子

【文語・口語の表現】

○文語の句・口語の句

五七五の定型には文語体の表現が便利 口語の句は定型を崩しやすい

鉄鉢の中へも霰 種田山頭火

咳をしても一人 尾崎放哉

文語体は俳句に格調を齎す

  • 咲き満ちてこぼるる花もなかりけり高浜虚子
  • 大寒の一戸もかくれなき故郷飯田蛇笏

○口語短歌の影響

  • この味がいいねと君が言ったから 7月6日はサラダ記念日
  • 俵万智サラダ記念日
  • 毎年よ彼岸の入に寒いのは正岡子規
  • 水枕ガバリと寒い海がある   西東三鬼

自由な世界は口語ならではのもの

  • じゃんけんで負けて蛍に生まれたの   池田澄子

まずは文語の基本的な働きを知り駆使できる力と鑑賞能力を備えることが先決

-歳時記5(5/13)

★俳句を楽しむ6 山田弘子

【表現-切字について】

代表的切字「や」「かな」「けり」

「や」

1.上五につく

  • 古池や蛙とび込む水の音   芭蕉
  • 秋風や模様のちがふ皿二つ   原石鼎

直観的感慨を掴み一句に空間を作り中七下五の具象化された表現へとつなぐ

2.中七につく

  • ひつぱれる糸まつすぐや甲虫   高野素十
  • 火を投げし如くに雲や朴の花  野見山朱鳥

下五之イメージヲを浮かび上がらせる効果

3.下五につく

  • 長き夜の苦しみを解き給ひしや  稲畑汀子

二人称の相手に語り掛ける叙法‐存問

「かな」

   朝顔の紺の彼方の月日かな  石田波郷

  • 白靴に日のとんでくる歩みかな  嶋田一歩

詠嘆の切字:説明を省略詠み手に想像させる力⇒耶・かなは強い切字の働きあり一句に両方は使わない

「けり」

芥子咲けばまぬがれ難く病みにけり  松本たかし

断定を表す切字:強い響きとキレ・大きな余韻を広げる効果

-歳時記6(5/20)

★俳句を楽しむ7 山田弘子

【表現-切れる句・切れない句】

○切字のない句の切れ

言葉・素材・表現を如何に省略するか⇒切字は句の広がりを出す効果また統一

性を齎す

○切字を用いずに切れのある句

  • だん着でふだんの心桃の花

細見綾子

  • 病人に一と間を貸しぬ花茗荷

星野立子

  • 一月の川一月の谷の中

飯田龍太

切字無しの句で其々に鮮やか切れ味あり

下五が体言(名詞・代名詞)で終わっており切字に変わって働いている

異常は何れも二段切れの句

  • 雪もよひそのまま降らず檻の鶴

草間時彦

三段切れの句⇒時間経過の表現に適す熟練が必要

○切れの見えない句

  • 今日何も彼もなにもかも春らしく

稲畑汀子

  • 鹿垣も夢前川をさかのぼる

加藤三七子

17音全体が一本の棒のように詠まれている⇒切れの目立たない句はリズムに緩急をつける言葉の流れが大切

★俳句を楽しむ8 山田弘子

【表現-比喩】

レトリック(修辞)の用い方

○意外性が大事-直喩AはBのようだ

別名:ごとし俳句

  • 水仙や古鏡の如く花をかかぐ

松本たかし

  • 葡萄食ふ一語一語の如くにて

中村草田男

松本句⇒水仙を象形と捉え古代の鏡を連想させた

中村句⇒葡萄食すが象形一語一語が言葉を噛締めるという連想

象形と連想の語が類似し過ぎは詩的飛躍に乏しくなる

蛍火や山のやうなる百姓家   富安風生

○直接的-隠喩 例えを用いない比喩

暗喩とも 単刀直入に述べる技法

飛躍し過ぎて人に伝わらない比喩にならないよう注意

  • 金剛の露一粒や石の上 川端茅舎
  • 空蝉の一太刀浴びし背中かな  野見山朱鳥

○活喩-ものに命を与える表現

人間以外のもの意志を持たないものを

恰も意志の在る如く喩える擬人法

常套的に用いると陳腐になる危険有

  • クリスマスカードの慕ひゐる祖国  後藤比奈夫
  • 花合歓の抱きこぼしたる港の灯  山田弘子

★俳句を楽しむ9 山田弘子

【助動詞のはたらき】

文語文法の基本をしっかり理解しておく

○助動詞の働き

品詞-単語には名詞・動詞・形容詞など一語で意味を持つものと付属語-助動詞・助詞・接続詞などそれ自体には意味を持たない

助動詞は名詞・形容詞・動詞の末尾について活用しいろんな意味を導く

例)花を摘まず⇒否定・摘みたり⇒完了

摘まむ⇒摘もうという意志を表す

  • 過去や官僚を表す助動詞

「し」「たり」「き」「けり」⇒過去の事実のほか現在における認識も顕わす

  • 雨を来し修二会の僧の素足かな  中岡毅雄
  • 来ることのうれしき燕きたりけり 石田郷子

「つ」「ぬ」「たり」⇒連動作の完了を顕

  • 今朝きつる鶯と見しに啼かで去る  蕪村
  • ひとまづにゑんどうやはらかく煮えぬ  桂信子
  • 餅焼く火さまざまの恩にそだちたり  中村草田男
  • 推量否定の助動詞

「む(ん)」⇒一人称・意志/二人称・勧誘

三人称・推量を顕す

  • 山の闇吸ひし辛夷の白ならむ  山田弘子

「ず」「まじ」「じ」⇒打消しの意

  • 愛されずして沖遠く泳ぐなり  藤田湘子
  • 春の泥誰かわからぬ幌俥  (ず⇒ぬ活用)喜下喜太郎
  • 間違いやすい助動詞

「かり」⇒動詞につく「けり」と形容詞につく「かり」が混同されがち

行にけり○(行く⇒動詞)

涼しけり✖(涼し⇒形容詞):涼しかり

★俳句を楽しむ10 山田弘子

【助動詞の力】てにをはの工夫

助詞を的確に使いこなす事は作句のポイント

○省略できる助詞⇒主語が用言へとつながる場合

  • 鶴羽をひろげ朝かげ放ちけり  山田弘子
  • 足袋白く踊りはじめし阿波踊  上崎暮潮
  • 万緑の宇陀郡ぬけて吉野郡  右城墓石
  • 野菊にも雨降りがちの但馬住  京極紀陽

○目的語を導く助詞の省略

  • 萩挿してくれなゐさやに律の墓  深見けん二
  • 梨食うてすつぱき芯にいたりけり  辻桃子

一字たりと疎かにせず最も的確な言葉で的確な省略をし空間を広げる推敲をする

○「の」と「は」の働き

  • 夕顔の一つの花に夫婦かな  富安風生
  • 文鎮の重たき仕事始めかな  永方裕子

俳句では主語の次の助詞が「が」に代わって「の」が用いられることが多い

  • かろき子は月にあづけむ肩車  石寒太

「を」ではなく「は」の使用によって親の情感がより強く伝わる

★俳句を楽しむ11 山田弘子

【省略は武器】

「言葉の省略」「景の省略」「思いの省略」

○言葉の省略

切字は言葉の省略の際たるもの

  • たんぽぽや長江濁るとこしなへ 山口青邨

「や」の切字の効果⇒広がる世界

  • 風光る誰彼となく水辺かな  中村汀女

「かな」によって読み手の想像が広がる

  • 夾竹桃赤白赤白ハイウェイ  千原草之

動詞の省略による効果⇒スピード感

○景及び感情の省略

  • 一枚の障子明りに伎芸天  稲畑汀子

情景の省略によりその場の雰囲気が強調

  • 秋冷にとり残されてゐたりけり  山田弘子

感情の省略により寂しさが強調される

★俳句を楽しむ12 山田弘子

【写生ということ①】無になる

○写生の大切さ

写生を最初に身につけおくかどうかは俳句の将来に大きくかかわる⇒正岡子規方法論

客観写生⇒高浜虚子:主観感情を直接詠むのではなくそれらを呼び起こした要因を客観的に詠む

○どうしたら写生が出来るか

戸外を歩くときは筆記用具・句帖携帯-目に映るものを書き留める(写生)

  • 春浅き川辺に馬を馴らしをり 山田弘子

まず自分を無にすることそうすると対象が自分の方に近づいてくる

★写生とは対象を言葉で表現する作業

  • 滝の上に水現れて落ちにけり  後藤夜半

客観写生の不朽の名作⇒ことば力

※見た儘を写生して俳句を作ることの繰り返しの中にその人の主観が滲み出てくるようになる

★俳句を楽しむ13 山田弘子

【写生ということ②】見るから観るへ

○写生と主観

高浜虚子:客観写生に務めているとその客観描写を通し主観が浸透して出てくる作者の主観は隠そうとしても隠すことが出来ないのであって客観描写の技倆が進むにつれて主観が頭を擡げてくる

-俳句への道

表面的にものを見るのではなく一歩進んでものをより深く観る

  • 甘草の芽のとびとびのひとならび 高野素十
  • づかづかと来て踊子にささやける  高野素十

※素十の目は接眼レンズのように対象物をクローズアップさせたり深く内面的なものに迫ったりする⇒個性的且つ主観的句になっている

○急がば回れ

先ず面倒でもものをしっかり観る客観写生の習練を繰り返す

(京都錦市場吟行12月)

  • 錦市場師走詰つてをりにけり  海輪久子
  • 着膨れて錦市場はなほ狭し  森岡喜恵子
  • 裸電球河豚の目に点りけり  大川隆夫

俳句ー猫

😺猫の春夏秋冬-2(=^・^=)💖

NPO法人あおぞら

前回に引き続き駄句へお付き合いお願いいたします(=^・^=)💖
今回は秋・冬+新春の句です
最初にお詫びです=^_^=なるべくこちらで撮りおきの写真を使おうと思いますので、写真と駄句のイメージや季節的に時期がちょっとズレている処もありますが、其処は皆様の想像力で補って頂ければと思います。

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百万回生きた猫読む盂蘭盆会

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秋の虹二十三年生きた猫

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ゆく秋や猫は里子にもらわれて 

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猫に明け猫に暮れはや大三十日
年の瀬の闇に子猫の声幽か

春(新春~)

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元旦や玄関先のさくら猫

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 涅槃西悟りきったる猫の顔

お付き合いありがとうございました(=^・^=)ニャ~💖
また、機会あれば折々に詠んでみたいと思います。

https://note.com/2019dobutu

俳句ー猫

😺

猫の春夏秋冬ー1(=^・^=)💖

NPO法人あおぞら

折々に猫たちのことを詠んでいました。謂わばメモともいえます。其の中から幾つかをあげて見ます。春夏―秋冬 に分けてご紹介いたします。どうぞ駄句(=^・^=)にお付き合いお願いいたします。
最初にお詫びです=^_^=なるべくこちらで撮りおきの写真を使おうと思いますので、古い写真もあり、また、写真と駄句のイメージや季節的に時期がちょっとズレている処もありますが、其処は皆様の想像力で補って頂ければと思います。

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長閑さや横断歩道渡る猫
春うららとなりの屋根に猫二匹

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子育てののらの背中にがんばれよ
野良猫(ノラ)の子よしぶとく生きよ沈丁花

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猫の目の奥は魔界へ五月闇

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梅雨明けと共に保護猫家を出て
猫の目の定まる先の蜥蜴かな

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本にあごのせて仔猫の昼寝かな
親子猫茅ノ輪をくぐる夜明け前

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夏木立お狐さまのやうな猫
ノラ暮し炎暑を凌ぐ知恵もつき

お付き合いありがとうございました。
明日は、秋と冬の句を紹介します(=^・^=)💖

https://note.com/2019dobutu

204

松尾芭蕉句集からⅤ

新潮社古典文学集成芭蕉句集解説(今栄蔵筆)より抜粋

新潮社古典文学集成「松尾芭蕉句集」の今栄蔵氏の解説を引用しながら、俳聖と呼ばれた松尾芭蕉の、作風の変化を年代を追って並べてみました。今回は5回目最終回です。

  • 文脈は一部入れ替えた部分有、年代がなるべく時系列で追える様に本文にはない年号を記入するとともに本文にない見出しを付した。

【かるみの秀句例】―完成期―(本文752~922蕃収録)

元禄5年(1692年)~元禄7年(1694年) 芭蕉49歳―51歳

奥羽行脚発足依頼約二年半ぶりに江戸にもどるがそれ以後の芭蕉の俳諧生活は唯只管「かるみ」の唱導に明け暮れるふうであった。

 鶯や餅に糞する縁の先    (754)   ウグイスヤ モチニフンスル エンノサキ

炉開きや左官老い行く鬢の霜 (777)   ロビラキヤ サカンオイユク ビンノシモ

 塩鯛の歯ぐきも寒し魚の店  (780)   シオダイノ ハグキモサムシ ウオノミセ

 鞍壺に小坊主乗るや大根引  (828)   クラツボニ コボウズノルヤ ダイコヒキ

 煤掃は己が棚つる大工かな  (836)   ススハキハ オノガタナツル ダイクカナ

 梅が香にのつと日の出る山路哉(841)   ウメガカニノ ツトヒノデル ヤマジカナ

  六月や峰に雲置く嵐山    (874)   ロクガツヤ ミネニクモオク アラシヤマ

  夏の夜や崩れて明けし冷し物 (880)   ナツノヨヤ クズレテアケシ ヒヤシモノ

  名月に麓の霧や田の曇り   (898)   メイゲツニ フモトノキリヤ タノクモリ

  名月の花かと見えて綿畠   (899)   メイゲツノ ハナカトミエシ ワタバタケ

  ぴいと啼く尻声悲し夜の鹿  (906)   ピイトナク シリゴエカナシ ヨルノシカ

  菊の香や奈良には古き佛達  (907)   キクノカヤ ナラニハフルキ ホトケカナ

  秋の夜を打ち崩したる咄かな (914)   アキノヨヲ ウチクズシタル ハナシカナ

  この道や行く人なしに秋の暮 (916)   コノミチヤ イクヒトナシニ アキノクレ

  この秋は何で年寄る雲に鳥  (918)   コノアキハ ナンデトシヨル クモノトリ

  秋深き隣は何をする人ぞ   (921)   アキフカキ トナリハナニヲ スルヒトゾ

中でも死のいよいよ近くなったころに詠んだ最後の4句には、芸術を人生とし、人間と人生の探求に後半生のすべてを捧げたともいえる人生詩人に深々とした人生詩を読みとることが出来る。

芭蕉没後間もない元禄八年(1695)六月、杉風から甲州谷村藩家老で芭蕉の熱心な門人だった高山麋塒タカヤマビジに伝達された文面(抄)

  • 翁(芭蕉)近年申し候は「俳諧は和歌の道なれば、兎角直なるやうに致し候へ

一、「段々句の姿重く、理にはまり、むつかしき句の道理いりほが(穿ち過ぎ)に罷りなり候へば、皆只今の句体打ち捨て、軽く安らかに不断の言葉ばかりにて致すべし。茲を持って直也」と申され候

一、「古来来歴致すべからず。一向己の作なし」と申し置き候

一、「古人も賀の歌その他作法の歌に面白きことなし、山賤ヤマガツ・田家デンカ・山家の景気(景色)ならでは哀れ深き歌なし。俳諧もその如し、賎シヅのうはさ(庶民に関する話題)  田家・山家の景気専らに仕るべし。景気、俳諧には多し。諸事の物に情有り、気を付けて致すべし.不断の所に昔より謂ひ残したる情け山々あり」と申し候

  • 翁、「近年の俳諧(かるみの俳諧)、世人知らず、古きと見えし(かるみを不利と誤解す
  • る)門人どもに(かるみの句の)見様申し聞かせ候。一遍見てはただかるく、埒も無く不断の言葉にて古きやうに見え申すべし。二遍見申しては、前句への付けや合点生き申すまじく候。三遍見候はば、句の姿(句柄)変りたるところ見え申すべし。四編見申し候はば、言葉古きやうにて句の新しきところ見え申すべし。五遍見候はば、句は軽くても意味深きところ見え申すべし」と申され候。

                            以上

※注 句の解釈・解説は新潮社古典文学集成「芭蕉句集」本文参照、( )内に順番号記載、または多くの解説書等を参考にしてください。ここでは割愛し、その時期時期に於ける句調の変化をみるべく特徴的句のみを挙げています。

今 栄蔵(こん えいぞう、1924年(大正13年)1月1日 -)

【芭蕉研究の第一人者】

日本の国文学者。中央大学名誉教授 青森県青森市生まれ。小樽高等商業学校卒、北海道大学文学部卒、京都大学旧制大学院修了。杉浦正一郎野間光辰に師事。鹿児島大学助教授、大谷女子大学教授、中央大学文学部教授。1994年定年退官、名誉教授。専門は初期俳諧芭蕉書簡、伝記研究。(NET情報)

松尾芭蕉句集からⅣ

芭蕉句作の変遷

新潮社古典文学集成芭蕉句集解説(今栄蔵筆)より抜粋

新潮社古典文学集成「松尾芭蕉句集」の今栄蔵氏の解説を引用しながら、俳聖と呼ばれた松尾芭蕉の、作風の変化を年代を追って並べてみました。今回は4回目です。

  • 文脈は一部入れ替えた部分有、年代がなるべく時系列で追える様に本文にはない年号を記入するとともに本文にない見出しを付した。

笈の小文&更科紀行

芭蕉は再び東海・近畿の旅に立つ。

貞享四年十月に江戸を発ち翌五年四月須磨・明石に至る迄の「笈の小文」の旅

帰路、木曽路を経てその八月末江戸に戻るまでの「更科紀行」の旅

文学的にも人間的にもなお模索中の不安を懐いて出発した野ざらしの旅とは違って、芭蕉は既に俳諧という究極的によって立つべき芸術哲学を胸中に確立し、俳諧的表現のあるべき姿についても十分煎じ詰めて確信を持てる理念に達している。

旅中作は、総じて江戸の二年半に築き上げた唯美的風潮に立っている。その意味で是は貞享ぶりの一環とみるべき・・

「造化に随い造化に帰れ」(笈の小文):元禄三年(1690)ごろの執筆か

☞大自然随順の精神であるがこの信条の骨格は貞享期の思索の中ですでに十分確立されていたとみてよい。

【芭蕉句例】本文320~472蕃収 後期3

  旅人とわが名呼ばれん初時雨   (320) タビビトト ワガナヨバレン ハツシグレ

  何の木の花とは知らず匂ひかな  (364)  ワンノキノ ハナトハシラズ ニオヒカナ

  春の夜や籠り人ゆかし堂の隅   (380)  ハルノヨヤ コモリドユカシ ドウノスミ

  雲雀より空にやすらふ峠哉    (381)  ヒバリヨリ ソラニヤヅラウ トウゲカナ

  花の陰謡に似たる旅寝哉     (384)  ハナノカゲ ウタヒニニタル タビネカナ

  ほろほろと山吹散るか滝の音   (387)  ホロホロト ヤマブキチルカ タキノオト

  草臥れて宿借るころや藤の花   (400)  クタビレテ ヤドカルコロヤ フジノハナ

  蛸壺やはかなき夢を夏の月    (410)  タコツボヤ ハカナキユウメヲ ナツノツキ

  おもしろうてやがて悲しき鵜舟哉 (431)  オモシロウテ ヤガテカナシキ フブネカナ

  俤や姨ひとり泣く月の友     (452)  オモカゲヤ ヲバヒトリナク ツキノトモ

  吹き飛ばす石は浅間の野分哉   (457)  フキトバス イシハアサマノ ノワキカナ

こうした佳句になると、夫々に含蓄するものの深さに於いて、形象化の完熟度の高さに於いて、貞享中期の句境をしのぐものがある。

おくのほそ道~猿蓑    (初期かるみの句調-)

「おくのほそ道」の旅は元禄二年(1689)三月末に江戸を発ち四月二十日に白川の関を越え、道々歌枕を訪ね乍ら仙台・松嶋・平泉を限りに奥羽山脈を横切って五月半ば出羽に入り尾花沢・大石田・出羽三山・酒田と日を重ねて、象潟を北限として北陸道を南下し、加賀金沢で初秋を迎え越前敦賀で仲秋の名月に会い、八月下旬ごろ美濃大垣に至る迄、行程六百余里、丸五か月に及ぶ長途の旅となった。

この旅の芭蕉に与えたものは頗る大きかった。

「昔より詠み置ける歌枕、多く語り伝ふと雖も、山崩れ、川流れて、道革まり、石は埋もれて土に隠れ、木は老いて若木に変れば、時移り代変じてその跡確かならぬ事のみをここ〈壺の碑〉に至りて疑ひなる千歳の記念カタミ、今眼前に古人の心を閲す。行脚の一徳、存命の悦び、羇旅の疲れも忘れて涙もお鶴ばかり也」おくのほそ道「壺の碑」章

芭蕉は其処に悠久なるものと変化流転するものとの交錯する自然と人生の相を観じ、此れが自己の芸術にも共通する所の多い事に目覚める。そして重要な事は、ここから詩の真実

と云うものをこれ迄より遥かに高い次元に立って高所から捉え直した芸術観、即ち「不易流行」の思想に到達し、所謂貞享ぶりを脱皮して俳諧に新たな転生の道を切り開くに至ったのである。

  • 不易流行の思想→芸術作品に永遠(不易)の生命を与えるものは飽く迄深く自然や人生の実相に迫ろうとする眞實探求の精神(風雅の誠)によって掘り起こされた詩的真実であるとする一方、眞實探求の精神が本物であればあるほど、物を見る目も、その表現方法も、何時までも同じ状態に止まっていられる筈が無く、自ずから新しい境地に向かって一歩を進め変化流行してゆかざるを得ず、而もその様に変化流行して新しい真実を求めていく自覚的なプロセスにおいてのみ鮮烈な生命が作品の内部に躍動して来る。とする芸術館観である。

不易と流行は同じ「風雅の誠」の両面に他ならない。

「千変万化するものは自然の理也」三冊子

作品の永遠不易性を保証する為には常に流行が求められなければならない。

この考え方の原質は「荘子」の宇宙哲学に見られるものだが、芭蕉は其れを自己の文学体験、直接的には奥羽行脚の体験と思索の中で市の本質論として発酵させた。

「当時(現在)の俳諧は梨子地の器の高蒔絵書きたるが如し、丁寧、美尽くせりと雖も、漸く是に飽く。予が門人は桐の器を柿合せ(柿渋塗の器)に塗り足らんが如く、ざんぐりと荒びて句作すべし」(芭蕉言―不玉宛去来書簡)

芭蕉は新意の「かるみ」の在り方を探る中で必然的に詩材の問題に突き当たり、観念的虚構の世界を離れたもっと実のあるもの、事実に根差しを持つものの中に真実の詩を求め始める芭蕉文学の詩材は此処に於いて、唯美主義時代の反俗的・古典主義的・虚構的なものへの志向から、日常生活的・現実的・写実的なものへとその流れを大きく変え始める

芭蕉は「奥の細道」の旅を境目としてその俳諧の文学的傾向を大きき転換させた。端的に言えばそれは観念的理想主義から経験的現実主義への転換ともいうべき本質的な転換だったのであり、芭蕉自身に於いてもこの方向を掴んだ時、初めて真の意味における文学の在り様が目に見えてきたのであろうか、これ以後は殆ど迷うことなく、死に至る迄只管「かるみ」の唱導を繰り返しつつ、その境地を極限まで深めていくことになるのである。

【芭蕉句例】本文473~751蕃収録 完成期

 草の戸も住み替る代ぞ雛の家    (483)   クサノトモ スミカハルヨゾ ヒナノイヘ

  行く春や鳥啼き魚の目は涙     (485)  ユクハルヤ トリナキウヲノ メハナミダ

  木啄も庵は破らず夏木立      (495) キツツキモ イホハヤブラズ ナツコダチ

  田一枚植ゑて立ち去る柳かな    (503) タイチマイ ウエテタチサル ヤナギカラ

  早苗とる手もとや昔しのぶ摺    (509) サナエトル テモトヤムカシ シノブズリ

  桜より松は二木を三月越し     (511) サクラヨリ マツハフタキヲ ミツキゴシ

  島々や千々に砕きて夏の海     (514) シマジマヤ チジニクダキテ ナツノウミ

五月雨の降り残してや光堂     (516)   サミダレノ フリノコシテシテヤ ヒカリドウ

  閑かさや岩にしみ入る蝉の声    (522)  シズカサヤ イワニシミイル セミノコエ

  五月雨を集めて早し最上川     (523) サミダレヲ アツメテハヤシ モガミガワ

  雲の峰幾つ崩れて月の山      (528)  クモノミネ イクツクズレテ ツキノヤマ

  荒海や佐渡に横たふ天の川     (540)  アラウミヤ サドニヨコタフ アマノガワ

  国々の八景さらに気比の月     (568)  クニグニノ ハツケイサラニ ケヒノツキ

  初時雨猿も小蓑を欲しげなり    (594)  ハツシグレ サルモコミノヲ ホシゲナリ

 木のもとに汁も膾も桜かな     (615)   キノモトニ シルモナマスモ サクラカナ

 川風や薄柿着たる夕涼み      (639)  カワカゼヤ ウスガキキタル ユウスズミ

  月見する座に美しき顔もなし    (649)  ツキミスル ザニウツクシキ カオモナシ

  桐の木に鶉鳴くなる塀の内     (651)  キリノキニ ウズラナクナリ ヘイノウチ

  しぐぐるや田の新株の黒むほど   (659) シグルルヤ タノアラカブノ クロムホド

  乾鮭も空也の痩も寒の中      (670)  カラザケモ クウヤノヤセモ カンノウチ

  山里や万歳遅し梅の花       (683) ヤマザトハ バンザイオソシ ウメノハナ

  月待や梅かたげ行く小山伏     (684) ツキマチヤ ウメカタゲユク コヤマブシ

松尾芭蕉句集からⅢ

芭蕉句作の変遷

新潮社古典文学集成芭蕉句集解説(今栄蔵筆)より抜粋

新潮社古典文学集成「松尾芭蕉句集」の今栄蔵氏の解説を引用しながら、俳聖と呼ばれた松尾芭蕉の、作風の変化を年代を追って並べてみました。今回は3回目です。

  • 文脈は一部入れ替えた部分有、年代がなるべく時系列で追える様に本文にはない年号を記入するとともに本文にない見出しを付した。
  • 荘子哲学と禅の思想的影響

芭蕉に於ける荘子の影響は絶大であった。これからの芭蕉は世俗的な価値観の束縛をかなぐり捨て、一切の功利主義的なものと絶縁し隠者の境涯に徹し、一筋に純粋に、文学の真実を求める事だけに生涯を捧げる事に成るのである。

古典と古人の魂に直結し、更に是に現実体験の中から掴んだ実感・感受性が相乗されて精神価値への上昇志向が高まってくると、言葉や観念の知的遊戯、古典の詩句のもじり趣味等、最早無意味なものに帰するのも必然であろう。そんな中で芭蕉は時流に先んじて本歌本説取りからの脱皮を志し、まともな感受をストレートに表現する方法を探り始める。

芭蕉は延宝末年(1680)の人間的煩悶の中で己の弱さに悩み「学んで愚を悟らん」笈の小文)として佛頂禅師について参禅修学をして来た。芭蕉の文学のあるものに禅機が感じられるのは此処に由来するものであろう。

【哲学影響下の芭蕉句例】

  ばせを植ゑてまづ憎む荻の二葉哉 (141)   バセヲウエテ マヅニクムオギノ フタバカナ

 五月雨に鶴の足短くなれり    (143)   サミダレニ ツルノアシ ミジカクナレリ

 氷苦く偃鼠が喉をうるほせり   (150)   コオリニガク エンソガノドヲ ウルホセリ

  鶯を魂にねむるか嬌柳      (163)   ウグイスヲ タマニネムルカ タヲヤナギ

 霰聞くやこの身はもとの古柏   (170)   アラレキクヤ コノミハモトノ フルカシワ

 蝶よ蝶よ唐土の俳諧問はん    (173)   チョウヨチョウヨ モロコシノハイカイ トハン

実感の表出を妨げる寓言的非論理も次第に影を潜め知巧を洗い流した正常な文体の中で自己の感受を表出する道に到達する。

これ等の中には最早知巧の陰はない。沈静した文体の中に心が通っている。是がこの模索期の中で芭蕉の探り当てた新俳諧の最初の典型的な姿だった。

野ざらし紀行☞模索2:貞享期1684-1687(41歳~44歳)前半

貞享元年(1684)芭蕉ははじめての文学行脚に旅立つ。貞享元年8月~貞享2年4月

此の旅は延宝8年(1680)-37歳-以来深川の草庵にあって、人間的にも文学的にも真剣な思案を重ねた末に漸く目に見えて来た文学的新境地を、日々新たに繰り広げられる新鮮な経験の中で実践するに格好の場となった。

「千里に旅立ちて路粮を包まず。三更月下無何に入る、と言ひけん昔の人の杖にすがりて貞享甲子秋八月、江上の破屋を出づるほど、風の声そぞろ寒げなり」野ざらし紀行冒頭

☆ 千里に旅立ちて→荘子「逍遥遊篇」千里ニ適ユク者ハ三月糧を聚アツム

☆ 路粮ロカテを→中国禅僧詩集「江湖風月集」の詩句:路粮ヲツツマズ笑ヒテ復歌フ、三更月下無何ニ入ル 広聞和尚

☆ 無何→荘子「逍遥遊篇」無何有之郷:有無を超越し一切の執着を離れ切った人間精神の理想郷を表す

【芭蕉句例】本文190­~258蕃収録 後期1

  野ざらしを心に風のしむ身哉   (190)   ノザラシヲ ココロニカゼノ シムミカナ

猿を聞く人捨子に秋の風いかに  (194)   サルヲキク ヒトステゴノアキノ カゼイカニ

  道の辺の木槿は馬に喰はれけり  (195)   ミチノベノ モクゲハウマニ クハレケリ

晦日月なし千歳の杉を抱く嵐   (197)   ミソカツキナシ チトセノスギヲ ダクアラシ

手に取らば消えん涙熱き秋の霜  (201)   テニトラバ キエンナミダ アツキアキノシモ

  僧朝顔幾死に返る法の松     (203)   ソウアサガオ イクシニカヘル ノリノマツ  

砧打ちて我に聞かせよや坊が妻  (205)   キヌタウチテ ワレニキカセヨヤ ボウガツマ

秋風や藪も畠も不破の関     (210)   アキカゼヤ ヤブモハタケモ フワノセキ

  狂句木枯の身は竹斎に似たる哉  (223)   キョウクコガラシノ ミハチクサイニ ニタルカナ

  草枕犬も時雨るるか夜の声    (224)   クサマクラ イヌモシグルルカ ヨルノコエ

海暮れて鴨の声ほのかに白し   (227)   ウミクレテ カモノコエ ホノカニシロシ

  春なれや名も無き山の朝霞    (232)   ハルナレヤ ノモナキヤマノ アサガスミ

水取りや氷の僧の沓の音     (233)   ストリヤ コオリノソウノ クツノオト

世に匂へ梅花一枝のみそさざい  (235)   ヨニニホヘ バイカイッシノ ミソサザイ

山路来て何やらゆかし菫草    (239)   ヤマジキテ ナニヤラユカシ スミレグサ

いざともに穂麦喰はん草枕    (250)   イザトモニ ホムギクラハン クサマクラ

直門の許六が後年「道の辺」の句を持って「談林を見破り正風体を見届け」た最初の作として称揚している(歴代滑稽伝)

☆ 正風体とは宗因風の寓言的無心所着体と正反対の、和歌連歌的な温雅な文体を指す用語

野ざらしの旅中作のほとんどは既に正風体に帰している。

この様にして芭蕉は旅中の實作を通して寓言の宗因風とも晦渋な天和風ともほぼ完全決別し、正風体の中に新たな俳諧の方向性を見出すに至った。

貞享期(超俗唯美の句境)☞模索31684-1687(41歳~44歳)後半

野ざらしの旅を終へた後、貞享四年十月再び近畿の旅に赴くまでの約二年半、即ち貞享中期の芭蕉は、野ざらしの旅で得た句境に更に磨きをかけその芸術的深化を求めて思索と実践を繰り返す。

貞享三年(1686年)正月芭蕉江戸門下による百韻連句→「丙寅初懐紙」巻頭八句

日の春をさすがに鶴の歩み哉    其角    ヒノハルヲ サスガニツルノ アユミカナ

    砌に高き去年の桐の実     文鱗    ミギリノタカキ コゾノキリノミ

  雪村が柳見にゆく棹さして     枳風   セツソンガ ヤナギミニユク サオサシテ

    酒の幌に入相之月       コ斎    サケノトバリニ イリアイノツキ

  秋の山千束の弓の鳥売らん     芳重    アキノヤマ チソクノユミノ トリウラン

    炭竈こねて冬のこしらへ    杉風    スミガマコネテ フユノコシラヘ

  里々の麦ほのかなる群緑      仙化   サトサトノ ムギホノカナル ムラミドリ

    わが乗る駒に雨覆ひせよ    李下    ワガノルコマニ アマオホヒセヨ

茲では天和の生硬な漢詩文調や晦渋さは最早全く影を潜め、温雅な文体に託された、美的なるもの、超俗的な詩境へのひたすらな志向があるばかりである。そうした謂わば唯美主義的な風がこの頃の芭蕉と蕉門の芸境として定着していたのである。

ものを見る目の新しさ、自然や人生に内在する未開拓の新しい洞察と言った方向に焦点が集中されるに至っている。それは芭蕉俳諧が本格的な芸術の段階に入った事を明確に示すものである。→「新しみ

【芭蕉句例】本文259~319蕃収録 後期2

幾霜に心ばせをの松飾り      (261)   イクソモニ ココロバセヲノ マツカザリ

よく見れば薺花咲く垣根かな    (263)   ヨクミレバ ナズナハナサク カキネカナ

  古池や蛙飛びこむ水の音    (270)   フルイケヤ 蛙トビコム ミズノオト

鸛の巣に嵐の外の桜哉       (293)   コウノスニ アラシノホカノ サクラカナ

  花の雲鐘は上野か浅草か    (294)   ハナノクモ カネハウエノカ アサクサカ

      〈物皆自得〉

  花みな枯れてあはれをこぼす草の種 (276)  ハナミナカレテアハレヲコボス クサノタネ

花に遊ぶ虻な喰ひそ友雀      (291)   ハナニアソブ アブナクラヒソ トモスズメ

永き日も囀り足らぬひばり哉    (295)   ナガキヒモ サエズリタラヌ ヒバリカナ

原中やものにもつかず啼く雲雀   (296)  ハラナカヤ モノニモツカズ ナクヒバリ

ほととぎす鳴く鳴く飛ぶぞ忙はし  (298)   ホトトギス ナクナクトブゾ イソガハシ

起きあがる菊ほのかなり水のあと  (318)   オキアガル キクホノカナリ ミズノアト

痩せながらわりなき菊乃蕾哉    (319)   ヤセナガラ ワルナキキクノ ツボミカナ

  • 物皆自得とは荘子哲学の自然観を象徴する語で、万物は皆夫々の本然ノ天性に随い、その分に安んじて楽しんで生きているとの意。

その背景は天地の間に或る森羅万象の一切を宇宙の根源的な「道」―大自然の理法―の自ずからなる顕れと観、従って人間も美しい花も鳥も、醜い虫けらも路傍の雑草や石ころも、この「道」の前では一切が平等の価値を有し万物は其々に道即ち大自然の真理を内に宿しているとする荘子の哲学の最も根本的な哲理に支えられている。

つづき

松尾芭蕉句集からⅠ

新潮社古典文学集成芭蕉句集解説(今栄蔵筆)より抜粋1982年(S57)6/10初版

新潮社古典文学集成「松尾芭蕉句集」の今栄蔵氏の解説を引用しながら、俳聖と呼ばれた松尾芭蕉の、作風の変化を年代を追って並べてみました。

  • 文脈は一部入れ替えた部分有、年代がなるべく時系列で追える様に本文にはない年号を記入するとともに本文にない見出しを付しています。

はじめにー総括】 

芭蕉俳句詠吟期間☞寛文二年(1662)19歳―元禄七年(1694)51歳 約30年間

門人服部土芳著「三冊子」

「それ、俳諧といふことはじまりて、代々利口のみに戯れ先達つひに誠を知らず。中頃難波の梅翁(西山宗因)自由をふるひて世上に広と雖も、中分(中程度)以下に して、未だ詞をもってかしこき名なり。然るに亡師芭蕉翁、この道に出でて三十余年、俳諧初めて実を得たり。師の俳諧は名は昔の名にて、昔の俳諧に非ず。誠の俳 諧なり。・・・ わが師は誠無きもの(俳諧)に誠を備へ、永く世の先達となる。眞に代々久しく過ぎて、このとき俳諧に誠を得る事、天、當にこの人の腸(ハラワタ)を待てるや。師は如何なる人ぞ」

芭蕉俳諧を歴史的に端的に位置づけたものとして蓋し古今の名言。

  • 利口→弁舌巧みに、おどけしゃれを云う:室町期より俳諧は連句の余興として滑稽文学と認識されていた。
  • 俳諧の誠→風雅の誠:自然や人生の実相に深く迫ろうとする純粋至高の詩精神

【詠吟三十余年】宗房―桃青-芭蕉

寛文二年(1662)19歳 生地伊賀上野にて 

春や来し年や行きけん小晦日(1-12月29日立春―初句) 

 元禄七年(1694)51歳  

旅に病んで夢は枯野をかけ廻る(922-十月四日病中吟)

清滝や波に散り込む青松葉  (875―十月九日死の三日前)

俳諧が江戸期を迎えて一大発展期に入ってからも何の疑いも無く踏襲される。具体的に言えば寛永(1624~1643)の初め頃から半世紀にわたって全国の俳調を支配した貞門風、延宝(1672~80)元年前後から約10年の全盛期を誇った宗因風所謂談林もその風潮には多少の曲折はあるものの、基本的には室町俳諧の延長という点で一貫した体質を持っていた。

【芭蕉句吟の流れ】

芭蕉も亦、はじめは此の大きな潮流に揉まれざるを得なかったのである。というよりも若き日の芭蕉は寧ろこの滑稽專一の文学に異常な情熱を燃やしこの道を選んだ。郷里の(伊賀上野)少年時代、寛文元年(1661・芭蕉18歳)前後から当時流行の貞門風を学び、情熱の赴く処、寛文12年(1673)29歳で俳諧宗匠を志して江戸に出てから延宝(1673-1680)の末迄は、貞門に変わって新たな流行勢力となった宗因風に心酔しつつ宗匠の地位を確立し、一派を築く等自ら積極的に滑稽の時流に掉差した。その間ほぼ20年、土芳も云う通り芭蕉の俳諧人生は三十余年に及ぶが其三分の二を占める年月を、芭蕉も亦「利口」の俳諧に費やしていたわけで、図式的に言えば「誠の俳諧」の創造に費やした時間は最後の十年間に過ぎなかったという事にもなる。

【芭蕉俳諧の精神的支柱】哲学・思想

中国古典「荘子」は宗因風の理論的裏付けとされた「寓言」を通して当時一般の俳人に広く親しまれ、和漢の古典の詩歌文章は本歌本説取りの材料として、これまた俳人必須の教養とされていたから、芭蕉だけが特殊な本を読んだと言う訳ではない。只、大多数の人々にとっては其れが本歌本説取りの為の単なる知識の対象でしかなかったのに対して、芭蕉がひとりその奥に流れる思想・精神の根源に魂の触手で直に触れることが出来た処に、天地霄壌ショウジョウの大きな違いがあった。そして、時代の平均的な享受の態度とは異質のこの対応の仕方にこそ、芭蕉の持って生まれた独特の個性の光があった。

→「百骸九竅ヒャクガイキュウキョウの中に物あり、仮に名付けて風羅坊といふ。眞に羅ウスモノの風に破れやすからんことをいふにやあらん」(笈の小文)―言うなればそれは肉体の底から己を衝き動かす、強烈にして而も鋭敏繊細な感受性であった。

  • 寓言→中国古代の哲学者荘周の著「荘子」の文章の特異さを示す言葉として古来より有

「荘子は寓言とて無き事をあるやうに書きたる道人」浮世物語―浅井了意

「荘子が寓言、俳諧の根本なり」宗因門 惟中の言葉

「富士の煙に茶釜を仕掛け、湖を手盥に見立て目の覚めたる作意」井原西鶴の言葉

【芭蕉俳諧完成への三段階

芭蕉が模索の数年を乗り越えて「誠の俳諧」に第一歩を踏み出すのは、貞享元年(1684)四十一歳の「野ざらし紀行」の旅からである。「誠の俳諧」としての純粋詩基本的性格はこの時定まった。然し其れは飽く迄第一歩に過ぎなかった。土芳は「(誠)を責むる者はその地(同じ場所)に足を据え難く、一歩自然に歩む理也」(三冊子)と言ったが是は取りも直さず芭蕉の精神に他ならなかった。「誠」は固定した形ではなく「責める」事によって無限に深化するという自覚―芭蕉はこの自覚の下に言葉の芸術としての俳諧の所在アラユル可能性を探ることに、残る十年間の人生のすべてを賭ける事に成る。

大局的観点から見れば、①超俗的な唯美主義へと飛翔する貞享期から、奥の細道の旅を経た後、唯美主義に纏わる弊を超克して現実なるものへの回帰を志す所謂「猿蓑」期に於ける初期「かるみ」への展開、更にこの風調を徹底深化させつつ世俗の卑近な庶民生活の哀歓の中に実人生の真理をを求め、是を日常の平淡な言葉の中に捉え尽くす事によって庶民詩としての俳諧を完成の域まで高めた、最晩年の「かるみ」の風へと、ほぼ三段階の発展を遂げる事に成る。

以下、俳諧の歴史的流れとそれに伴う芭蕉の句吟の変化を俯瞰

貞門風- 松永貞徳(京都)

※ 寛永(1624~1643)の初め頃から半世紀

「俳諧は俳言をもって賦する連歌」☞俳言:優美を理想とする伝統和歌や連歌では用いられない俗語や漢語のこと。

室町滑稽手法の内、非論理的・反常識の意外による笑い或いは卑猥・不道徳的なものによる笑いを否定:「貞徳老人の俳諧はやさしさを体とし、をかしきを用とす」(玉くしげ)

貞門風作調手本例-「毛吹草-重頼著」政保二年(1645年)発刊

 1)皆人の昼寝の種や秋の月 (心の發句) ミナヒトノ ヒルネノタネヤ アキノツキ

 2)川岸の洞は蛍の瓦灯かな (見立て)  カワギシノ ホラハホタルノ ガトウカナ

 3)雨露は木々のいろはの師匠か(言ひ立て) アマツユハ キギノイロハノ シショウカナ

 4)恙なく咲くや卯木の穴かし(秀句)   ツツガナク サクヤウツギノ アナカシコ

 5)いろいろに変ずる花はつばけかな(五音相通) イロイロニ ヘンズルハナハ ツバケカナ

 6)実も入らで竹にすがるやがきささげ (清濁ミモイラヌ タケニスガルヤ ガキササゲ

 7)猫足の膳で食はばや鼠茸  (対物)ネコアシノ ゼンデクハバヤ ネズミタケ

 8)蚊食ふばかり寝がたく見ゆる夜中かな (本歌の俤) カクウバカリ ナガタクミユル ヨナカカナ

 9)折らずんば空し宝の山桜 (世話)   オラズンバ ムナシタカラノ ヤマザクラ

10) ほととぎはまだ巣籠りか声もな(なぞ)  ホトトギハ マダスゴモリカ コエモナシ

これ等は同作法書に、俳諧発句の望ましい姿として掲げられているもので、( )内の語は重頼によって分類された表現手法の名目である。

「毛吹草」はほかにも多くの名目を示すが、基本的には上記手法と大同小異で、貞門の言語遊戯は一般的傾向として凡そ以上のようなものだったとみてよい。中でも見立てと、縁語・掛詞の機知による滑稽が主流をなした。又俳諧が単なるばさらごと(戯れ事)でない証として古典の知識をふまえた作品が推奨され、此れが俳諧を嗜む人の教養を向上させ、伝統の浅い俳諧の文学的地位を権威あるものに高める基にもなった。

【貞門風芭蕉句例】(本文1~53番収録)初期

 岩躑躅染むる涙やほととぎ朱  (11)  イワツツジ ソムルナミダヤ ホトトギシュ

  あち東風や面々さばき柳髪   (26)  アチコチヤ メンメンサバキ ヤナギガミ

  うかれける人や初瀬の山桜   (31)  ウカレケル ヒトヤハツセノ ヤマザクラ

  文ならぬいろはもかきて火中哉 (47)  フミナラヌ イロハモカキテ カチュウカナ

  見る影やまだ片なりも宵月夜  (53)  ミルカゲヤ マダカタナリモ ヨイツキヨ

つづく

(=^・^=)百態

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NPO法人あおぞら2021年12月13日 08:20note

保護(=^・^=)との生活のメモとして

いよいよ令和3年も12月、今年もいろんな猫との出会い、人との出会いがありました。このご縁を大切に来年もいい活動ができますようにと願っています。

ちょっと早いですが年末のごあいさつ替りに自作句を紹介したいと思います。今までの23年間の保護猫たちとの生活を、メモ代わりとして、折々に詠んでいました。駄作ですが覧いただければ❕幸いです❕

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汝と吾と猫三匹と福寿草

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春の猫終日のたりのたり哉 (春の海本句・・・(=^・^=))

井堀ミー2

長閑さや歩道を渡る黒い猫

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すりすりの猫の狙いは初鰹

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竟夜終日つづく猫の恋

闘いの雄猫(オス)を後目におんな猫

猫の目の定まる先の雀の子

本にあごのせて仔猫ハ昼寝時

夜明け前茅野輪をくぐる親子猫

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盂蘭盆会百万回生きた猫読む

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冬の虹23年生きた猫 (2021/10/25‐「キーチャン」永眠 季節は秋ですが・・・)

黒猫は白雨の街を走り去り

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小雪舞う闇に微かなノラの声

去年今年変わらぬものにねこの世話 (去年今年貫く・・・本句)

猫に明け猫に暮れゆく三十日かな

猫たちには暮もお正月も関係なし❕❕これからも猫の世話に追われる毎日が続くと思いますが、楽しく世話をさせていただこうと思ってます。

保護猫・地域猫たちが社会のなかの一員として安楽に過ごせる社会環境の実現を日々ねがっています(=^・^=)

終わりに

只今、待機中❕❕
「あおぞら」とご協力いただいているお仲間のところには、常時百匹以上の、2,3ケ月の仔猫から1年以上の成猫までの(=^・・^=)ちゃんたちが、新しいご家族が現れるのを待っています。
ご希望の方、あってみたいと思われる方、いつでもご連絡をお待ちいたしています。
電話:090-7536-2412
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