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     謹賀新年

明けましておめでとうございます

本年もよろしくお願い申し上げます

「龍神は初日の中を降臨す

年始そうそう駄句にて失礼(=^・^=)💞

今年は辰年

龍神のお力で穏やかな世情となる事を願っています。

残念ながら、平穏な幕開けとはいかなかったようです。元日早々に令和六年能登半島地震と命名された大きな地震が起こってしまいました。被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。

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新しき年の初めの初春の今日降る雪のいや重け吉事

中村天風の言葉 1月

中村天風一日一話

元気と勇気が湧いてくる哲人の教え366話

2005年8月22日初版発行PHP文庫 2006年12月1日第一版第18刷発行 発行所 PHP研究所

因みに中村天風とは何者か!ご存じの方は多いと思いますがウィキペディアでは 日本の自己啓発講演家、思想家、ヨーガ行者。実業家、大日本帝国陸軍諜報員、玄洋社社員。孫文の友人であり、中華民国最高顧問の称号も持った。天風会を創始し心身統一法を広めた 。

また、学生時代に喧嘩で相手を刺殺、日清日露戦争当時は軍事探偵として活動する。戦後結核にかかり、ニューソート作家の著作に感銘を受けて渡米し、世界を遍歴。インドでのヨーガ修行を経て健康を回復し悟りを得たとされる。日本に帰国後、一時は実業界で成功を収めるも、自身の経験と悟りを伝えるために講演活動を開始。その教えを学んだ各界の著名人の中には、松下幸之助など日本を代表する実業家も含まれる。 と概略では紹介されています。

※ニューソートとは(ウィキペディアより)
19世紀後半にアメリカ合衆国で始まったキリスト教における潮流のひとつで、一種の異端的宗教・霊性運動の一つという事の様です。

短い言葉の中に人生の生き方・考え方が凝縮されている様にも感じます。全て実践できればいいですね~。

【一月の言葉】

*一日 生きる力

凡そ人間としてこの世に生まれ人間として人生に活きる為に第一に知らねばならぬ事は、人間のいのちに生まれながらにして与えられた生きる力に対する法則である。真自分の命の中に与えられた力の法則と云うものを正しく理解して人生に活きる人は、真に限りなき強さと歓喜と沈着と平和とを作ろうと思わなくても出来上がってくるようにできてくるのである。其れを一番先に我々は知らねばならない。

*二日 変転極まり無きが人生

事無き世界に生きている時の自分を幾ら明瞭に認識したからと云って、人生が事無き世界でもって一生を終わって仕舞うなら兎も角変転極まりなきが人生の常。何か事のあった時に慌てやしないか。思いがけない事件に出くわした時に狼狽えやしないか。冷静な考え方がめちゃめちゃになって仕舞わないかと云う様な自分の欠点や短所を有事の際にどうな風という事を深く掘り下げて考えなきゃ駄目なんだ。そうすると自然と自分と本当の姿と云うものが自分の心に映ってくる

*四日 人生を考えるという事

現代人の考え方は唯生活の当面の事だけを考えてそれで人生を考えているように思っている。もっとはっきり言えばこうやって生きている毎日その日の生命の生活の事だけを考えるのが、何か人生の先決問題のように考えている。喰うこと着る事儲ける事遊ぶこと、勿論それも必要な事だから考えるべきものではあるかもしれない。併しだからと云って其れだけを考えていれば人生すべてが解決すると思う考えはどうかと思わないか?

*六日 自然法則に従って生きる

人間は自然物の一つであるからこそ当然自然の法則に従って生きるべきである。自然界にはその種を問わず自然の法則に背反している者は絶対に存在しないのが事実である。それ故人間は真の健康を確立し無病で且長寿でその生涯を全うするには何を於いても自然法則に順促して生活する事が鉄則である。

*九日 自分で蒔いた種

総ての人生の出来事は偶然に生じたものじゃありません。アクシデント(事故)と云うものは自己が知る知らないを問わず必ず自分が蒔いた種に花が咲き実がなったんです。活きる心構えと云うものに正しい自覚がそして反省が常に油断なく行われていないで生きると全然自分が気の付かないような悪い種を健康的にも運命的な方面にも蒔いてしまうんです。

*十一日 欲を捨てることは出来ない

天風哲学は断固としてこう断言します。人間の欲望と云うものは絶対に捨てることは出来ないのであります。其れを捨てる事の出来るように説いてる釈迦もキリストもマホメットも多くの人々に私から言わせましたら偽りを言っているんだと遠慮なく言いたい。私は欲なんて棄てません。私と同様真理の中で生きる立派な人間をこの地上にできるだけ増やしたいと云う欲望で一生懸命この仕事をやっているんだもん。

*十四日 思考そのものが人生

厳格に考定すれば人生とは実は思考そのものなのである。否極言すれば人生即思考とも云えるのである。これをもっと釋言すれば思考の量と質の両者の総合現象が人生なのである。而してこの厳粛な事実を考慮すると仮に思考と生命との関係が大して問題にする程重大でないと仮定しても叙上の如く思考そのものが人生である以上は凡そ思考程人としてこの世に活きる場合これ以上重大なものはないと厳格に考えるべきだと云わねばならない。

*十七日 毎朝心から感謝する

先ず第一に毎朝寝覚めたら今日も亦生きていた事を心から感謝するという事を今日一日の生命への出発の第一歩とする事。大抵の人は毎朝目覚める事を何か当然の事であるかの様に考えている。処がいつ何時どんな事で自己の命が失われるかも知れない。又実際に於いて何時かは絶対に目覚めぬ永久の眠りに入ってしまう時が来る。と云う一大事を考えると毎朝目覚めた時自分の活きていることを直感して刹那限りない感謝を感じないではいられないと思う。

*二十日 呼吸法

呼吸法は単に肉体生命の生きる力に対してばかりでなく、更に進んで高級な精神生命機能の方面迄その効果を及ぼす事を目的として創造している。即ち呼吸作用は酸素を吸って二酸化炭素を出すと言う様な単一的な生理現象に対してだけでなくよりもっと重大な人間の根源的な方面に迄密接な関係がある。

*二十三日 求道とは実行である

幾ら素晴らしい教えであっても是を実行しなければ其れは絵に描いた餅に過ぎない。例えば積極心を身につけるに能って感謝の念が重要である事はよく知って要る筈だがいざとなると不平不満が先行して中々実行が伴わない。その点傑出した先達に見られる求道の精神は文字通り絶対不断であった。積極心を本当に絶対的にしたければその手始めに一切の不平不満を感謝に置き換える努力を怠らない事である。

*二十六日 心の思考が人生を創る

可能な限り消極的な気持ちで肉体を考えないようにすることが何よりも大切である。特に病の時は病を忘れる努力をすべきである。一言で言うならば人間の健康も運命も心一つの置き所。心が積極的方向に動くのと消極的方向に動くのとでは天地の相異がある。ヨガ哲学ではこれを心の思考が人生を創ると云う言葉で表現している。

*二十九日 初一念貫徹による成功

東洋の豊臣秀吉西洋のナポレオンは僅かな年月の間に立派な兵馬の権を手にして天下に君臨しております。又フランクリンやエジソンの如き偉大な発明や発見を敢えてした人々何れも心の態度が積極的でありました。ですからどんな艱難辛苦に遭遇して不僥不屈その強い心で何事にも脅かされずに能く此れを乗り越えてそして初一念を貫徹する強い心があの人達を成功させたのであります。

*三十日 自消極的言葉の厳禁

絶対に消極的な言葉は使わない事、否定的な言葉は口から出さない事、悲観的な言葉なんか断然もう自分の言葉の中にはないんだと考える位な厳格さを持っていなければだめなんです。

もう3年目です (=^・^=)💖

NPO法人あおぞら

Blognoteより転記

連続投稿は漸く1年目


2021年の1月から投稿を始め、足掛け3年になります🙀(^_-)-☆
note投稿読者の皆様のお蔭だと感謝申し上げます。

途中、PCのトラブルや、車が家に飛び込んできた事故で光回線の切断等々、何度か、投稿中断という憂き目を見ましたが、今月でもうすぐ連続投稿も
ようやく一年目となりそうです💖
拙い文章や写真を温かい気持ちでご覧いただいた皆様、又うれしい励ましのコメント等々お寄せ下さった皆様のお蔭と有難く思っています。

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その間、保護猫たちとの暮しぶりや、里親さんの元へ迎えられた子達の様子、また自ら保護して育てて下さっている方々の紹介、地域猫活動を積極的に進めて下さっている有志の皆様の活動状況等々、いろいろと紹介させていただいています。
時には、保護活動に対する無理解や行政の対応等々への意見も述べさせていただきました。

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直近の問題としては、高齢者の方々と飼われているペットたちの問題が、一番の悩ましい問題だと危機感を感じています。
何度も繰り返しにはなりますが、こういった大きな問題は、社会全体のこととして福祉的な見地からも社会全体で解決できる方向へ持っていければうれしいですね~。

これからも、愛護活動に関しての投稿を続けていきたいと思っていますが、出来れば楽しい記事が増えていくような環境になってくれればと思っています。

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どうぞこれからも投稿ご覧いただけますよう、よろしくお願い申し上げます。感謝いたします。ありがとうございました(#^.^#)

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TNR活動についてー動物基金さんのお知らせ

◆皆様へのお願い◆
1.病院によってはすぐに予約が埋まってしまうこともございます。
  チケットが配分されたことを確認したら、すみやかに協力病院へ予約を
  入れてください。
2.チケットの使用対象となる猫は、特定の飼い主がいない猫です(多頭飼
  育救済を除く)。リリース予定のない里親募集中の猫を含め、所有者が 
  明確な猫は使用対象外となります。
3.チケットは譲渡できません。
4.皆様が運営されるウェブサイトやSNSなどで、どうぶつ基金の活動内容
  をご紹介ください。その際には「さくらねこ」と「さくら耳」という
  言葉をご使用いただくこともお願いいたします。
 
その他ご不明点などがございましたらご遠慮なくお問い合わせください。
今後ともご支援を賜りますよう心よりお願い申し上げます。

【公益財団法人どうぶつ基金】
郵送物は下記にお送りください。
郵便番号530-0056 大阪市北区兎我野町5-15 2階ベルセンター内
公益財団法人どうぶつ基金運営事務局
—————————————————————————-
よくある質問と回答:https://www.doubutukikin.or.jp/question
お問合せフォーム:https://business.form-mailer.jp/fms/bfa107a14087
どうぶつ基金HP:http://www.doubutukikin.or.jp/
Facebook: https://www.facebook.com/doubutukikin/
Instagram:https://www.instagram.com/doubutukikin/
Twitter:https://twitter.com/Doubutukikin
TEL:0797-57-1215 FAX:0797-26-8671
—————————————————————————-
~どうぶつ基金は人と犬や猫が幸せに共生できる社会を目指しています~

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TNR活動事情(=^..^=)ミャー💞

NPO法人あおぞら blogupより転記

今回は、地域猫と自治会・行政の取り組みの現状を「どうぶつ基金」さん提供の情報そのままに、コメントなしでお知らせいたします。
行政に関しては地域猫活動に対し助成制度が無いわけでは無いようですがどうも手続きとか自治会合意とかいろいろとハードルが高くて利用するのがむつかしい感じですね~(=^・^=)
行政もTNRの費用負担等、もっと柔軟に地域猫活動のサポートが出来るようになってくれれば、外猫に関してのいろんな問題も解決していくのではと思いますが・・・(=^・^=)

目次

  1. 地域猫問題と自治会の取り組み
  2. 【地域猫活動と自治】
  3. 【地域猫活動における合意について】
  4. 現在の行政の在り方
  5. TNR活動費用負担は

地域猫問題と自治会の取り組み


こんにちは
どうぶつ基金理事長の佐上邦久です。
黒澤泰先生が要望書・署名の呼びかけ人として連名いただきました。
黒澤先生は、1995年 横浜市磯子保健所への異動を機に行政獣医師として
「地域猫」という活動を発案実践した、まさに「地域猫の父」といえる人です。
そんな「元祖地域猫」 黒澤先生から「自治会の合意書」と「地域の合意」の違いについて解説いただきました。

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どうぶつ基金提供

以下、黒澤先生のお考えをご紹介させていただきます。
「地域猫活動においては話し合いの上で納得を得ることを[合意]だと定義付けています。」
地域猫活動とは、飼い主のいない猫(ノラ猫)によるトラブルを改善するために、地域住民が主体となって行う環境衛生活動です。
地域で話し合って決めたルールに基づき、行政やボランティアと協働し、
飼い主のいない猫に不妊去勢手術を実施し、エサの管理やフンの清掃など
適切な飼育により、人と猫が共存する地域を目指します。

【地域猫活動と自治】

地域猫活動が自治会・町内会でやるものと思い込んでいる話を聞きますが、
どこから変わったのか考えてみました。
おそらく、行政が補助金や助成金を出すようになった辺りからだと思います。行政がお金を出すためにはある程度の条件が必要であり、面倒な手続きは付き物となります。そのため行政にとって最も話しやすく、責任が担保でき進めやすい単位が自治会・町内会なのです。
そこで全国の自治体行政が、それぞれの解釈で定義や条件を作ったのです。
 当初の地域猫活動は、横浜市磯子区の猫の飼育ガイドライン(1999年3月発行)によると「ノラ猫の世話をする人がグループを作り、周辺住民の理解を求めること」が始まりです。
ノラ猫のいる場所もさまざまで、商店街猫、神社猫、公園猫などいろいろあります。 
自治会単位のみで活動することは必須ではありません。
行政が運用しやすいように、そのように定めているだけです。

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【地域猫活動における合意について】

「合意」の解釈も法律用語の定義では当事者全員の意思の一致を指しますが、私は地域猫活動においては話し合いの上で納得を得ることを「合意」だと定義付けています。
たとえ反対者がいても、黙って見守ることで納得を得られれば良いと思っています。
この話し合うプロセスこそが大事なのです。
本来はもっと柔軟で緩い活動のはずなのに、行政の登録制あたりから独自の解釈になったのでしょう。
黒澤泰
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住民全体の利益に資する環境改善活動である「地域猫活動」を拡充するために、広く全国の皆様からの署名をお願い申し上げます。

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現在の行政の在り方


署名10,579筆を大阪市に第一次提出しましたー原田 玲子(大阪さくらねこの会原田代表)2023年11月16日 — 
署名開始2週間で10000筆を超える大きな反響

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どうぶつ基金提供

 2023年11月16日付で、大阪さくらねこの会、公益財団法人どうぶつ基金、要望の趣旨にご賛同下さった弁護士細川敦史氏は大阪市役所に大阪市長宛の署名10,579筆を第一次提出いたしました。
 大阪市だけの論争だと思っていた地域猫活動における「自治会長の合意」問題は日本全国で起きているようです。全国各地から寄せられた非常に熱のこもったご賛同コメント922件のうち、抜粋した243件もあわせて提出いたしました。
 大手メディアの取材も入り、予想を遥かに超える反響の大きさに大阪市職員の方も連名者も驚いております。
 2018年に策定された大阪市の「理由なき殺処分ゼロ」に向けた行動計画によると2022年度に街ねこ事業が実施された自治会の数は120地区。手術された猫の頭数は728頭とのこと。
大阪市内の自治会の総数が約4200。
単純に計算して大阪市全域の僅か2.8%にとどまります。
人口が275万人を超える大都市としては、ノラ猫の問題の解決にはほど遠い数字です。

また、当方からの
・自治会長のハードルと同じく、活動推進の障壁となっている、猫1匹当たりの手術費用負担金2,500円についても自治会費で計上しているのか?自治会長のポケットマネーを充てているのか?地域内で寄付を募って賄っているのか?個人の有志が捻出しているのか?

・数々のハードルを超えて「街ねこ」となった猫達の見守りにかかる費用の原資は?苦情対応は誰がどのように担っているのか?
という問いに対して、大阪市健康局からは、いずれも「把握していない」とのご回答しか得られませんでした。

TNR活動費用負担は

費用負担に関しては、猫に心を寄せる地域外のボランティアが負担したり、どうぶつ基金さくらねこチケットを使用するケースが多いです。
 実施前には自治会長の合意書を含む沢山の書類を整え、資金調達までする必要があることに比して、その後の自治会長の協力体制も不透明で自治会との連携も緩く、行政のサポートが散漫であるとの印象を受けました。
 ノラ猫の問題は社会的課題として、官民が協力し、地域住民全体で解決に取り組むべきであるのに、自治会長に過大に権限ばかりが付与される一方、ごく一部の民間人の有志に負担が偏重している実態が更に浮き彫りになりました。

 今度も引き続き、大阪市から日本の動物愛護管理行政を前進させるべく、声をあげていきます。
応援のほど、よろしくお願いいたします。

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中村天風のことば

中村天風一日一話

元気と勇気が湧いてくる哲人の教え366話

2005年8月22日初版発行PHP文庫 2006年12月1日第一版第18刷発行 HP研究所

因みに中村天風とは何者か!ご存じの方は多いと思いますがウィキペディアでは 日本の自己啓発講演家、思想家、ヨーガ行者。実業家、大日本帝国陸軍諜報員、玄洋社社員。孫文の友人であり、中華民国最高顧問の称号も持った。天風会を創始し心身統一法を広めた 。

また、学生時代に喧嘩で相手を刺殺、日清日露戦争当時は軍事探偵として活動する。戦後結核にかかり、ニューソート作家の著作に感銘を受けて渡米し、世界を遍歴。インドでのヨーガ修行を経て健康を回復し悟りを得たとされる。日本に帰国後、一時は実業界で成功を収めるも、自身の経験と悟りを伝えるために講演活動を開始。その教えを学んだ各界の著名人の中には、松下幸之助など日本を代表する実業家も含まれる。 と概略では紹介されています。

※ニューソートとは(ウィキペディアより)
19世紀後半にアメリカ合衆国で始まったキリスト教における潮流のひとつで、一種の異端的宗教・霊性運動の一つという事の様です。

短い言葉の中に人生の生き方・考え方が凝縮されている様にも感じます。全て実践できればいいですね~。

【十二月の言葉】

*三日 自己陶冶の必要性

人々の持つ煩悶とか苦労と云うものを観察すると大部分は動物的の欲心が又は感情念が其の原因を為しているのが直判る。然るに一旦自己陶冶が正当に施されると本能心が整理される爲に、斯うした動物的欲心や感情念の発動が著しく減少し、従って在来感じた煩悶や苦労も亦目立って減少して来るのである。要するに自己陶冶が人生に必須なる諸因理由は、実に此の点に存すると云ってよい。

*五日 本来使命の遂行

人間は宇宙創造の原則に即応してこの世の中の進化と向上を現実化すると云う使命を持って生まれてきたのである。人間として生まれ甲斐のある人生を作るには、常に自分の生活目標を本来使命の遂行に置くと同時に自己の生命に実在する潜勢力の発現を現実化する事を怠ってはならない。そうしなければ決して人間として享受し得る人生の幸福と云うものを絶対に我ものにする事は出来ないのである。

*七日 同情の勘違い

気が付かない処か中には自分の思い方考え方の間違っている事に同情している奴があるだろう。斯う言う時に斯う云う考え方をしちゃいけないのかも知れないが俺は凡夫なんだ。おまけに人の身の上じゃない。此れが怒らずにいられるかと。然し真理と云うものは事情に同情して呉れず又弁護もして呉れない。思い方考え方が少しでも消極的であると、肉体生命の上に驚くべき良くない変化が現れてくる。

*十日 中途半端な理性の弊害

文化民族の一番いけない事は理性が生実か中途半端で発達しているから、時には肉体が自分だと思ったり時には心が自分だと思ったりして鳥籠の中のカナリアと同じで、あっちに飛んだりこっちに飛んだりして、両方からくる複雑な言いしれない煩悶や苦しみで一日一分と雖も安心した人生を活きられない哀れな人間が出来てしまう。

*十四日 菩薩の気持ち

お互い皆世の中は助け合い。だから仮初にも自分の気持ちの中にあの人が憎いとかあの人が気に入らないとか思っている人が居たら、其の人は悪魔ですぜ。人間の世界に憎む相手は居ない筈なんです。全てが自分と同じ人だと思って生きてゐる命に対して尊敬を払って例え向こうが如何出て来様とこっちは飽く迄も菩薩観音の気持ちで人生に活きなければ嘘ですよ。

*十八日 鋼鉄を鍛えるが如く

自己統治とは自己の人格を向上させる事で恰も鋼鉄を鍛えるのに等しい。鋼鉄は鍛えれば鍛える程その質を良好にする。人間も自己を統治すればする程その人格は向上する。自己統治を等閑視すると人間を向下せ〆る様な消極的の暗示や価値の無い誘惑に我々の精神が感応し易くなり、反対に自己の向上に必要な積極的の暗示や又は正しい自覚を促す真理に感応しなくなる。その結果人生苦已を多分に味わう事に為るのである。

*二十日 潜勢力の現実発現

人間に与えられた特権を確実に我がものにする為に巖として遂行しなければならない義務と責任とがある。其れは潜勢力の現実発現を期成する実際的手段と手法とに対する敬虔なる不断の実践、即ち是である。一身に潜勢力の手段と方法を実践躬行する事こそ其の眞諦なのである。

*二二日 人から好かれる人間に成る

閻魔様が塩を舐めた様な顔をして人生に生きるよりは、ちょっとやそっと人から阿呆と思われても好いからもう少しニコニコした顔に成りなさいねえ。人として此の世の中に生れて一番大切な事は、人に嫌われる人間になるんでなく好かれる人間に成る事だよ。如何だい貴方方苦虫を潰して変てこな顔してる奴の方が可愛いかい?其れとも何か無しニコニコしている奴の方が可愛いかどっちだ?

*二四日 適応作用の活用

適応作用と云う特殊な作用が人間の生命に自然から与えられている。此の適応作用を合理的に積極的に活用すれば生命の衰退速度を緩和防止する事が出来る。外界から来る各種の刺激に、抵抗する肉体の生命力を強くする事が出来る。併し適応作用は消極的習慣にも適応するので温室作りの花の様にならない為にも肉体生活を積極的に訓練する生活習慣に置くべきである。

*二七日 心に映像を描け

凡そ人間の心の中の思念と云うものが其れは凄い魔力の様な力を持っているものであると云う事を、最最真実に確信的に忘れない様にしなきゃいけないんだよ。絶え間なく映像化される想像と云う心の作用に良き刺激を与えてそしてそれをピンボケにしなければ、黙っていても信念の力は強固になってあらゆる全てを現実化する。詰り潜在意識の力を活用する特に効果のある方法は絶え間なく心に映像を描く事なんだ。

三十日 時来たらば着く

例えば此れからある処に行こうとする時に未だ着かない未だ着かないと云う気持ちで歩いている時と、悠々として時来たらば着くと云う気持ちでている時と、同じ歩いている場合でもその歩く事に対する人間の気持ちの中に天地の相異が在る有るだろう。だから理想は縦しんばその理想とする所に到着しなくても絶えずその理想へ意志すると云う気持ちを変えない事が人生を尊く生かす事なんだ。

*三一日 尊き人生の要諦とは

金殿玉楼の中に在って暖衣飽食尚且つ何らの感謝も感激も無く唯有るのは不平と不満だけと云う憐れな人生に比較して、真や人生の一切を感謝に振り替え感激に置き換えて活きられるならば截然として其処に在るものは高貴な価値の尊い人生ではないでしょうか!否斯うした心掛けの現実実行こそ生きる刹那刹那に何とも形容の出来ない微妙な感興自ずから心の中に生じ来たり、どんな時にも生活の情味と云うものが当然味わわれることに為る。

💓好きな言葉です(=^・^=)💖

NPO法人あおぞら

Blogより転写

【三 学

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少くして学べば壮にして為すあり 壮にして学べば老いて衰えず 老いて学べば死して朽ちず ❣❢ 学んでいるとは思えませんが、並んだ書籍の前で寝るのが大好きな「がー♂」(=^・^=)💖保護猫中一番の好い性格です🙀ひょっとしたらテレパシーで読み取っているのかも💖

【六中観】

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死中活あり 苦中楽あり 忙中閑あり 壺中天あり 意中人あり 腹中書あり💓 何物にもとらわれない「たんが」&「はち」傍若無人と云えぬこともありませんが、そうではなく自分軸で自由を楽しんでいるとも云えますね~💖腹中書は持っていないでしょうが・・・(=^・^=)

【六 然】

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自処超然 処人藹然 有事斬然 無事澄然 得意澹然 失意泰然 :昔、自民党の某首相が選挙に大敗して辞任する時、記者会見で心境を述べたとき使った言葉でもありますね~💖保護猫「ちゃちゃ」を見ているとこの言葉が自然に浮かんできます(=^・^=)ニャ~💛

【夢 玄】

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夢幻空華 六十七年 白鳥湮没 秋水連天(天童正覺臨終の偈) 潔く生きた愛猫「きー♀」を偲んで・・💖

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きー♀」は一昨年10月に23年の猫生を終えて無事に虹を渡りました(=^・^=)「きー」が逝く前後、数日間と云うもの西の空には美しい虹が毎日の様に懸っていました💖 今日は、読書の秋を迎えるという事で、安岡正篤師の著書「百朝集」から好きな言葉を選んでみました❢どうぞこれらの言葉が死語とならぬよう願っています❣❢

松尾芭蕉句集からⅤ

新潮社古典文学集成芭蕉句集解説(今栄蔵筆)より抜粋

新潮社古典文学集成「松尾芭蕉句集」の今栄蔵氏の解説を引用しながら、俳聖と呼ばれた松尾芭蕉の、作風の変化を年代を追って並べてみました。今回は5回目最終回です。

  • 文脈は一部入れ替えた部分有、年代がなるべく時系列で追える様に本文にはない年号を記入するとともに本文にない見出しを付した。

【かるみの秀句例】―完成期―(本文752~922蕃収録)

元禄5年(1692年)~元禄7年(1694年) 芭蕉49歳―51歳

奥羽行脚発足依頼約二年半ぶりに江戸にもどるがそれ以後の芭蕉の俳諧生活は唯只管「かるみ」の唱導に明け暮れるふうであった。

 鶯や餅に糞する縁の先    (754)   ウグイスヤ モチニフンスル エンノサキ

炉開きや左官老い行く鬢の霜 (777)   ロビラキヤ サカンオイユク ビンノシモ

 塩鯛の歯ぐきも寒し魚の店  (780)   シオダイノ ハグキモサムシ ウオノミセ

 鞍壺に小坊主乗るや大根引  (828)   クラツボニ コボウズノルヤ ダイコヒキ

 煤掃は己が棚つる大工かな  (836)   ススハキハ オノガタナツル ダイクカナ

 梅が香にのつと日の出る山路哉(841)   ウメガカニノ ツトヒノデル ヤマジカナ

  六月や峰に雲置く嵐山    (874)   ロクガツヤ ミネニクモオク アラシヤマ

  夏の夜や崩れて明けし冷し物 (880)   ナツノヨヤ クズレテアケシ ヒヤシモノ

  名月に麓の霧や田の曇り   (898)   メイゲツニ フモトノキリヤ タノクモリ

  名月の花かと見えて綿畠   (899)   メイゲツノ ハナカトミエシ ワタバタケ

  ぴいと啼く尻声悲し夜の鹿  (906)   ピイトナク シリゴエカナシ ヨルノシカ

  菊の香や奈良には古き佛達  (907)   キクノカヤ ナラニハフルキ ホトケカナ

  秋の夜を打ち崩したる咄かな (914)   アキノヨヲ ウチクズシタル ハナシカナ

  この道や行く人なしに秋の暮 (916)   コノミチヤ イクヒトナシニ アキノクレ

  この秋は何で年寄る雲に鳥  (918)   コノアキハ ナンデトシヨル クモノトリ

  秋深き隣は何をする人ぞ   (921)   アキフカキ トナリハナニヲ スルヒトゾ

中でも死のいよいよ近くなったころに詠んだ最後の4句には、芸術を人生とし、人間と人生の探求に後半生のすべてを捧げたともいえる人生詩人に深々とした人生詩を読みとることが出来る。

芭蕉没後間もない元禄八年(1695)六月、杉風から甲州谷村藩家老で芭蕉の熱心な門人だった高山麋塒タカヤマビジに伝達された文面(抄)

  • 翁(芭蕉)近年申し候は「俳諧は和歌の道なれば、兎角直なるやうに致し候へ

一、「段々句の姿重く、理にはまり、むつかしき句の道理いりほが(穿ち過ぎ)に罷りなり候へば、皆只今の句体打ち捨て、軽く安らかに不断の言葉ばかりにて致すべし。茲を持って直也」と申され候

一、「古来来歴致すべからず。一向己の作なし」と申し置き候

一、「古人も賀の歌その他作法の歌に面白きことなし、山賤ヤマガツ・田家デンカ・山家の景気(景色)ならでは哀れ深き歌なし。俳諧もその如し、賎シヅのうはさ(庶民に関する話題)  田家・山家の景気専らに仕るべし。景気、俳諧には多し。諸事の物に情有り、気を付けて致すべし.不断の所に昔より謂ひ残したる情け山々あり」と申し候

  • 翁、「近年の俳諧(かるみの俳諧)、世人知らず、古きと見えし(かるみを不利と誤解す
  • る)門人どもに(かるみの句の)見様申し聞かせ候。一遍見てはただかるく、埒も無く不断の言葉にて古きやうに見え申すべし。二遍見申しては、前句への付けや合点生き申すまじく候。三遍見候はば、句の姿(句柄)変りたるところ見え申すべし。四編見申し候はば、言葉古きやうにて句の新しきところ見え申すべし。五遍見候はば、句は軽くても意味深きところ見え申すべし」と申され候。

                            以上

※注 句の解釈・解説は新潮社古典文学集成「芭蕉句集」本文参照、( )内に順番号記載、または多くの解説書等を参考にしてください。ここでは割愛し、その時期時期に於ける句調の変化をみるべく特徴的句のみを挙げています。

今 栄蔵(こん えいぞう、1924年(大正13年)1月1日 -)

【芭蕉研究の第一人者】

日本の国文学者。中央大学名誉教授 青森県青森市生まれ。小樽高等商業学校卒、北海道大学文学部卒、京都大学旧制大学院修了。杉浦正一郎野間光辰に師事。鹿児島大学助教授、大谷女子大学教授、中央大学文学部教授。1994年定年退官、名誉教授。専門は初期俳諧芭蕉書簡、伝記研究。(NET情報)

中村天風のことば

中村天風一日一話

元気と勇気が湧いてくる哲人の教え366話

2005年8月22日初版発行PHP文庫 2006年12月1日第一版第18刷発行     発行所 PHP研究所

因みに中村天風とは何者か!ご存じの方は多いと思いますがウィキペディアでは 日本の自己啓発講演家、思想家、ヨーガ行者。実業家、大日本帝国陸軍諜報員、玄洋社社員。孫文の友人であり、中華民国最高顧問の称号も持った。天風会を創始し心身統一法を広めた 。

また、学生時代に喧嘩で相手を刺殺、日清日露戦争当時は軍事探偵として活動する。戦後結核にかかり、ニューソート作家の著作に感銘を受けて渡米し、世界を遍歴。インドでのヨーガ修行を経て健康を回復し悟りを得たとされる。日本に帰国後、一時は実業界で成功を収めるも、自身の経験と悟りを伝えるために講演活動を開始。その教えを学んだ各界の著名人の中には、松下幸之助など日本を代表する実業家も含まれる。 と概略では紹介されています。

※ニューソートとは(ウィキペディアより)
19世紀後半にアメリカ合衆国で始まったキリスト教における潮流のひとつで、一種の異端的宗教・霊性運動の一つという事の様です。

短い言葉の中に人生の生き方・考え方が凝縮されている様にも感じます。全て実践できればいいですね~。

【十一月の言葉】

*二日 言葉の暗示感化力

言葉と云うものは人間の世界だけに与えられた真に何とも言えない重宝なものであるが、只上顎と下顎がぶつかり放題思うが儘にしゃべっていると時としてその言葉が、自分の生命や他人の生命までも傷つける事がある。言葉は実在意識幷潜在意識を綺麗にしたり或は汚したりする両方面の働きを持っている。詰り言葉程怖ろしい暗示感化力を持つものは無いのであります。

*三日 年齢に惑わされない

知ってるかい?自分の人生を軽く見る人に限って自分の年齢と云うものを矢鱈と重大に考える。可笑しいんだよ。命を軽く考える奴に限ってからに年齢を重く考えて俺も幾つ幾つだからと思う。その幾つ幾つなら如何なんだ、一体!何遍も云っている通りどうせ人間生れた以上は一遍は死ぬんだ。然し死んでいない以上は生きているんだ。生きている居る以上は有意義に活きなきゃ駄目だよ。幾つに成ろうとも自己を向上せしめるっていう意欲を失ってはいけませんぜ。其れには自分を見捨てない事です。

*六日 心意識の新陳代謝

消極的な暗示には感応するが積極的暗示には感応しないと云うのが普通の人である。安定打坐法を行うと積極的暗示の感受性が強くなり、消極的暗示には今迄の様に簡単には感応しなくなる。この方法は乱れた心を平静にし心を虚にする事が出来、心意識の新陳代謝を行う事が出来る。即ち心は曇りと汚れを排除すれば本来の姿を現し、本来の姿が現れれば心は極めて強いものなのである。

*九日 悩みは消極思考の産物

悩みという真理現象は決して発作的に偶発するものではなく、必ずやその心の中に何かの取り越し苦労が又消極的の思考即ち憤怒恐怖悲観憎悪嫉妬復讐憂愁煩悶苦労等々と云う様な、消極的感情情念が心頭に発生する結果現象なのである。

*十三日 取り越し苦労の害

取り越し苦労を当然だと思う人は自分の墓穴を自分で掘っている愚かな人であります。事の如何を問わず、与信ば本当に心配する事を心配した場合でも心配しなくても良い事を心配した場合でも結果は同じなんです。即ち取り越し苦労をすればする程、其の心の消極的反映が即座に運命や健康の上にまざまざと悪い結果となって表れるからであります。百害有って一利無しと云うのが取り越し苦労なんであります。

*十四日 心身一如

清明な硫黄の潜勢力と云う人生の一切を依り能く解決してくれる偉大な力の発現は、人間を人間の命の有りの儘の姿である心身一如の状態を確保する爲心身を統一して生活せしめれば、期せずして当然発現して来るのが侵すべからざる真理である。其れでは心身の統一された人生生活様式とはどんな状態かと云うと、精神を精神生命の法則に肉体を肉体生命の法則に順応して生活する事である。

*十六日 真理に目覚める法

本来人間は此の世に生れ出た時から絶えず真理に接し真理の中で生きている。真理の中にいながら此の真理を中々自覚出来ないのは心の中に雑念妄念が有る為である。本当に心が清い状態であれば真理はすぐ発見できる。安定打坐と云う特殊な方法を行うと雑念妄念が立処に消え去っていく。そうすれば大した努力や難行苦行等をしなくても自然に心が真理と取り組んでいこうとするのである。

*十八日 潜在意識の重要性

我々の意識は実在意識と潜在意識の二つに分割されている。そして我々の心理作用の90%迄はこの潜在意識の作用で行われるのである。処が多くの人は精神活動の直接の衝に当っていると云う関係から、実在意識を潜在意識よりも重視して考える傾向がある。然し乍ら実在意識の精神活動も単独に行われる場合は、潜在意識の作用から内的誘導を受けて行われているのである。

*二二日 血液の洗濯を行うには

何故多量の空気を人間は必要とするのかと云うと、自分の血液を完全に浄化させる為に必要だからである。判り易く云えば血液の洗濯を肺臓が行う時の洗剤として必要なのである。如何に肺臓が強健であっても空気が無ければ完全に血液を浄化する事は不可能である。だから空気を合理的に自分の生命に活用するには、先ず第一にチャンスがある度に清浄な空気に親しむと云う心掛けを実行する事である。

*二六日 我とは何ぞや

人々は落ち着いて我とは何ぞやと云う事を考えない。その理由は我と云うものの本質を自覚していないからである。我とは何ぞやと云う事を正しく理解していないと人生観が正当に確立されない。人生観が確立されないと自己統御が完全に出来ない。其れが正しく理解された時初めて確固不抜の人生観が確立され、其の確立された人生観が内的誘導力となって自己を完全に統御し得るに至るのである。

*二八日 想像力の応用

本能心(肉体を生存させる種の動物的な心)の整理に著効ある方法として想像力の応用と云う事を推奨する。是は創造と云う観念現象の中に本能心を整理し得る暗示力が存在しているからである。判り易く云えば平素努めて積極的の事だけを想像する習慣を作るのである。言い換えると想像を決して消極的にしない様に心掛けねばならない。この目的を現実化するのに最も効果的なのは、人間の心の中に存在する高級な欲求心と云うものを適宣に応用する事である。

*二九日 善悪の判断基準

その時代の人間草子の都合や便宜で作為した所謂第二義的倫理道徳を標準としたのでは、物事の善悪を正当に判断する事は屡正鵠を失する事が往々にある。故に物事の善悪邪正を判断する最も合理的な考え方は、その事柄が現代の人間生活上絶対に必要の事か否かと云う事を基準として考察する事である。但しこの場合決して個人の生活を本位とせず飽く迄己の生活している社会全体を標準としなければならない。

地域猫活動(=^・^=)

TNR活動

目次

NPO法人あおぞらブログより転送

  1. TNR活動
  2. 参加の予定はどうなのでしょうか❓
  3. 高齢者とペットたちは・・
  4. どうぶつ基金さんのお知らせ
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門司大里のKさん先日の地域猫避妊に続いて、今日も避妊予定しています。今日の子も、Kさんには馴れていると云う事で、保護は大丈夫でしょう💞
昨年も、ご家族協力して、多くの地域猫達の避妊去勢を実施して頂きました。大変なご負担をおかけしていますが、地域の猫達の為、頑張って頂ています。ありがとうございます(=^・^=)ニャ~💛
そう云えば、先日、Kさんにお会いした時のお話では、面倒を見ている地域猫達の内の1匹が、近くの学校の先生にもらわれて行ったと喜んでいらっしゃいました。
地道な活動を見ていてくださっていたようで、少しでも手助けになればと云う事で引き取られたようです。
こういう輪が少しづつでも地域に根付いていけば嬉しいですね~❣❢

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参加の予定はどうなのでしょうか❓


どうぶつ基金さんから11月のさくら猫無料不妊チケットの配布が決まったとのお知らせがありました。北九州市の方々で申し込まれた方はいらっしゃるのでしょうか。
配布枚数を見ると、圧倒的に行政枠と個人の方々の申し込みが多いようですね。北九州市も参加できれば、外猫達の問題も少しは減っていくのではと思いますが・・(=^・^=)

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高齢者とペットたちは・・


北九州市は外猫たちの問題もそうですが、高齢者とペットの問題も顕在化してきています。
どちらも早急な解決を要する問題ですが、せめて外猫達に関して、動物基金さん等の様な組織との連携が出来れば無理なく解決の方向へ進めて行けるのではと思います。その余力を、高齢者の問題に振り向けて頂ければありがたいですね。

どうぶつ基金さんのお知らせ


協働行政および協働ボランティア 各位

いつも変わらぬご協力、ご支援をいただきありがとうございます。
公益財団法人どうぶつ基金事務局でございます。

本日、さくらねこ無料不妊手術11月有効チケットを配分いたしました。

一般枠:申請件数874件/配布枚数 3280枚
団体枠:申請件数22件/配布枚数 254枚
行政枠:申請件数246件/配布枚数 4092枚
総合計:申請件数1142件/配布枚数 7626枚

ご自身のマイページよりチケット配分状況をご確認いただきますようお願いいたします。なお、チケット配分がない場合、希望枚数どおりの配分ではない場合がございますが、何卒ご了承の程お願い申し上げます。

◆皆様へのお願い◆
1.病院によってはすぐに予約が埋まってしまうこともございます。
チケットが配分されたことを確認したら、すみやかに協力病院へ予約を入れてください。
2.チケットの使用対象となる猫は、特定の飼い主がいない猫です(多頭飼育救済を除く)リリース予定のない里親募集中の猫を含め、所有者が明確な猫は使用対象外となります。
3.チケットは譲渡できません。
4.皆様が運営されるウェブサイトやSNSなどで、どうぶつ基金の活動内容をご紹介ください。その際には「さくらねこ」と「さくら耳」という言葉をご使用いただくこともお願いいたします。
 
その他ご不明点などがございましたらご遠慮なくお問い合わせください。
今後ともご支援を賜りますよう心よりお願い申し上げます。

【公益財団法人どうぶつ基金】
郵送物は下記にお送りください。
郵便番号530-0056 大阪市北区兎我野町5-15 2階ベルセンター内
公益財団法人どうぶつ基金運営事務局
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よくある質問と回答:https://www.doubutukikin.or.jp/question
お問合せフォーム:https://business.form-mailer.jp/fms/bfa107a14087
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松尾芭蕉句集からⅣ

芭蕉句作の変遷

新潮社古典文学集成芭蕉句集解説(今栄蔵筆)より抜粋

新潮社古典文学集成「松尾芭蕉句集」の今栄蔵氏の解説を引用しながら、俳聖と呼ばれた松尾芭蕉の、作風の変化を年代を追って並べてみました。今回は4回目です。

  • 文脈は一部入れ替えた部分有、年代がなるべく時系列で追える様に本文にはない年号を記入するとともに本文にない見出しを付した。

笈の小文&更科紀行

芭蕉は再び東海・近畿の旅に立つ。

貞享四年十月に江戸を発ち翌五年四月須磨・明石に至る迄の「笈の小文」の旅

帰路、木曽路を経てその八月末江戸に戻るまでの「更科紀行」の旅

文学的にも人間的にもなお模索中の不安を懐いて出発した野ざらしの旅とは違って、芭蕉は既に俳諧という究極的によって立つべき芸術哲学を胸中に確立し、俳諧的表現のあるべき姿についても十分煎じ詰めて確信を持てる理念に達している。

旅中作は、総じて江戸の二年半に築き上げた唯美的風潮に立っている。その意味で是は貞享ぶりの一環とみるべき・・

「造化に随い造化に帰れ」(笈の小文):元禄三年(1690)ごろの執筆か

☞大自然随順の精神であるがこの信条の骨格は貞享期の思索の中ですでに十分確立されていたとみてよい。

【芭蕉句例】本文320~472蕃収 後期3

  旅人とわが名呼ばれん初時雨   (320) タビビトト ワガナヨバレン ハツシグレ

  何の木の花とは知らず匂ひかな  (364)  ワンノキノ ハナトハシラズ ニオヒカナ

  春の夜や籠り人ゆかし堂の隅   (380)  ハルノヨヤ コモリドユカシ ドウノスミ

  雲雀より空にやすらふ峠哉    (381)  ヒバリヨリ ソラニヤヅラウ トウゲカナ

  花の陰謡に似たる旅寝哉     (384)  ハナノカゲ ウタヒニニタル タビネカナ

  ほろほろと山吹散るか滝の音   (387)  ホロホロト ヤマブキチルカ タキノオト

  草臥れて宿借るころや藤の花   (400)  クタビレテ ヤドカルコロヤ フジノハナ

  蛸壺やはかなき夢を夏の月    (410)  タコツボヤ ハカナキユウメヲ ナツノツキ

  おもしろうてやがて悲しき鵜舟哉 (431)  オモシロウテ ヤガテカナシキ フブネカナ

  俤や姨ひとり泣く月の友     (452)  オモカゲヤ ヲバヒトリナク ツキノトモ

  吹き飛ばす石は浅間の野分哉   (457)  フキトバス イシハアサマノ ノワキカナ

こうした佳句になると、夫々に含蓄するものの深さに於いて、形象化の完熟度の高さに於いて、貞享中期の句境をしのぐものがある。

おくのほそ道~猿蓑    (初期かるみの句調-)

「おくのほそ道」の旅は元禄二年(1689)三月末に江戸を発ち四月二十日に白川の関を越え、道々歌枕を訪ね乍ら仙台・松嶋・平泉を限りに奥羽山脈を横切って五月半ば出羽に入り尾花沢・大石田・出羽三山・酒田と日を重ねて、象潟を北限として北陸道を南下し、加賀金沢で初秋を迎え越前敦賀で仲秋の名月に会い、八月下旬ごろ美濃大垣に至る迄、行程六百余里、丸五か月に及ぶ長途の旅となった。

この旅の芭蕉に与えたものは頗る大きかった。

「昔より詠み置ける歌枕、多く語り伝ふと雖も、山崩れ、川流れて、道革まり、石は埋もれて土に隠れ、木は老いて若木に変れば、時移り代変じてその跡確かならぬ事のみをここ〈壺の碑〉に至りて疑ひなる千歳の記念カタミ、今眼前に古人の心を閲す。行脚の一徳、存命の悦び、羇旅の疲れも忘れて涙もお鶴ばかり也」おくのほそ道「壺の碑」章

芭蕉は其処に悠久なるものと変化流転するものとの交錯する自然と人生の相を観じ、此れが自己の芸術にも共通する所の多い事に目覚める。そして重要な事は、ここから詩の真実

と云うものをこれ迄より遥かに高い次元に立って高所から捉え直した芸術観、即ち「不易流行」の思想に到達し、所謂貞享ぶりを脱皮して俳諧に新たな転生の道を切り開くに至ったのである。

  • 不易流行の思想→芸術作品に永遠(不易)の生命を与えるものは飽く迄深く自然や人生の実相に迫ろうとする眞實探求の精神(風雅の誠)によって掘り起こされた詩的真実であるとする一方、眞實探求の精神が本物であればあるほど、物を見る目も、その表現方法も、何時までも同じ状態に止まっていられる筈が無く、自ずから新しい境地に向かって一歩を進め変化流行してゆかざるを得ず、而もその様に変化流行して新しい真実を求めていく自覚的なプロセスにおいてのみ鮮烈な生命が作品の内部に躍動して来る。とする芸術館観である。

不易と流行は同じ「風雅の誠」の両面に他ならない。

「千変万化するものは自然の理也」三冊子

作品の永遠不易性を保証する為には常に流行が求められなければならない。

この考え方の原質は「荘子」の宇宙哲学に見られるものだが、芭蕉は其れを自己の文学体験、直接的には奥羽行脚の体験と思索の中で市の本質論として発酵させた。

「当時(現在)の俳諧は梨子地の器の高蒔絵書きたるが如し、丁寧、美尽くせりと雖も、漸く是に飽く。予が門人は桐の器を柿合せ(柿渋塗の器)に塗り足らんが如く、ざんぐりと荒びて句作すべし」(芭蕉言―不玉宛去来書簡)

芭蕉は新意の「かるみ」の在り方を探る中で必然的に詩材の問題に突き当たり、観念的虚構の世界を離れたもっと実のあるもの、事実に根差しを持つものの中に真実の詩を求め始める芭蕉文学の詩材は此処に於いて、唯美主義時代の反俗的・古典主義的・虚構的なものへの志向から、日常生活的・現実的・写実的なものへとその流れを大きく変え始める

芭蕉は「奥の細道」の旅を境目としてその俳諧の文学的傾向を大きき転換させた。端的に言えばそれは観念的理想主義から経験的現実主義への転換ともいうべき本質的な転換だったのであり、芭蕉自身に於いてもこの方向を掴んだ時、初めて真の意味における文学の在り様が目に見えてきたのであろうか、これ以後は殆ど迷うことなく、死に至る迄只管「かるみ」の唱導を繰り返しつつ、その境地を極限まで深めていくことになるのである。

【芭蕉句例】本文473~751蕃収録 完成期

 草の戸も住み替る代ぞ雛の家    (483)   クサノトモ スミカハルヨゾ ヒナノイヘ

  行く春や鳥啼き魚の目は涙     (485)  ユクハルヤ トリナキウヲノ メハナミダ

  木啄も庵は破らず夏木立      (495) キツツキモ イホハヤブラズ ナツコダチ

  田一枚植ゑて立ち去る柳かな    (503) タイチマイ ウエテタチサル ヤナギカラ

  早苗とる手もとや昔しのぶ摺    (509) サナエトル テモトヤムカシ シノブズリ

  桜より松は二木を三月越し     (511) サクラヨリ マツハフタキヲ ミツキゴシ

  島々や千々に砕きて夏の海     (514) シマジマヤ チジニクダキテ ナツノウミ

五月雨の降り残してや光堂     (516)   サミダレノ フリノコシテシテヤ ヒカリドウ

  閑かさや岩にしみ入る蝉の声    (522)  シズカサヤ イワニシミイル セミノコエ

  五月雨を集めて早し最上川     (523) サミダレヲ アツメテハヤシ モガミガワ

  雲の峰幾つ崩れて月の山      (528)  クモノミネ イクツクズレテ ツキノヤマ

  荒海や佐渡に横たふ天の川     (540)  アラウミヤ サドニヨコタフ アマノガワ

  国々の八景さらに気比の月     (568)  クニグニノ ハツケイサラニ ケヒノツキ

  初時雨猿も小蓑を欲しげなり    (594)  ハツシグレ サルモコミノヲ ホシゲナリ

 木のもとに汁も膾も桜かな     (615)   キノモトニ シルモナマスモ サクラカナ

 川風や薄柿着たる夕涼み      (639)  カワカゼヤ ウスガキキタル ユウスズミ

  月見する座に美しき顔もなし    (649)  ツキミスル ザニウツクシキ カオモナシ

  桐の木に鶉鳴くなる塀の内     (651)  キリノキニ ウズラナクナリ ヘイノウチ

  しぐぐるや田の新株の黒むほど   (659) シグルルヤ タノアラカブノ クロムホド

  乾鮭も空也の痩も寒の中      (670)  カラザケモ クウヤノヤセモ カンノウチ

  山里や万歳遅し梅の花       (683) ヤマザトハ バンザイオソシ ウメノハナ

  月待や梅かたげ行く小山伏     (684) ツキマチヤ ウメカタゲユク コヤマブシ