松下幸之助一日一話
仕事の知恵・人生の知恵
1999年4月15日初版発行PHP文庫
松下幸之助翁に関しては、改めて紹介する迄も無く、よくご存じのことと思います。よって経歴等は省いて幸之助氏の「一日一話」から言葉をセレクトして紹介いたします。その言葉は平易な言葉を選んで語られていますが、内容は奥深く、仕事・経営・生き方等々、人生の指標になる言葉ばかりです。尚、個人的に好きな言葉を勝手に選ばさせていただいてます。ご興味ある方は、読みづらい内容とかまた、高価な本とか云う事はありませんので、原本を読まれることをお勧めいたします。
- 「運に対して一定の信念を持っていなければならない、それが自分に対する自信に繋がっていく。運は創るというか育てていくもの。運というものは人間にとって大変必要なものですよ。謂わば自己形成の大きな原料です。」―運を開く言葉よりー
【五月の言葉】
*二日 カメの歩みの如く
亀の歩みと云うのは一見鈍間の様だが私は結局はこの焦らず騒がず自分のペースで着実に歩むと云うのが一番良いのではないかと思う。手堅く歩むから力が培養されてゆく。逆にパッとやればどうしても手堅さに欠けるから欠陥も出てくる後で後戻りをしなければならない事も起こってくる。兎の駆け足では息が切れる。と云って速足でもまだ早い。一番いいのは矢張り並足でカメの如く一歩一歩着実に歩む事ではないかと思う。人生航路だけではない事業経営の上でも大きくは国家経営の上に於いても同様であろう。
*三日 法律は国民自身の為に
民主主義の政治の元に於ける法律は国民お互いの暮らしを守り、夫々の活動の成果を得易くし一人一人の幸せを生み高めていく処に究極の目的なり存在意義があるのだと思います。言ってみれば国民が国民自身の幸せを実現して行く為に自ら法律を制定すると云う仕組みになって要る訳です。従って国民お互いがこういう法律を軽視し無視するような姿が仮にあるとするならば、それは云わば自分自身を軽んじ自分の尊厳を失う事にも通じると思います。其事をお互い国民は正しく認識し合い法律を常に正しく守りあってゆく事が肝要だと思います。
*五日 断絶はない
最近の若い人たちの考え方が変わってきていると云えば変わってきている。そしてそこから断絶と云う受け止め方も出てくるけれども大人と若い人の間には何時の時代でもある程度の隔たりはあった訳である。併し其れは考え方の違いであり断然とは考えられない。それを何か断絶と云う言葉に踊らされて大人が言うべき事も言わないと云うのは非常に良くない事だと思う。断絶と云う言葉で自ら離れてしまってはいけない。断絶はない。併し青年と中年老人とでは自ずと考え方が違う。永遠にそうなんだと考え其れを調和して行く処に双方の努力と義務があると思う。
*七日 自らを教育する
人間の教育には勿論立派な校舎も必要で有環境も必要でしょうが其れ已に頼っていてはならないと思うのです。行政の充実により成程環境は段々良くなってくるでしょう。併しそういう環境が作られたとしましてもその中で其々の人が自らを処して自らを教育してゆく。自問自答しつつより高きものに為って往く事を怠っては決して立派な人間は生まれてこないと思うのです。今日より明日、明日より明後日と自らを高めてゆく処に人間の成長があり復其処から立派な人間が生まれてくるのではないでしょうか。
*九日 衆知を集める経営
会社の経営は矢張り衆知に拠らなければいけません。何といっても全員が経営に思いを致さなければ決してその会社は上手く行かないと思うのです。社長が如何に鋭い卓抜な手腕力量社長一人でかずして自分独りだけの裁断で事を決することは会社の経営を過つものだと思います。世間一般では非常に優れた一人のワンマンで経営すれば事が上手く行くという事をよく言いますが、社長一人で事を遂行する事は出来ませんし例え出来ても其れは失敗に終わるだろうと思います。やはり全員の総意に拠って如何に為すべきかを考えねばならないと思うのです。
*十日 熱意あれば
人の上に立つ指導者管理者としての要諦というものは色々考えられるけれども、その中でも最も大事なものの一つは熱意ではないかと思う。非常に知恵才覚に於いて人に優れた首脳者であってもこの会社を経営しようという事に熱意が無ければその下にいる人も。この人の下では大いに働こうという気分に成り難いのではないだろうか。そうなっては折角の知恵才覚も無きに等しいものに為ってしまう。自らは他に何も持っていなくても熱意さえ保持していれば知恵ある人は知恵を力ある人は力を才覚ある人は才覚をだしてそれぞれに協力してくれるだろう。
*十一日 気分の波を掴まえる
人間と云うものは気分が大事です。気分が腐っていると立派な知恵才覚を持っている人でも其れを十分に生かせません。又別に悲観するようなことで無くても悲観し益々気分が縮んでいきます。併し気分が非常にいいと今迄気付かなかった事を考え就き段々と活動力が増して来ます。私は人間の心程妙なるものはないと思います。非常に変化性があるのです。此れが付け目と云うか考えなければならない点だと思います。そういう変化性があるから努力すれば努力するだけの甲斐がある訳です。そういう人間の心の動きの意外性と云うものをお互い掴むことが大事だと思うのです。
*十五日 業界の信用を高める
どんな商売もそうでしょうが自分ぽ店が発展繁栄していくには、そのお店の属している業界全体が常に健全で世間の人々から信用されていることが非常に大事だと思います。もしそうではなく業界の中に不健全な店が多ければあの業界はダメだ信用できないと云うことに為って、その業界に属する個々の店も同じ様な評価を世間から受け商売は成り立っていきにくくなるでしょう。ですからお互い商売を進めていく上で自分の店の繁栄を図る事は元より大事ですがそれと同時に他の店とも上手く協調して業界全体の共通の信用を高める事を配慮する事が究めて大事だと思うのです。
*十六日 人間観を持つ
人間の幸せを高めていく為には先ず人間が人間を知る事が大切だと思う。言い換えれば人間とはどういうものでありどう云う歩み方をすべきであるかと云う正しい人間観を持つという事である。そうした人間に対する正しい認識を欠いたならば如何に努力を重ねても其れは往々にして実りの無いものに為ってしまい時には却って人間自身を苦しめる事にもなりかねない。そういう意味に於いてが先ず正しい人間観社会観と云ったものを生み出し、それに基づく指導理念を打ち立てていくならばそれは極めて力強いものに為ってくると思うのである。
*十七日 悩んでも悩まない
我々人間は絶えずと云っていい程悩みに付き纏われる。併し私は悩みがあるという事は人間にとって大事な事ではないかと考えている。何故かと云うと常に何か気に懸る事があれば其れがある為に大きな過ちが無くなる。心が何時も注意深く活動しているからである。だから悩みを持つ事は寧ろプラスに繋がる場合が多い。従って悩みに負けてしまわず自分なりの新しい見方解釈を見出してその悩みを乗り越えて行く事が大切である。悩んでも悩まな、いそういうように感じる事が出来れば人生は決して心配する事はない。
*二十日 公平な態度
国に於ける法律の適用には万が一にも不公平があってはならないが、会社や団体に於ける規律や規則についても是と復同じ事が言える。会社の規則と云うものは一新入社員であろうと社長であろうと等しく此れを守り其れに反した時には等しく罰せらるという事で初めて社内の秩序も保たれ士気も上がるのである。だから指導者は常に公平という事を考えなくてはならない。利害とか得失、相手の地位強弱に拘りなく何が正しいかと云う所から公平に賞すべきものは賞し罰すべきものは罰すると云う姿勢を遵守しなければならない。
*二二日 感心する
同じ様に人の話を聞いても中々良い事を言うなぁと感心する人もあればなんだ詰らないと思う人もいる。どちらが好ましいかと云うと勿論話の内容にも依るだろうがいいなぁと感じる人の方に、より多くその話の内容から仕事に役立つような何かヒントを得て、新しい発想をすると云ったプラスの価値が生まれてくるだろう。一寸した事だけれども人生とか事業の成否のカギは案外こうした処に在るのではないかと思う。人の意見を聞いて其れに流されてはいけませんが、お互い先ず誰の意見にも感心し学び合うという柔軟な心を養い高めていきたいものである。
*ニ四日 世間に聞く
誰しも日々の仕事の中生きていく中で迷いは生じるもの。幾ら仕事に生甲斐を感じていても其れを進めていくにつれて迷いが生じます。ではその迷いをどう解決するのか。私は広く衆知を集めればいいと思います。広く世間に其れを求めればいい。世間は道場人間練達の場です。大きくは社会に小さくは同僚友だちに尋ねればいい。そうして行く事に拠って其処に自分の具体的な活動の形が求められてくる。尋ねて答えが返ってくる場合もあるでしょうし返ってこない場合もあるでしょう。併しある程度は返って来る。素直な心で求める事だと思います。
*二六日 不要なものはない
皆さんは色々な立場にお立ちになっておられると思いますが、私はどんな立場でもこの立場はいけないこの仕事は拙いという事はないと思います。どの仕事が必要でなくてどの仕事が必要であるという事はないのです。この世に存在するものは全て必要であると云う様に考えて頂きたいと思うのです。そしてそういう考えに立って要は自分に何が適しているか何が向いているか、自分にはどういう所に自分の使命を見出しそこに打ち込むべきであるかという事を、自ら考えそしてそこに信念を持つ事が大切だと思います。
*二七日 誠意が基本
経営を進めていく上で最も困難があろうと思われるのは販売です。製造には新しい発見や発明が善く考えられますが販売とりわけの妙案が生まれる事は中々難しいでしょう。其れではそのように妙案奇策の余り無い販売の世界で特色を発揮し販売を成功させる爲には何が基本に為るかと云うと、結局はお互いの誠心誠意ではないでしょうか。どうすればお得意様に喜んで頂けどういう接し方をすればご満足ねがえるかを常に考える事が何より大切で、そういう誠意が根底にあってこそその人の言葉態度に深い味わいも生まれ販売力も亦高まっていくと思うのです。
*二八日 失敗を素直に認める
例えどんな偉大な仕事に成功したと云う人でも何の失敗もしたことがないと云う人はいないと思います。事に当って色々失敗してその都度其処に何かを発見しそう言うことを幾度となく体験しつつ段々成長していき遂には立派な信念を自分の心に植えつけ偉大な業績を為し遂げるに至ったのではないでしょうか。大切な事は何等かの失敗があって困難な事態に陥った時に其れを素直に自分の失敗と認めていくという事です。失敗の原因を素直に認識し是は非常に好い体験だった尊い教訓になったと云う処迄心を開く人は後日進歩し成長する人だと思います。
*三一日 ゼロ以上の人間に
人間の生活は総ての事が自分一人では出来ない。着物にしても食べ物にしても他の人の労作に拠って出来たものだ。その替り自分も何等かの労作を他人に与えて生活が成り立っている。つまり労作の交換である。此の労作を交換しない貰うばかりで与えるものがないと云うのでは役に立たない。是はマイナスである。プラスとマイナスがゼロ以上でなければ役に立つ人間とは言えない。例えば反物を三反貰ったらそれを四反にして提供する人になるという事だ。精神面でもこれは同じである。人に対してより高い考え方を与える此れが人と生まれて社会に役立つ人間の姿であろう。
