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中村天風のことば

中村天風一日一話

元気と勇気が湧いてくる哲人の教え366話

2005年8月22日初版発行PHP文庫 2006年12月1日第一版第18刷発行 HP研究所

因みに中村天風とは何者か!ご存じの方は多いと思いますがウィキペディアでは 日本の自己啓発講演家、思想家、ヨーガ行者。実業家、大日本帝国陸軍諜報員、玄洋社社員。孫文の友人であり、中華民国最高顧問の称号も持った。天風会を創始し心身統一法を広めた 。

また、学生時代に喧嘩で相手を刺殺、日清日露戦争当時は軍事探偵として活動する。戦後結核にかかり、ニューソート作家の著作に感銘を受けて渡米し、世界を遍歴。インドでのヨーガ修行を経て健康を回復し悟りを得たとされる。日本に帰国後、一時は実業界で成功を収めるも、自身の経験と悟りを伝えるために講演活動を開始。その教えを学んだ各界の著名人の中には、松下幸之助など日本を代表する実業家も含まれる。 と概略では紹介されています。

※ニューソートとは(ウィキペディアより)
19世紀後半にアメリカ合衆国で始まったキリスト教における潮流のひとつで、一種の異端的宗教・霊性運動の一つという事の様です。

短い言葉の中に人生の生き方・考え方が凝縮されている様にも感じます。全て実践できればいいですね~。

【六月の言葉】

*三日 思っただけじゃダメ

幾ら心の持ち方を積極的にする事が理想だと云っても、其の理想を妨げる様な所謂日常生活を克服する事が出来なければだめなんだ。其の為には克服出来る様にする方法を実践しないでただ克服したい信念の人間に成りたいと思っただけじゃ成れやしない。 考えてご覧お風呂の脇に立っていて沸いているお湯を見ているだけでもって身体が綺麗になるか綺麗に成らないか。お風呂に入って洗い清めなければだめだろう。其れと同じ事だ。

*五日 人間は力の結晶である

命の力を豊富に受け入れられる活き方とは如何なる場合にも心の態度を積極的に保つ事であって、どんな場合にも最高度に引き上げられた自己認証を揺るがせにしない事である。どんな場合にも人間と云うものの生命は一切の生命を凌いでいる力の結晶だと正しく思い込んでしまう事である。そして之を如何なる場合にも心に確りと堅持する事である。

*六日 心大らかに

人各各運命に活きる人世なれば心大らかに過ごさんものを

之を自分で歌に作っているだけに自分で是を実行している。是は本の瞬間の自分の心の持ち方だ。瞬間消極的な事は心の中に入れないことだ。然し入れない様に頑張ると心の中で戦争しなきゃならないからふっといなしてしまえばいいんだよ。

*八日 不運から心を離す

病也運命から心が離れた時は病が在っても其の人は病人じゃない。運命が悪くても其の人は運命の悪い人じゃない。ようく寝ている人間は何も知らない。何も知らない人間に病があるか。目が覚めて嗚呼病があると思うんじゃないか。運命が良くってもいいか運命が悪い時の事を考えてりゃその人は運命が悪いのと同じだ。その位の事あ羅貯めて私から聞かなくたってもう判ってる筈だ。

*十一日 傑出した人物

実際古今共に所謂傑出した人物と云うのは何れも皆有意注意力が完全な人々の事を言うんだ。何事に対しても周到にその観念が統合され従って精神も統一され、その結果全ての能力が同輩を凌ぐ為に嫌でも自然と傑出しちゃう。だから何時も何事でも自分の好む事を行う時と同様に気を込めておやりなさい。

*十二日 真理は厳しいもの

自然界の存在する人間への掟は真に厳しい。然も是は千古変わらず久遠のその昔から永遠の将来迄証と実存している。真理はお前はそういう場合だから特別に見よう。まあ兎に角今度は機嫌の良い時に教わった様におしよと云う事は云いやしません。真理は峻厳にして侵すべからず。間違った生き方に対する正しい心構えが万一にも用意されないと忽ち事実が貴方方に反省を促します。その反省を促す事実とは如何にと云えば病なり不運なりです。

*十五日 原因結果の法則

凡そ人生には人生を厳格に支配している一つの法則がある。其れは原因結果の法則である。そして人生と云うものは其の人が自覚するしかないかを問わず、この法則を応用する度合いに比例する。即ち蒔いた種の通り花が咲くと云う法則である。俗に言う善因善果悪因悪果の法則である。人間の運命の中に地獄を作り又極楽を創るのもこの法則があるからである。

*十八日 不幸は幸福を招く原動力

不幸に直面したら先ずその不幸に際しても尚且つ生命を失わずに現実に活きていられる事を感謝する事に心を振り向けるべきである。するとそうした心掛け其れ自体が幸福を招いてくる原動力となるのである。

*二一日 人間の大使命

人間は此の世に病む為に生れて来たのでもなければ又煩悶や苦労をする為に生れて来たのでもない。否もっと重大な使命を遂行する爲に生れて来たのである。其の大使命とは何かと云うと宇宙原則に即応して、此の世の中の進化と向上とを実現化する事に努力すると云う事である。即ち人間は斯う云う尊い大使命を遂行する爲に現象界に生れて来たものである。

*二二日 心身統一の効果

あらゆる力と云うものは気と云うモノから生まれる。人間が人間の生命の有りの儘の姿である心身一女如を現実にする爲、心身を統一した活き方を行えば当然生命存在の根源を為す処の気と云うモノの収受量が増大する。そして命の力の内容量も亦当然豊富となりそれが精神方面に表現すれば心の力となり、肉体方面に表現すれば体の力となる。人生建設の根源要素となる体力胆力判断力断行力精力能力の六つの力も之に応じて優秀化してくるのである。

*二三日 和について

和とは不可分の統合即ちYOGAの事である。人間の人間らしい活き方とは心身の統一即ち心と肉体が輪になった活き方である。是以外の活き方では本当の人間としての真の価値を発揮できない。生命の和が乱されれば肉体も精神も其の健康味を発揮する事が出来ない。特に精神の不健康は社会をも濁らす事となる。何故ならば人間としての道義性が著しく欠如してどんな場合にもその振舞いが自己本位に堕するからである。

*二六日 悩みと縁を切る為に

凡そ悩み程人生を暗くするバカげた真理現象は無い。処が大抵の人は悩みを持たない人間など居る筈が無いと云う誤った考えを持っている。是こそが取り越し苦労或は消極的な思考を常とする証拠であろうが、人間の心には其の統御が完全でありさえすれば即ち心理に合致して積極的でありさえすれば悩み等と言う真理現象は絶対に起らないのである。依ってその消息を確と認識すべきである。

*二七日 見えなくてもある

科学的教育を受けた者は、感じないもの見えないものは無いものだと思っている。直に証拠はと聞きます。第一我々の生きている現在の大気の中には、酸素窒素その他の我々の生命性活動を力づけるに必要な要素が存在している、と云う事は誰にも見えやしない。其れでも見えなくたって在ると信じますよ。証拠はとは云いませんよ。人間の住む地球上には電波が縦横無尽に交錯していると云う事は形が見えなくても疑わないでしょう。

*二九日 行とは何か

行なるものは決して特殊の方法や手段を特定に時間や場所で、特別に行う事ではなくその方法やその手段其の物が其の儘自己の生命を活かす方法になって要る事で、是を客観的に言えばその方法や手段でその人はその生命を生活せしめてその生命を確保していると、云う事になるのであります。

*三十日 人間の能力

人間の本来の面目は創造的なものである。それ故に人間が万物の霊長として一切の生物を遼河して優秀なる能力を生れ乍らに賦与されているのは是が在る爲である。しかも特に疎かに出来ない事は、其の賦与量は些かも差別の無い公平なものである。この一言を考慮されても自己の現在使用している能力に対する反省が厳格に行われて、その是正が確実に施されるなら一切の総ては悉く可能に転換され収握される事も亦必然自明の事と感得される。

中村天風のことば

中村天風一日一話

気と勇気が湧いてくる哲人の教え366話

2005年8月22日初版発行PHP文庫2006年12月1日第一版第18刷発行 PHP研究所

因みに中村天風とは何者か!ご存じの方は多いと思いますがウィキペディアでは 日本の自己啓発講演家、思想家、ヨーガ行者。実業家、大日本帝国陸軍諜報員、玄洋社社員。孫文の友人であり、中華民国最高顧問の称号も持った。天風会を創始し心身統一法を広めた 。

また、学生時代に喧嘩で相手を刺殺、日清日露戦争当時は軍事探偵として活動する。戦後結核にかかり、ニューソート作家の著作に感銘を受けて渡米し、世界を遍歴。インドでのヨーガ修行を経て健康を回復し悟りを得たとされる。日本に帰国後、一時は実業界で成功を収めるも、自身の経験と悟りを伝えるために講演活動を開始。その教えを学んだ各界の著名人の中には、松下幸之助など日本を代表する実業家も含まれる。 と概略では紹介されています。

※ニューソートとは(ウィキペディアより)
19世紀後半にアメリカ合衆国で始まったキリスト教における潮流のひとつで、一種の異端的宗教・霊性運動の一つという事の様です。

短い言葉の中に人生の生き方・考え方が凝縮されている様にも感じます。全て実践できればいいですね~。

【四月の言葉】

*一日 聖賢というものは

優れし人言い換えると蘂手の真理を知っている聖賢と云うものは、心が只単に積極的であるばかりでなく本当の心の強さの中に気高さを持っている人の事なんだ。心の中の気高い強さと云うのは結局要するに卑屈に痩せ我慢で強さを造ろうとするのでなくて淡々として少しも気張らずに強く成り得ていることを言う。だから優れし人には絶対に不運と云うものは来ない。

*二日 真の健康と食物

地上の動物はその食物の種類で凡そ次の三種に分類される。肉食動物・草食動物・果食動物である。元来動物は生きていく為に新陳代謝を行うが、その作用で大なり小なりの毒素は絶えず発生し血液やその他全身の組織の中に存在している。然るに動物を食すれば其の毒素は無条件に食した人の体内に入ることに為る。菜食は肉食よりも遥かに優れているがあらゆる点から見て理想的な食物は果物である。現実的には植物性を七割以上動物性を三割。以下としつつ極力果物を多く摂る様にすべきである。

*四日 積極的態度

何でもない時は矢でも鉄砲でももってこいと云う気に為るけども、健康上に故障が有ったり運命上に少しでも儘為らない事があると、そういう場合こそより一層心の態度が積極的で有らなきゃならないのにすぐ青菜に塩みたいになってしまう。こう云うのを積極的態度と云うんじゃないんですよ。どんな場合があっても積極的と云うのは心の尊さと強さと正しさと清らかさが失われていない状態を言うんです

*六日 外界印象の取捨選別

精神生命に外界の印象を受け入れる時には、その印象を受け入れて良いものか悪いものかを吟味しなければいけない。然しこの時の半分の半分も注意しないで受け入れてる人が多かない?それが結局貴方方を気の弱い神経過敏にしちゃった。神経過敏な人と云うのは五か十ぐらいの僅かな刺激ショックも其れを心に知覚せしめる時には百二百に誇張して感じさせてしまう。斯う云う人は精神生命に外界の印象を受け入れる時此れからは特別入念に吟味して取捨分(選)別を完全にしなきゃいけない。

*八日 人生と心の法則

我々の生命の中にある肉体は勿論精神生命も一切の広い意味における人生の事柄は、心の運用如何に拠って決定する事が出来るという真理を私は覚り得たのである。人間の心で行う思考は人生の一切を創る。この法則を巖として自覚して常にこの法則を乱さないように活きるならば人生は期せずして大きな調和の元に満たされる。そして無限の強さと生命の無限の自由と云うものは自然的に出てくる。

*十日 自分自身と云う存在

自分の心や肉体の存在を意識的に自覚したのは多分生後三年か餘年たってかれであろうと推定する。そこで自分で自分に聞いてみる。自分自身が心や肉体の存在を意識的に自覚しなかった当時自分と云うものが存在していなかったか如何か?言い換えれば自分夫の生命は存在していなかったかどうかである。私の生命は自分自身心や肉体の存在を意識的に自覚するかどうかに関係なく、既にその以前から立派に存在していたのである。

*十三日 理智に依存しない人生

理性や感情と云うものはその人の心身に享受した教養や又は経験から培養された理智を根源とすると云う忽諸に附す可からざる大きい事実関係がある。然し理智なるものは常に間斷無き発育的情勢を以て推移していると云う相対的なものである。然るに斯くの如く多分に変移性を持つものに人生生活を依存すると屡、其処に図らざる蹉跌が生ずるのは必然で煎じ詰めれば人生の悲劇も地獄も不平も不満もそうした無自覚を基点として発生するのである。

*十五日 無駄な精神消耗

神経系統と云うものは人間の命を活かす生活機能の中で一番大切なもの言い換えれば神経系統の生活機能のお蔭で我々の生命は斯うして生き永らえているのであるが、やたら気取ったりぶったりしている人は勿論自分では結果にそう云う良くない事実が生じてくる事に気付かないで、否気付かないと云うよりも無知であるが為に考えること無しにと云って好い程無頓着で矢鱈と価値の無い無駄な神経消耗を殊更に行っているのである。

*十八日 苦行より自覚

真理と云うものを知らなかった時代の私は、何か苦行をするとか或は特別苦心の研究と云う様な事をしない、完全に理解する事が出来ない様に思っていた。然しそうじゃない。現にインドに行って耐えられない難行苦行は余りしなかった。しないでも真理を掴めた。苦しい修業をしてからでないと自分は強くなれないと考えていると、強く生きられないのが自分の無自覚からきていると云う事に聞か付きません。

*二十日 悟れば幸来る

悟れば一瞬にして幸来る此の真理が心の中に輝くと健康も運命も共に求めずとも完全に成る様に出来ているのが人間なのである。其れは心と神経との関係を考えればすぐ実証される。そしてこの宇宙の生命エネルギーを自分の生命に受け入れるのも復そのエネルギーを全身に分配するのも神経系統が行っていて、その神経系統が直接または間接に心の支配を受けている爲であると分かれば、どんな人間でもこの厳粛な事実の上から自分の心の立派な論定が出来るに違いない。

*二二日 不平不満の悪影響

知る識らざるを問う事無く不平不満を口にすると云う心持をその心に持たせると、人間それ自身を不幸にする場合が多く招来されて、決してその心的態度から幸福と云うものは発生しないのである。と云うのは直接的には判断力断行力更に精神力と云うものがどんどん委縮減退し、間接的には体力や胆力果ては精力まで其の良くない影響が波及されて、結論的に言うと生命力の一切が劣弱になってしまうのである。

*二四日 内省検討と暗示分析

病難に際し又は運命難に直面した場合には平素充分心身統一法の理解に透徹していると思っても、そう云う場合修養未完成の人はその事柄に引きずられて知らず知らず心の平安を失いその結果独立自尊と云う尊厳な立場から他力依存と云う勝階級の極めて低劣な方面へと自己の心的態度を転移して、無益な焦燥と混迷を敢えて為すと云う愚行を行う恐れがない訳では無いから、そういう場合に更にさらに入念周到に内省検討と暗示分析とを実行して心境の浄化清純に努力されるよう心より付言する。

*二七日 運命について

運命には二種類ある。天命と宿命である。店名は絶対で宿命は相対的である。如何にも仕様の無い運命を天命と云い人間の力で打ち開く事の出来るものを宿命と云う。女が女に生れ男が男に生れたのは天命である。りどうする事も出来ない。処が今の人は打ち開く事の出来る宿命にぶつかった時でも其れを天命と云う。自分の努力が足らない事は棚に挙げて如何にも仕様 がないと云う。

*二九日 世の爲人の為

富や地位を造って自分の人生欲望だけを十二分に満たす事已を想像すると云う事は断然排斥すべき向下的想像だ。宜しく健康想像と同様に金を造って、人の世の爲に尽す仕事を仕様と斯うなりゃ本物だ。又そうしなかったらその人にどんなに金が出来てもその金はその人に本当に安定した幸福を感じさせないんだよ。モデルが完全であってこそ作品も完全だ。想像は詰る所人生形成のモデルなんだ。

中村天風のことば

中村天風一日一話

元気と勇気が湧いてくる哲人の教え366話

2005年8月22日初版発行PHP文庫 2006年12月1日第一版第18刷発行 発行所 PHP研究所

因みに中村天風とは何者か!ご存じの方は多いと思いますがウィキペディアでは 日本の自己啓発講演家、思想家、ヨーガ行者。実業家、大日本帝国陸軍諜報員、玄洋社社員。孫文の友人であり、中華民国最高顧問の称号も持った。天風会を創始し心身統一法を広めた 。

また、学生時代に喧嘩で相手を刺殺、日清日露戦争当時は軍事探偵として活動する。戦後結核にかかり、ニューソート作家の著作に感銘を受けて渡米し、世界を遍歴。インドでのヨーガ修行を経て健康を回復し悟りを得たとされる。日本に帰国後、一時は実業界で成功を収めるも、自身の経験と悟りを伝えるために講演活動を開始。その教えを学んだ各界の著名人の中には、松下幸之助など日本を代表する実業家も含まれる。 と概略では紹介されています。

※ニューソートとは(ウィキペディアより)
19世紀後半にアメリカ合衆国で始まったキリスト教における潮流のひとつで、一種の異端的宗教・霊性運動の一つという事の様です。

短い言葉の中に人生の生き方・考え方が凝縮されている様にも感じます。全て実践できればいいですね~。

【三月の言葉】

*二日 完全を願う意欲観念

人間には不完全を嫌い完全を喜ぶと云う気持ちがあるでしょう。壊れた時計と壊をれていないと時計と両方見せられて好きな方を持って行きなって言われたら、誰だって壊れていない時計を貰って行く筈です。だから自己の健康や運命も誰もが完全である事を願うんです。たまには患ってみたいとかニッチもさっちも行かない運命の中に陥って

*五日 自分の分を知る

自分の分を知らなきゃ卑しい希望や汚れた宿望を炎と燃やしても、ろくな仕事は出来ないし不渡りを食う結果が来るのだ。五貫目の力しかないのに十貫目のものを持ち上げるとどんな結果に成るか、と云う事を考える事だ。自己認証とと云う事は自分の分を知ると云う事これが本当の自己認証である。

*六日 吾在る処

古聖の教えにも吾在る処に常に光あらしめん・我往く処に又光明を点ぜんと云うのがあるが、誠と愛の心を持って万物の接する時、期せずして其れは光明となるのが必至である。是こそ真に最も近くして最も遠く最も新しくで最も古き乃ち久遠より永劫への昭(証)として一貫する不易の人生哲学と人生科学の真髄である。

*八日 刹那心機の転換

常に心掛けねばならない事は刹那心機の転換と云う事である。刹那心機の転換と云うのは言い換えれば如何なる事でも即座に心を積極的に切り替えることを言うので、禅の方では熱殺寒殺と云う言葉があるのも要するにこれと同義諦なのである。この言葉は即ち暑さに対しても寒さに対しても其れを思わぬ事、其れに心を懸り合わせぬ事さすれば寒暑何ものぞ否一切の人事世事皆是と相等しと云う、所謂心機転換の妙を説示した偈語なのである。

*十一日 真心を持った行為

人間の行為に真心の籠って為されるものとその否との場合はその結果の事実の如何に拘りなく、その行為の尊さと云うものに頗る格段の相違がある。例えば他人の危難を救うと云う様な場合報償を目当てにして人を救ったのと、断然報償等を念頭に置かずに救ったのとは、例え敢然として難を冒して救ったというその行為と事実とは同様であろうとも、その行為の尊さには全然大きな隔たりがある。

*十四日 真理は事情に同情しない

自分の仕事や又は為す事等が思い通り上手くいかないと、とてもがっかりしたりへこたれて憐れな程意気を消沈する人が有るが、何れにしても人生斯うした心構えでは幾ら学識が有ろうと金持ちであろうと更に社会的の地位を持っておろうと、真理と云うものは事情に同情しないのであるから只徒に不幸な状態に自分を心ならずも導入して、結局は往生の時を早めるだけのこと以外何も値打ちのある事は人生に招来されない。

*十六日 睡眠は精力復活の恵み

特に就寝前には心痛憤怒煩悶悲観と云う様な仮初にも心を暗くするが如き、消極的の思考は断然心に抱か〆ぬ様努めて習慣付けなければならない。要するに睡眠と云う自然の与えてくれた精力復活の恵まれた時に本当に親しむのには、落ち着いた楽々とのんびりした気分が最も肝要なのである。

*十八日 臨機応変

世の中を見てみるにその日々の生活を行う際「力」の使い方を考えない為、力を働かさずに力のみ入れると云う力の無駄遣いをしている傾向がある。県の極意は変機に処する以外には徒に力を入れぬ事である。此れが臨機応変の要訣である。人生生活を完成する命の力の使い方も亦これ以外にない

*二一日 大定心

大定心と云うのはどんな時どんな事にも些かも動揺せぬ心、言い換えると如何なる場合に怯じず怖れず急がず焦らず何時も淡々として極めて落ち着いている心である。此れをもっと適切な状態で云えば何事も無い時の心と同様の心の状態である。あの古い句で有名な「湯上りの気持ちを欲しや常日頃」というのが此の心持を最も真実に形容表現している。要するに何事も無い時の平静の心こそ大定之心也と云う事である。

*二四日 心や肉体が自己ではない

心や肉体が人間=自己に対してどんな関係にあるかについて説明しよう。心や肉体は人間そのもののように見えるが実はそうではなく、人間がこの世に活きるのに必要な色々な方便を行うための道具と云う関係である。哲学的に言えば心や肉体は人間の個体生命の生存と生活を確保存続させるに必要な不可分的生命付属物なのである。故に心や肉体は人=自己ではなく益してそれが人=自己の本体ではないのである。

*二七日 思考の客観的批判

兎に角お互いに真理に則って正しい向上への人生を建設し様と云う者は、自己の心の行う思考状態の客観的批判を刹那刹那実行する位の余裕を心にもたして活きるのが、本当に生活を味わい得る貴重な人生真理だと悟らなければならない。そしてその余裕を現実に心に創る事を常住の心掛けとすべきである。

*二九日 人間の死と云うもの

たった一つの宇宙の根本が産出したものが森羅万象である。従って一切の森羅万象と称するものは宇宙根本のエネルギーの分派によって創られている。形がつまり目の前にあると云うのは宇宙根本の力がまだ籠っているからである。その力が抜けてしまえば形を現象界から消して根源要素に還元しなければならない。人間死と云うのもそう云う事なのである。

*三一日 つまらない考え方

心の弱い卑怯な人に為ると何か自分には運命が向いていないだとか、世間がまだ本当に認めてくれないだとか、最呆れた奴に為ると整備が整っていないだとか誰々が手伝ってくれないとか、何か上手くいかない時に自分以外のものの所為にする人がいますがとんでもない了見違いですよ。やれ運命が詰まらないの人生が詰まらないのって人はその考え方が詰まらないんです。いいですか幸福も健康も成功も他にあるんじゃないんですぜ。貴方方自身の中にあるんだぜ。

中村天風のことば

中村天風一日一話

元気と勇気が湧いてくる哲人の教え366話

2005年8月22日初版発行PHP文庫 2006年12月1日第一版第18刷発行 発行所 PHP研究所

因みに中村天風とは何者か!ご存じの方は多いと思いますがウィキペディアでは 日本の自己啓発講演家、思想家、ヨーガ行者。実業家、大日本帝国陸軍諜報員、玄洋社社員。孫文の友人であり、中華民国最高顧問の称号も持った。天風会を創始し心身統一法を広めた 。

また、学生時代に喧嘩で相手を刺殺、日清日露戦争当時は軍事探偵として活動する。戦後結核にかかり、ニューソート作家の著作に感銘を受けて渡米し、世界を遍歴。インドでのヨーガ修行を経て健康を回復し悟りを得たとされる。日本に帰国後、一時は実業界で成功を収めるも、自身の経験と悟りを伝えるために講演活動を開始。その教えを学んだ各界の著名人の中には、松下幸之助など日本を代表する実業家も含まれる。 と概略では紹介されています。

※ニューソートとは(ウィキペディアより)
19世紀後半にアメリカ合衆国で始まったキリスト教における潮流のひとつで、一種の異端的宗教・霊性運動の一つという事の様です。

短い言葉の中に人生の生き方・考え方が凝縮されている様にも感じます。全て実践できればいいですね~。

【二月の言葉】

*一日 苦しみを微笑みに変えて

悲しい事や辛い事があった時すぐ悲しんで辛がってちゃいけないんだよ。そう云う事があった時すぐに心に思わ占めねばならない事があるんだ。其れは何だと云うと総ての消極的な出来事は我々の心の状態が積極的に成るともう人間に敵対する力が無くなってくるものだと云う事。だからどんな場合にも心を明朗に一切の苦しみを微笑みに変えて往く様にしてご覧そうすると悲しい事辛い事の方から逃げていくから。

*四日 生命の強度を保つ

複雑多端なる人生に於いて常に多種多様の病的刺激や健康生活を破壊する障害が文化が進程色々と形を変えて増殖してくるのは必然である。唯漫然と我意の赴く儘に生活していれば刺激や障害に抵抗できず病弱になる。まして人間の生命は発育期間を過ぎれば年と共に衰退していくのは当然である。然しその衰退の速度を幾分でも緩和防止して活きてこそ聡明な人生態度だと云えるのだ。常に肉体生命の強度を積極化すべく訓練的の方法を持って生活する事である。

*六日 言葉を選択しよう

人間が人生に生きる場合に使う言葉を選択しなきゃ駄目なんですよ。一言一言に注意してもいい位いくら注意しても貴方方はヒョイと気付かずに消極的なことを言ってますぜ。兎に角習いは性でありますから人と口を聞く時でも参ったへこたれた助けてくれ困っちゃった何て事は云わない事。飽く迄も自分の心と云うものを颯爽溌溂たる状態にしておく為には今言った様な消極的な否定的な言葉は断然用いない事。

*七日 天風式クンバカハ法

腹が立つ事心配な事怖ろしい事、何かにつけて感情の刺激衝動を心に感じたらすぐ肛門を締めちまう。そしてお腹に力を込めると同時に肩を落としちまうんだ。この三か所がそうした状態にされた時に初めて感情や感覚の刺激衝動が、心には感じても神経系統に影響を与えないと云う所謂影響を減ずる効果がある。

*九日 考え方が人生を分かつ

心が積極か或は消極かで人生に対する考え方が全然両極端に相違してきてしまう。心が積極的であれば人生はどんな場合も明朗颯爽溌溂、勢いの満ち満ちたものになりますけれども反対に消極的だと、人生の総てがずっと勢いを失くしてしまいます。人生を考える自分の心が消極的だと総てが哀れ惨憺光の無い惨めなものに終わりゃしませんか。人生がたった一回である以上たった今からでも出来得る限り完全な状態で生化さなければいけません。

*十二日 生命の力

人生設計に絶対的に必要とする声明の力とはどんなものかと云うと次の六つに分類する事が出来る①体力②胆力③精力④能力⑤判断力➅断行力である。此の六つの力の何れかひとつでも欠乏しまた不完全であると、人生の根本理想は根底から覆される事になるのは必至であるのを見逃すことは出来ない。

*十四日 認識力の養成と自己統御

認識力の養成と云う事と自己統御と云う事は一体どんな関係があるのだろうか。是を簡単に説明すれば認識力を適当に涵養しないと心の固有する知覚作用が正確さを失い、その当然の帰結として正しい自覚とか或は悟りとか亦は第六感と云う様な、所謂高級意識に属する精神作用が低調に成り、牽いては完全な自己統御と云う事が充分よく行えなくなると云う人生に対する重大な事実があるのである。

*十八日 清濁併せ呑む寛容さ

例え自分自身の心が積極心になり得たとしても、自己の心の状態を基準にして他人の心を推し量る事が在っては絶対にいけない。より分かり易く言うと自分に対しては常に厳しくあらねばならないが、是を他人に押し付けてはいけないのである。即ち他人に対しては清濁併せ呑むと云う寛容さを持つ事である。若しもこれを失うと他人との勝ち負けに拘る心が瞬時に顕れて来て積極心の保持を妨害するからである。

*十九日 睡眠について

睡眠を真に催した時に睡眠し然らざる時には睡眠するべく無駄な努力を為さぬのが最も聡明である。色々の方法や手段を講じて無理にも眠ろうと彼是と種々の努力をしても中々思うように眠れないものである。其れは何とか眠ろうと焦れば焦る程神経が興奮する爲で、その上に懸る無駄な努力をすると勢力の二重疲労を将来する結果に陥るのである。

*二二日 悟りについて

悟りと云うのは自分の心が真理を感じたときの状態を言うのである。従って真理を自分の努力で自分の心で感じるのも人の悟りを耳から聞いて自分の心に受け入れるのも、受け入れ方に相違があるだけである。受け取って仕舞えばその結果は同じである。真理を受け入れる時の心の状態が悟りを開く上に密接な関係であるからこそ安定打坐で心を綺麗にさせているのである。

*二四日 私心無き言行

人と人との世界に活きるお互い人間はどんな場合にもお互いの間柄を天風教義のディクラレーション(宣言)にも宣言してある通り、常に如何なる場合にも偏りのない公平な美しい愛情と真の誠実さを心として、貴い思い遣りで助け合うと云う所謂文字通り親切本意で共に生きる事が最高の理想で有らねばならない。しかも其れを真に実現化するには要するに私心の無い言行が何を於いても必要とされる。

*二七日 内省検討

日常の人生を生きる際にどんな些細な人事世事に対しても、今現在の自分の心は積極的かしらん消極的かしらんと云う事を厳格に第三者の心になって、常に検討することが必要なのであります。そして少しでも自分の心の中に消極的なものを感じたならば断然それを心の中から追い出してしまわなければいけない。己の心の中にあるものは己の心を明るく朗らかにするもの已と云う心掛けが必要なんです。

*二八日 不平不満を口にしない

どんな場合があっても不平不満を口にしない事。此の不平不満がここの中にあるとどうしてもその言葉が積極的に成りません。不平不満のある人は始終上ばかり見て舌を見ないでいる。傍は皆幸福で自分だけがこの世の中で一番不幸な人間のように考えている。この考え方から出てくる言葉は必ず未練で有愚痴でありもう価値のない世迷言だけである。

中村天風の言葉 1月

中村天風一日一話

元気と勇気が湧いてくる哲人の教え366話

2005年8月22日初版発行PHP文庫 2006年12月1日第一版第18刷発行 発行所 PHP研究所

因みに中村天風とは何者か!ご存じの方は多いと思いますがウィキペディアでは 日本の自己啓発講演家、思想家、ヨーガ行者。実業家、大日本帝国陸軍諜報員、玄洋社社員。孫文の友人であり、中華民国最高顧問の称号も持った。天風会を創始し心身統一法を広めた 。

また、学生時代に喧嘩で相手を刺殺、日清日露戦争当時は軍事探偵として活動する。戦後結核にかかり、ニューソート作家の著作に感銘を受けて渡米し、世界を遍歴。インドでのヨーガ修行を経て健康を回復し悟りを得たとされる。日本に帰国後、一時は実業界で成功を収めるも、自身の経験と悟りを伝えるために講演活動を開始。その教えを学んだ各界の著名人の中には、松下幸之助など日本を代表する実業家も含まれる。 と概略では紹介されています。

※ニューソートとは(ウィキペディアより)
19世紀後半にアメリカ合衆国で始まったキリスト教における潮流のひとつで、一種の異端的宗教・霊性運動の一つという事の様です。

短い言葉の中に人生の生き方・考え方が凝縮されている様にも感じます。全て実践できればいいですね~。

【一月の言葉】

*一日 生きる力

凡そ人間としてこの世に生まれ人間として人生に活きる為に第一に知らねばならぬ事は、人間のいのちに生まれながらにして与えられた生きる力に対する法則である。真自分の命の中に与えられた力の法則と云うものを正しく理解して人生に活きる人は、真に限りなき強さと歓喜と沈着と平和とを作ろうと思わなくても出来上がってくるようにできてくるのである。其れを一番先に我々は知らねばならない。

*二日 変転極まり無きが人生

事無き世界に生きている時の自分を幾ら明瞭に認識したからと云って、人生が事無き世界でもって一生を終わって仕舞うなら兎も角変転極まりなきが人生の常。何か事のあった時に慌てやしないか。思いがけない事件に出くわした時に狼狽えやしないか。冷静な考え方がめちゃめちゃになって仕舞わないかと云う様な自分の欠点や短所を有事の際にどうな風という事を深く掘り下げて考えなきゃ駄目なんだ。そうすると自然と自分と本当の姿と云うものが自分の心に映ってくる

*四日 人生を考えるという事

現代人の考え方は唯生活の当面の事だけを考えてそれで人生を考えているように思っている。もっとはっきり言えばこうやって生きている毎日その日の生命の生活の事だけを考えるのが、何か人生の先決問題のように考えている。喰うこと着る事儲ける事遊ぶこと、勿論それも必要な事だから考えるべきものではあるかもしれない。併しだからと云って其れだけを考えていれば人生すべてが解決すると思う考えはどうかと思わないか?

*六日 自然法則に従って生きる

人間は自然物の一つであるからこそ当然自然の法則に従って生きるべきである。自然界にはその種を問わず自然の法則に背反している者は絶対に存在しないのが事実である。それ故人間は真の健康を確立し無病で且長寿でその生涯を全うするには何を於いても自然法則に順促して生活する事が鉄則である。

*九日 自分で蒔いた種

総ての人生の出来事は偶然に生じたものじゃありません。アクシデント(事故)と云うものは自己が知る知らないを問わず必ず自分が蒔いた種に花が咲き実がなったんです。活きる心構えと云うものに正しい自覚がそして反省が常に油断なく行われていないで生きると全然自分が気の付かないような悪い種を健康的にも運命的な方面にも蒔いてしまうんです。

*十一日 欲を捨てることは出来ない

天風哲学は断固としてこう断言します。人間の欲望と云うものは絶対に捨てることは出来ないのであります。其れを捨てる事の出来るように説いてる釈迦もキリストもマホメットも多くの人々に私から言わせましたら偽りを言っているんだと遠慮なく言いたい。私は欲なんて棄てません。私と同様真理の中で生きる立派な人間をこの地上にできるだけ増やしたいと云う欲望で一生懸命この仕事をやっているんだもん。

*十四日 思考そのものが人生

厳格に考定すれば人生とは実は思考そのものなのである。否極言すれば人生即思考とも云えるのである。これをもっと釋言すれば思考の量と質の両者の総合現象が人生なのである。而してこの厳粛な事実を考慮すると仮に思考と生命との関係が大して問題にする程重大でないと仮定しても叙上の如く思考そのものが人生である以上は凡そ思考程人としてこの世に活きる場合これ以上重大なものはないと厳格に考えるべきだと云わねばならない。

*十七日 毎朝心から感謝する

先ず第一に毎朝寝覚めたら今日も亦生きていた事を心から感謝するという事を今日一日の生命への出発の第一歩とする事。大抵の人は毎朝目覚める事を何か当然の事であるかの様に考えている。処がいつ何時どんな事で自己の命が失われるかも知れない。又実際に於いて何時かは絶対に目覚めぬ永久の眠りに入ってしまう時が来る。と云う一大事を考えると毎朝目覚めた時自分の活きていることを直感して刹那限りない感謝を感じないではいられないと思う。

*二十日 呼吸法

呼吸法は単に肉体生命の生きる力に対してばかりでなく、更に進んで高級な精神生命機能の方面迄その効果を及ぼす事を目的として創造している。即ち呼吸作用は酸素を吸って二酸化炭素を出すと言う様な単一的な生理現象に対してだけでなくよりもっと重大な人間の根源的な方面に迄密接な関係がある。

*二十三日 求道とは実行である

幾ら素晴らしい教えであっても是を実行しなければ其れは絵に描いた餅に過ぎない。例えば積極心を身につけるに能って感謝の念が重要である事はよく知って要る筈だがいざとなると不平不満が先行して中々実行が伴わない。その点傑出した先達に見られる求道の精神は文字通り絶対不断であった。積極心を本当に絶対的にしたければその手始めに一切の不平不満を感謝に置き換える努力を怠らない事である。

*二十六日 心の思考が人生を創る

可能な限り消極的な気持ちで肉体を考えないようにすることが何よりも大切である。特に病の時は病を忘れる努力をすべきである。一言で言うならば人間の健康も運命も心一つの置き所。心が積極的方向に動くのと消極的方向に動くのとでは天地の相異がある。ヨガ哲学ではこれを心の思考が人生を創ると云う言葉で表現している。

*二十九日 初一念貫徹による成功

東洋の豊臣秀吉西洋のナポレオンは僅かな年月の間に立派な兵馬の権を手にして天下に君臨しております。又フランクリンやエジソンの如き偉大な発明や発見を敢えてした人々何れも心の態度が積極的でありました。ですからどんな艱難辛苦に遭遇して不僥不屈その強い心で何事にも脅かされずに能く此れを乗り越えてそして初一念を貫徹する強い心があの人達を成功させたのであります。

*三十日 自消極的言葉の厳禁

絶対に消極的な言葉は使わない事、否定的な言葉は口から出さない事、悲観的な言葉なんか断然もう自分の言葉の中にはないんだと考える位な厳格さを持っていなければだめなんです。

一日一話 松下幸之助

二月の言葉

石走る垂水の上の早蕨の 
萌え出づる春になりにけるかも  志貴皇子


*一日 天は一物を与える(イ)

この世に百パーセントの不幸と云うものはない。五十パーセントの不幸はあるけれども半面其処に五十パーセントの幸せがある訳だ。人間は其れに気付かなければいけない。兎角人間の感情というものは上手くいけば有頂天になるが、悪くなったら悲観する。是は人間の一つの弱い面だが其れをなるべく少なくして、いつの場合でも淡々とやる。信念を持っていつも希望を失わないでやることだ。天は二物を与えずと云うが、逆になるほど天は二物は与えないがしかし一物は与えてくれるということが言えると思う。其の与えられた一つのものを大事にして育て上げることである。

  • 1268年(文永5-旧1/17)モンゴル帝国の使者来朝元寇のきっかけ
  • 1954年(S29)マリリンモンロー来日
  • 2003(H15)米スペースシャトルコロンビア号テキサス上空で空中分解 今日はTV放送記念日 Memo参-百朝集(安岡正篤著)六然

*六日 正しい国家意識(ラ)

昨今の国際情勢は一方で世界は一つと云いつつも、その一方で各国が過度の国家意識に立ち自国の利害を優先して仕舞う為、対立や紛争が一向に絶えない。それでは日本はどうかと云うと、反対に国家意識が極めて薄い為却って問題が起こっている様である。個人でも正しい自己認識、人生観を生み出し自主性を持って生きていってこそそこに初めて他の人々に対しても奢らず、諂わず仲良く付き合っていける譯である。国でも同じことである。国民が正しい国家意識を持ち、他の国々と交流していくことが大切であろう。過ぎたるもいけないが及ばざるもいけない。

  • 今日は海苔の日
  • 関連項目1/11・2/11memo‐正しい自己認識

*九日 一歩一歩の尊さ(タ)

仕事はいくらでもある。あれも作りたい是も拵えたい、こんなものがあれば便利だ、あんなものも出来るだろうと次から次へと考える。その爲には人が欲しい資金が欲しいと願うことには際限がないが、一歩一歩進むより他に到達する道があろうか。それは絶対にない。やはり一歩一歩の繋がり以外に道はない。坦々たる大道を一歩一歩歩んでゆけばそれでよい。策略も政略もいらない。一を二とし、二を三として一歩一歩進んでゆけば遂には彼岸に達するだろう。欲しいと願う人も一人増えまた一人増えて遂には万と数えられよう。一歩一歩の尊さをしみじみと味わわねばならぬ。

  • 今日は河豚(フク)の日
  • memo-大道を行く亀の如
  • 2009/2/9 MLMのFLJ経済相より行政処分(19日)

*十一日 国を愛する(ナ)

我が国は戦後相当立派な成長を遂げてきましたが、不思議に愛国心と云う言葉がお互いの口から出ません。時たま出てもあまり歓迎されない状態です。愛国心と云うものは国を愛する餘に他の国と戦いをすることに為ると云う人もあります。併し決してそうではないと思います。国を愛すれば愛する程、隣人と仲良くしていこう友好を結んでゆこうという事になるだろうと思うのです。お互いが自分を愛するように国を愛し、隣人を愛す。そうする事によって其処に自分の幸せも築かれていくと思うのです。疎の様な姿をお互いに盛り上げていくことが国民としての大きな使命ではないでしょうか。

  • 2020年(R2)野球人野村克也逝84歳
  • 今日は建国記念日 
  • Memo―愛国心 使命感

*十三日 一人の力が伸びずして(ヌ)

自分は一年にどれだけ伸びているか、技術の上に或は社会に対する物の考え方の上に、どれだけの成長があったか、その成長の度合いを測る機械があれば是は簡単に判ります。併し一人一人の活動能力と云うか知恵才覚と云うか、そういう総合の力が伸びているかどうかを図る機械はありません。けれども私は5%なり10%或は15%伸びたと自分で云えるようでないといけないと思います。やはり一人一人が自分の力でどれだけの事をしているかという事を反省してみることが大切です。一人一人の力が伸びずに社会全体の力が伸びると云う事はないと思うのです。

  • 1219年(健保7旧1/27)源実朝公暁に斬殺さる 
  • 2017年(H29)マレーシアクアラルンプール空港にて北朝鮮の第2代最高指導者金正日の長男金正男が、顔面に神経剤VX」を塗られ毒殺
  • 今日は銀行強盗の日
  • Memoー向上心➡個人の能力アップ

*十八日 日本式民主主義を(ラ)

民主主義の基本理念というものは真に好ましいものであり、これを取り入れ国家国民の調和ある発展繁栄を計っていくことは極めて重要なことだと云えます。けれどもそれは日本の伝統国民性と云うものに立って行わなくてはなりません。基本の理念は同じでも具体的な形態は其々の国民性に従って様々でなくてはなら・ない。謂わばアメリカにはアメリカ式民主主義フランスにはフランス式民主主義、日本には日本式民主主義がなくてはならないと思うのです。それを日本自らの伝統を忘れて、アメリカやフランスのようにやろうとしても、根無し草の民主主義に終わってしまうでしょう。

  • 今日は嫌煙運動の日
  • 基本・特異性・国民性➡パーソナリティ

  • *十八日 日本式民主主義を

民主主義の基本理念というものは真に好ましいものであり、これを取り入れ国家国民の調和ある発展繁栄を計っていくことは極めて重要なことだと云えます。けれどもそれは日本の伝統国民性と云うものに立って行わなくてはなりません。基本の理念は同じでも具体的な形態は其々の国民性に従って様々でなくてはなら・ない。謂わばアメリカにはアメリカ式民主主義フランスにはフランス式民主主義、日本には日本式民主主義がなくてはならないと思うのです。それを日本自らの伝統を忘れて、アメリカやフランスのようにやろうとしても、根無し草の民主主義に終わってしまうでしょう。

  • 今日は嫌煙運動の日
  • 基本・特異性・国民性➡パーソナリティ

*二三日 道徳は水と同じ

戦後の我が国では道徳教育というと何か偏った風に思われることが多いが、私は道徳教育はいわば水と同じではないかと思う。人間は活きる為にどうしても水が必要である。処がこの水に何か不純物が混じっていてそれを飲んだ人が病気になった。だからと云って水を飲むことを一切否定してしまったらどうなるか。大切なことは水そのものの価値効用を否定してしまうことではない。水の中の不純物を取り除くことである。嘗て道徳教育の中に誤った処があったからといって道徳教育そのものを否定してしまう事は其れこそ真実を知らぬことではないか。

  • 1960年(S35)近上天皇(令和)誕生日
  • 今日は五大力尊仁王会(醍醐寺)
  • 富士山の日

*二八日 感謝の心は幸福の安全弁

感謝の念という事は是は人間にとって非常に大切なものです。見方によれば総ての人間の幸福なり喜びの根源とも云えるでしょう。従って感謝の心の無い処からは決して幸福は生まれてこないだろうし、結局は人間不幸になると思います。感謝の心が高まれば高まる程それに正比例して幸福感が高まっていく。つまり幸福の安全弁とも言えるものが感謝の心とも言える訳です。疎の安全弁を失ってしまったら幸福の姿は瞬時のうちに壊れ去ってしまうと云ってもいいほど人間にとって歡ッ社の心は大切なものだと思うのです。

  • 今日はエッセイの日
  • Memo‐幸福の根源は感謝の心➡本質

*二九日 健康管理も仕事の内

会社生活をしていく上で何といっても大切なのは健康それも心身共の健康です。いかに優れた才能が有っても健康を損ねてしまっては充分な仕事も出来ず、その才能も生かされないまま終わってしまいます。出羽建工の為に必要なことは何かと云うと栄養であるとか、休養とか色々あるでしょう。しかし特に大切なのは心の持ち方です。命を懸けると云う程の熱意を以て仕事に打ち込んでいる人は少々忙しくてもそう疲れもせず病気もしない、ものです。お互い自分の健康管理も仕事の内という事を考え人夫々のやり方で心身ともの健康を大切にしたいものです。

  • 2012年(H24)東京スカイツリー完成
  • 今日はニンニクの日
  • Memo‐心の在り方・懸命ということ

感謝の心と素直な心は人間が幸福に生きていくうえで一番忘れてはならないことようですね                                     「幸せだから笑うのではない笑うから幸せなのだ Alain」

一日一話 松下幸之助

八月の言葉

天の原ふりさけみれば春日なる 
三笠の山に出でし月かも      安倍仲麻呂              

三日 強固な精神力を

その昔日蓮上人は唯一人の聴衆の姿も見えないと云う時でも巷に立って我が信念を説いたと云います。何をほざくかと馬糞を投げられ石を投げられ散々な侮辱を蒙っても、彼はびくともせず日本の安泰の為に民衆の幸福の為に我が信念を傾けました。日蓮上人のそういう態度と比べてみると我々と同じ人間でありながら大変な相違があるなと云う感じがします。今我々に必要なのは日蓮上人のあの強固な精神力です。日蓮上人と迄は行かなくてもせめて自分の仕事に一つの使命感を感じこれに情熱を傾けて精進する積極的な自主独立の精神を養いたいものです。

  • 今日は蜂蜜の日
  • Memo-松下幸之助は弘法大師・日蓮等偉大な宗教家の行動力実行力に注目➡信念

*十日 欲望は生命力の発現

欲の深い人はというと普通は善くない人の代名詞として使われている様陀。所謂欲に目がくらんで人を殺したり金を盗んだりする事件が余りにも多い為であろう。しかし人間の欲望と云うものは決して悪の根源ではなく人間の生命力の表れであると思う。例えて云えば船を動かす蒸気力の様なものであろう。だから是を悪としてその絶滅を計ろうとすると船を止めてしまうのと同じく人間の生命をも絶ってしまわねばならぬことに為る。つまり欲望それ自体は善でも悪でもなく生其の物であり力だと言って良い。だからその欲望を如何に善に用いるかと云う事こそ大事だと思う。

  • 今日は道の日 
  • Memo―行動の原動力・コントロール要 

*十五日 平和の価値を見直す

最近平和と云うものが何か言わば空気や水の様に極当然に存在するものと云った感じが強くなってきたのではないだろうか。平和の貴重さ有難さが段々忘れられつつあるように感じられる。其れは危険な事だと思う。平和は天然現象ではない。人為と云うか人間の自覚と努力によって初めて実現され維持されるのである。だからこの際お互いにもう一度平和の価値と云うものを見直してみたい。そしてこの価値を知ったうえで国民として何を為すべきかを考え合いたい。差もないと折角続いたこの貴重な平和を遠からずして失う事にも成ってしまうのではないだろうか。

  • 今日は終戦記念日

*十六日 道徳は実利に結びつく

社会全体の道徳意識が高まれば、先ずお互いの精神生活が豊かに成り少なくとも人に迷惑を舁けない様になります。それが更に進んで互いの立場を尊重し合う様に成れば人間関係も良くなり、日常活動が非常にスムーズに行く様になるでしょう。又自分の仕事に対しても誠心誠意之に当ると云う態度が養われれば、仕事も能率的に成り自然により多くのものが生み出される様になる。つまり社会生活に物心両面の実利実益が生まれてくると云えるのではないでしょうか。そう考えるならば私達が道徳に従って全ての活動を行うと云う事は、社会人としての大切な義務だと云う事にも成ると思います。

  • 今日は女子大生の日
  • 参考=渋沢栄一「論語講義」「論語と算盤」安岡正篤「百朝集」

*二一日 カンを養う

カンと云うと一見非科学的なものの様に思われる。併し勘が働く事は極めて大事だと思う。指導者は直観的に価値判断の出来るカンを養わなくてはいけない。其れではそうしたカンはどうしたら持つ事が出来るのか。是は矢張り経験を重ね修練を積む過程で養われていくものだと思う。昔の剣術の名人は相手の動きを勘で察知し切っ先三寸で身を躱したと云うが其れは其れこそ血の滲む様な修行を続けた結果であろう。その様に指導者としても経験を積む中で厳しい自己鍛錬に拠って真実を直感的に見抜く正しいカンというものを養っていかなくてはならない。

  • 今日は献血記念日
  • Memo-安岡正篤「百朝集」87章。運時命数
  • 阿羅耶識―潜在意識の活性化

*二六日 矢面に立つ精神

人間が大事に際して其の難局の矢面に立つと云う事は人生としては怖ろしい事であり大変に勇気のいる事である。スリルがあるとか或はこれは面白いなと云う人も今日の青年の中には居るかもしれないが、本当に腹を割った処あまり愉快ではないと思う。併しこういう場合に敢然としてその矢面に立つ事も男子の本懐と喜んで事に当る事も大切である。そしてそういう人こそ大事に於いて狼狽えずものを決断する事が出来る人であり人多くして人無き社会に於いて本当の人物として立って行く事の出来る人であると云う想いがする。

  • 今日はマザーテレサの日
  • Memo^人物と云うは如何なる様な人か

*三一日 辛抱が感謝になる

我々が一生懸命に仕事をしても世間が其れを認めてくれなかったら非常に悲しい。そんな時その悲しさが不平となり出てくるのも一面無理のない事だと思う。然し認めてくれないのは世間が悪いという解釈もできるがまあ一寸辛抱しよう。今認めてくれなくてもいつか認めてくれるだろう。とじっと耐え忍びいい仕事を続けていくと云うのも一つの方法である。そして認めて貰ったら是は非常に嬉しい。その嬉しさが感謝になる。より多く我々を認めてくれた社会に対して働かなくてはいけないと云う感謝の心になってくる。そういう心が無ければいけないと思う。

  • 今日は野菜の日 Memo―謙虚

26日の「矢面に立つ」は今、現在進行形で、日本のリーダー・政治家・官僚・各省庁責任者たちが尤も肝に銘じてもらいたいと思う言葉だが、残念なことには、事あるごとにその真反対な対応が目立つように感じる。                     日本全国、上へ倣えで下々迄如何言い逃れるかに汲々としているように感じるが・・・

一日一話 松下幸之助

六月のことば

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昔見し象の小川を今見れば いよよ清けくなりにけるかも  大伴旅人

二日 主座を保つ

指導者と云うものはどんな時でも、自分自らこの様にしよう・こうしたいと云うものは持っていなくてはならない。そういうものを持った上で他人の意見を参考として取り入れる事が大事なのであって、自分の考えを持たずして只他人の意見に随うと云うだけなら、指導者としての意味はなくなってしまう。要は指導者としての主体性というか主座と云うものを確り持たなくてはいけないという事である。主座を保ちつつ他人の意見を聞きある種の権威を活用していく。そういう指導者であって初めてそれらを真に活かす事が出来るのだと思う。

  • 1582(天正10)本能寺の変 
  • 1985年(60)つくば科学技術博覧会
  • 2010年(H22)民主党鳩山首相退陣
  • 宇宙ステーションより宇宙飛行士野口聡一帰還
  • 今日は路地の日
  • Memo―臨済録➡臨済禪師 隋処作主立処皆眞 百朝集(六然)

八日 富の本質

時代によってと身に着いての考え方も変わってきます。これ迄は単に蓄積された物がと富と考えてきましたが経済の進歩した今日では。その物を生産し得る能力生産力こそが真の富とも考えられます。それでは生産力だけを増やせばいいかと云うと決してそうではありません。生産は必ず消費に相応じなければなりません。幾ら生産してもそれが消費されなければ何の値打ちも持ちません。即ち消費力があればこそ生産力があるのです。従って生産力と消費力のバランスをとりつつ増大させて行く事が富の増大で有り、繁栄の道も其処から生まれてくると云えるのではないでしょうか。

  • 2001(H13)大阪教育大付属池田小学校等乱入殺傷事件-宅間守 
  • 2008(H20)秋葉原無差別殺傷事件 
  • 今日はバイキングの日
  • Memo―経済活動の循環・消費力

十二日 公明正大

後漢の時代に高潔を謳われた楊震と云う政治家がいた。この人がある地方の太守として赴任して行った処偶々以前に引き立ててやった王密と云う人が夜分に訪ねて来て大枚の黄金を楊震に贈ろうとした。楊震が受け取るのを断ると王蜜はこんな夜中でこの部屋には私達二人しか居ないのですから誰にも判りませんよと云った。その時に楊震は誰も知らないと云うが君と私自身が知っているではないか斯う言ったと云う。他人が知っているという事よりも先ず自らの心を問うて疾しい処がないか公明正大であるかと云う事が大切だと思うのである。

  • 今日は恋人の日
  • Memo―天網恢恢疎にして漏らさず・天知る地知る己知る

十五日 批判は後でよい

賢い人は伴すれば批判が先に立って目前の仕事に没入しきれない事が多い。此の為折角優れた頭脳と知恵を持ちながら批判ばかりして結局は簡単な仕事も満足に出来ない事がある。処が逆に人が見れば詰らないと思われるような仕事にもバカの一つ覚えと云われるぐらいに全身全霊を打ち込む人がいる。此の姿は全く尊く見ていても頭が下がる。仕事に成功するかしないかは第二の事、要は没入する事である。批判は後でよい。兎に角一心不乱に成る事だ。斯うした努力は必ず実を結ぶと思う。其処からものが生まれずして一体どこから生まれよう。

  • 今日は信用金庫の日
  • Memo-馬鹿と莫迦の違い

十九日 美と醜

私の自宅の近くに水のきれいな池がある。水面に周囲の樹々の姿を映し誠に風情がある。処がこの池が一頃雨が降らなくて底の大半を露出してしまう迄になった。移すべき何物も無く醜い底を露呈するばかりである。美の半面には醜があるーそんな思いである。お互い人間も是と同じ事ではなかろうか。美と醜とが相表裏している処に人間の真実がある。とすれば美の面の巳に捉われてその反面の醜を責めるに急なのは人間の真実と云うものを知らないものである。温かい寛容の心を持って接し合う事がお互いに明るく暮らす為の一番大事な事ではなかろうか。

  • 1945年(S20)福岡大空襲
  • 今日は元号の日・チャンピオンの日
  • Memo-安岡正篤「百朝集」34章人の是非

二二日 知識はあっても

先般あるお店で金庫の扉がガス溶接機で焼き切られて中から金を盗まれたと云う事件がありました。ガス溶接の知識を利用して扉を溶かした訳です。そういう泥棒がいるのです。都筑は幾ら持っていても人間の心即ち良心が養われなければ、そういう悪い方面に心が働き知識は却って仇を為すと云う様な感じがします。今日新しい知識が無ければ生活に事欠くと云う位知識は大事なものです。其れだけに知識に相応しい人間人心と云うものを育てる事が非常に必要な事ではないかと思うのです。

  • 1965年(S40)日韓国交 2010年(H22)広島マツダ自動車工場構内車暴走事件
  • 今日はカニの日・ボーリングの日
  • Memo―安岡正篤「論語・老子・禪」智慧と理性

三十日 健康法は無くても

私は若い頃から病弱であったが、戦中戦後の無我夢中で働かざるを得ない時期を経て健康体になり今でもまだ元気でいられる。健康法と云えるものは何もないと云っていい私にとって是は考えてみれば誠に有難い事だし本当に不思議なものだと思う。併し此れ迄の歩みを振り返ってみると私は一つの仕事が成就すると又すぐ次の仕事をと、絶えず目標を持って努めてきた。いま静かに思うとその繰り返しの中に張り合いがあり、そこに云わば死ぬに死ねないとでもいうか一種の緊張感が漲っていた。其処に生きる張り合いを感じ毎日を過ごしてきた様に思うのである。

  • 今日は集団疎開の日

松下幸之助翁が安岡正篤師の著書を読んでいたかどうかは定かではありませんが、多分大阪師友会等には出席され、言葉を交わしたことなどもあるのではと思います。著書を読んでる読んでないは別として、やはり達人の域に達した人の意見というか者のとらえ方見方は似たようなものになるのだなということを感じています。

一日一話  松下幸之助

二月の言葉

石走る垂水の上の早蕨の萌え出づる 春になりにけるかも 志貴皇子

一日 天は一物を与える

この世に百パーセントの不幸と云うものはない。五十パーセントの不幸はあるけれども半面其処に五十パーセントの幸せがある訳だ。人間は其れに気付かなければいけない。兎角人間の感情というものは上手くいけば有頂天になるが、悪くなったら悲観する。是は人間の一つの弱い面だが其れをなるべく少なくして、いつの場合でも淡々とやる。信念を持っていつも希望を失わないでやることだ。天は二物を与えずと云うが、逆になるほど天は二物は与えないがしかし一物は与えてくれるということが言えると思う。其の与えられた一つのものを大事にして育て上げることである。

  • 1268年(文永5-旧1/17)モンゴル帝国の使者来朝元寇のきっかけ
  • 1954年(S29)マリリンモンロー来日
  • 2003(H15)米スペースシャトルコロンビア号テキサス上空で空中分解  今日はTV放送記念日 Memo参-百朝集(安岡正篤著)六然

六日 正しい国家意識

昨今の国際情勢は一方で世界は一つと云いつつも、その一方で各国が過度の国家意識に立ち自国の利害を優先して仕舞う為、対立や紛争が一向に絶えない。それでは日本はどうかと云うと、反対に国家意識が極めて薄い為却って問題が起こっている様である。個人でも正しい自己認識、人生観を生み出し自主性を持って生きていってこそそこに初めて他の人々に対しても奢らず、諂わず仲良く付き合っていける譯である。国でも同じことである。国民が正しい国家意識を持ち、他の国々と交流していくことが大切であろう。過ぎたるもいけないが及ばざるもいけない。

  • 今日は海苔の日
  • memo‐正しい自己認識

十三日 一人の力が伸びずして

自分は一年にどれだけ伸びているか、技術の上に或は社会に対する物の考え方の上に、どれだけの成長があったか、その成長の度合いを測る機械があれば是は簡単に判ります。併し一人一人の活動能力と云うか知恵才覚と云うか、そういう総合の力が伸びているかどうかを図る機械はありません。けれども私は5%なり10%或は15%伸びたと自分で云えるようでないといけないと思います。やはり一人一人が自分の力でどれだけの事をしているかという事を反省してみることが大切です。一人一人の力が伸びずに社会全体の力が伸びると云う事はないと思うのです。

  • 1219年(健保7旧1/27)源実朝公暁に斬殺さる 
  • 2017年(H29)マレーシアクアラルンプール空港にて北朝鮮の第2代最高指導者金正日の長男金正男が、顔面に神経剤VX」を塗られ毒殺
  • 今日は銀行強盗の日

Memoー向上心➡個人の能力アップ

十八日 日本式民主主義を

民主主義の基本理念というものは真に好ましいものであり、これを取り入れ国家国民の調和ある発展繁栄を計っていくことは極めて重要なことだと云えます。けれどもそれは日本の伝統国民性と云うものに立って行わなくてはなりません。基本の理念は同じでも具体的な形態は其々の国民性に従って様々でなくてはなら・ない。謂わばアメリカにはアメリカ式民主主義フランスにはフランス式民主主義、日本には日本式民主主義がなくてはならないと思うのです。それを日本自らの伝統を忘れて、アメリカやフランスのようにやろうとしても、根無し草の民主主義に終わってしまうでしょう。

  • 今日は嫌煙運動の日
  • 基本・特異性・国民性➡パーソナリティ

二一日 人事を尽して天命を待つ

人事を尽して天命を待つと云う諺がある。是は全く至言で私は今も自分に時々その言葉を言い聞かせる。日常色々な面倒な問題が起きる。だから迷いも起きるし悲観もする、仕事に力が入らないことがある。是は人間である以上避けられない。しかしその時私は自分は是と信じてやっているのだから後は天命を待とう、成果は人に決めてもらおう・・こういう考え方でやている。小さな人間の知恵でいくら考えてみても、どうにもならぬ問題が沢山有り過ぎる。だから迷うのは当たり前である。そこに私は一つの諦観が必要だと思うのである。

二八日 感謝の心は幸福の安全弁

感謝の念という事は是は人間にとって非常に大切なものです。見方によれば総ての人間の幸福なり喜びの根源とも云えるでしょう。従って感謝の心の無い処からは決して幸福は生まれてこないだろうし、結局は人間不幸になると思います。感謝の心が高まれば高まる程それに正比例して幸福感が高まっていく。つまり幸福の安全弁とも言えるものが感謝の心とも言える訳です。その安全弁を失ってしまったら幸福の姿は瞬時のうちに壊れ去ってしまうと云ってもいいほど人間にとって歡ッ社の心は大切なものだと思うのです。

  • 今日はエッセイの日
  • Memo‐幸福の根源は感謝の心➡本質

感謝の念を持ち合わせていない人或いは感謝の気持ちの希薄なヒトは、真の幸福感も味わうことが出来ないということのようですね。これは、偉大な成功を収めた人の実感ということ。そう云へば、いつも不平不満を漏らしている人に、幸せそうな顔をした人は見当たりませんね❕❕

松下幸之助翁のことばは、現代版論語ともいえることばの宝庫❕❕               実践すべき処世哲学といえるのではないでしょうか❕❕

一日一話 十二月のことばから

                   松下幸之助

山里は冬ぞ寂しさまさりける 人目も草もかれぬと思へば   源宗宇朝臣

二日 忍ぶべきを忍ぶ

誠心誠意良いものを進めたけれども用いてくれないと云うので憤慨し、是は相手が暗愚だから仕様が無いと自棄になって結局打ち壊しになってしまうと云う事が儘有る様です。併しそう云う事では私は大した事は出来ないだろうと思います。用いてくれなければ時を待とう。是だけ説明して駄目だと云うのは是は時節が来ていないのだ―そう考えてじっと忍耐していく処から無言の裡に知らしめると云う様な強い大きな誠意が生まれてきます。そして其の内に相手が自ら悟る事にもなって其れが非常な成功に結び付く事にも成りましょう。

  • 今日は原子炉の日 

Memo-終戦詔書➡義を貫く至誠・安岡正篤:原文☞「義命の存する所堪え難きを耐え」☞「時運の赴く所堪え難きを耐え」に訂正される

五日 恩を知る

恩を知ると云う事は人の心を豊かにする無形の富だと思います。猫に小判と云う事が有りますが折角の小判も猫にとっては全く価値の無いものに過ぎません。恩を知る事は謂わばその逆で鉄を貰って其れを金程に感じる。詰り鉄を金に換える程のものだと思うのです。ですから今度は金に相応しいものを返そうと考える。皆がそう考えれば世の中は物心共に非常に豊かなものに成っていくでしょう。最もこの恩とか恩返しと云う事は決して要求されたり強制されるものでなく、自由な姿でお互いの間に理解され浸透する事が望ましいと思います。

  • 今日はバーミューダートライアングルの日

十六日 大義名分

古来名将と云われる様な人は合戦に当っては必ず此の戦いは決して私的な意欲の為にやるのではない。世の爲人の為にこういう大きな目的でやるのだ。と云う様な大義名分を明らかにしたと云われる。如何に大軍を擁しても正義なき戦いは人々の支持を得られず長きにわたる成果は得られないからであろう。是は決して戦の場合だけではない。事業の経営に於いても諸々の施策にしても何を目指し何の為にやるのかと云う事を、自らハッキリ持ってそれを人々に明らかにしていかなくてはならない。其れが指導者としての大切な務めだと思う。

  • 2012年(H24)衆院選自民党圧勝

今日は電話の日  Memo―山本七平「人望の研究」➡近思録

二二日 小事を大切に

普通大きな失敗は厳しく𠮟り小さな失敗は軽く注意する。併し考えてみると大きな失敗と云うものは対外本人も十分考え一生懸命やった上でするものである。だからそう言う場合には寧ろ君そんな事で心配したらあかんと一面励ましつつ、失敗の原因を共々研究し今後に活かして行く事が大事ではないかと思う。一方小さな失敗や過ちは概ね本人の不注意や気の緩みから起こり、本人も其れに気が付かない場合が多い。小事に捉われる餘大事を忘れてはならないが小事を大切にし小さな失敗に対して厳しく𠮟ると云う事も一面必要ではないか。

  • 今日は労働組合法制定記念日

Memo-𠮟り方のポイント

二十九日 理想ある政治を

政治には理想が大事です。日本をこうするんだと云う一本筋が十たものが無ければいけない。そう云うものが今は見られません。その場を適当に納めてやっているそういう状態です。未だ日本が世界で二・三十番目と云う事であるなら追いつけ追い越せと云う事でも目標も出来てきますが、すでに世界一・二位を争う様になっている以上其処により高い目標理想を打ち出す必要があると思います。例え世界で一番と云う事になったとしても日本にはもっと大きな役割があるんだからと云う事で、より高い理想を持ち力強い政治を行って行く事が必要だと思うのです。

  • 今日は仕事納め

Memo―現代日本の政治安倍政権/菅政権/岸田政権は如何

山本七平人望の研究―近思録➡天下の事を公にすと雖も若し私意を用いてこれを為さば便ちこれ私なり」