松下幸之助一日一話
仕事の知恵・人生の知恵
1999年4月15日初版発行PHP文庫
松下幸之助翁に関しては、改めて紹介する迄も無く、よくご存じのことと思います。よって経歴等は省いて幸之助氏の「一日一話」から言葉をセレクトして紹介いたします。その言葉は平易な言葉を選んで語られていますが、内容は奥深く、仕事・経営・生き方等々、人生の指標になる言葉ばかりです。尚、個人的に好きな言葉を勝手に選ばさせていただいてます。ご興味ある方は、読みづらい内容とかまた、高価な本とか云う事はありませんので、原本を読まれることをお勧めいたします。
「一日一話」は昨年の七月から月一回、ランダムにピックアップして投稿していましたので、重複する部分も出てくると思いますが、暗記する迄に読んだ方が身に付くという事もあります。此れから新たな気持ちで一年間、幸之助翁の言葉を選んでいきたいと思います。
尚、冒頭の言葉、今回は、松下幸之助「人生心得帖」から選びました
「この世に存在するものは、総て人間の生活に必要、役立つものである。此の基本認識に立って、一つひとつのものを、活かすように努めたい。」―人生心得帖よりー
【十二月の言葉】
*一日 自分の最善を尽くす
太閤秀吉と云う人は草履取りに為れば日本一の草履取りになったし炭番に為れば最高の炭番になった。そして馬回り役に成ったら自分の給料を割いて人参を買い馬にやったと云う。此の為嫁さんが逃げてしまったと云う事だがそこに秀吉の偉大さがある。馬番になったが俺はこんな仕事は嫌だなどと云わずに日本一の馬番に成ろうと努力した。詰りいかなるかんきょうにあっても自分の最善を尽くし一日一日を充実させ其れを積み重ねていく。其れが役に立つ人間でありその様な事が人を成功に導いていく道だと思うのである。
*二日 忍ぶべきを忍ぶ
誠心誠意良いものを進めたけれども用いてくれないと云うので憤慨し、是は相手が暗愚だから仕様が無いと自棄になって結局打ち壊しになってしまうと云う事が儘有る様です。併しそう云う事では私は大した事は出来ないだろうと思います。用いてくれなければ時を待とう。是だけ説明して駄目だと云うのは是は時節が来ていないのだ―そう考えてじっと忍耐していく処から無言の裡に知らしめると云う様な強い大きな誠意が生まれてきます。そして其の内に相手が自ら悟る事にもなって其れが非常な成功に結び付く事にも成りましょう。
*三日 廣い視野
今日では世界の一隅に起った事でも、其れが瞬時に全世界に伝わり様々な影響を及ぼす。その様な中で自国の範囲だけ自分の会社団体の範囲だけの狭い視野で、事を考え行動していたのでは往々にして過ちを犯す事になってしまうと思う。今視野の広さと云うのは指導者にとって欠く事の出来ないものであろう。指導者は自ら世界全体日本全体と云ったように広い範囲でものを見るよう常に心掛けつつ、一国の運営会社や団体の経営を考えなくてはならないし又人々にそうした広い視野を持つ事の大切さを訴えていかなくてはならないと思う。
*五日 恩を知る
恩を知ると云う事は人の心を豊かにする無形の富だと思います。猫に小判と云う事が有りますが折角の小判も猫にとっては全く価値の無いものに過ぎません。恩を知る事は謂わばその逆で鉄を貰って其れを金程に感じる。詰り鉄を金に換える程のものだと思うのです。ですから今度は金に相応しいものを返そうと考える。皆がそう考えれば世の中は物心共に非常に豊かなものに成っていくでしょう。最もこの恩とか恩返しと云う事は決して要求されたり強制されるものでなく、自由な姿でお互いの間に理解され浸透する事が望ましいと思います。
*九日 世界に誇れる国民性
同じ日本人でも細かく見れば考え方や性格など実に色々な人がいる訳ですが、然し復一面には日本人には日本人としての共通の特性と云うか日本人の民族性国民性と云うものが矢張り有る様に思います。日本独特の気候や風土の中で長い間過ごしている内に、例えば日本人特有の繊細な情感と云うものが次第に養われてきたと云えるでしょう。日本人の国民性の中にも反省すべき点は少なくありませんが、特に勤勉さとか器用さとか恵まれた気候風土と長い歴史伝統によって養われてきた斯う云う特性には、世界にも大いに誇り得るものが有る様に思うのです。
*十一日 持ち味を生かす
家康は日本の歴史上最も優れた指導者の一人であり、その考え方なり業績に学ぶべきものは多々ある。併しだからと言って他の人が家康の通りにやったら上手く往くかと云うとそうではない。寧ろ失敗する場合が多いと思う。と云うのは家康のやり方は家康と云う人にして初めて成功するのであって、家康とは色々な意味で持ち味の違う別の人がやっても其れは上手く往かないものである。人には皆夫々に違った持ち味がある。一人として全く同じと云う事は無い。だから偉人のやり方を其の儘真似ると云うのでなく、それにヒントを得て自分の持ち味に合わせた在り方を生み出さねばならないと思う。
*十四日 人生の妙味
雨が降ったり雷が鳴ったりと云う自然現象は、ある程度の予測は出来る者の正確には掴み得えない。我々の人生の姿も此の自然現象とよく似たものでは無いだろうか其処には天災地変に匹敵する予期でき無多くの障害がある。我々は其等の障害の中に在り乍ら常に自分の道を求め仕事を進めて往かねばならない。其処に一寸先は闇とよく言われる人生の難しさがあるのであるが、そういう障害を乗り越え道を切り開いてゆく処に復人生の妙味があるのだと思う。予期できるものであれば味わいも半減してしまうであろう。
*十六日 大義名分
古来名将と云われる様な人は合戦に当っては必ず此の戦いは決して私的な意欲の為にやるのではない。世の爲人の為にこういう大きな目的でやるのだ。と云う様な大義名分を明らかにしたと云われる。如何に大軍を擁しても正義なき戦いは人々の支持を得られず長きにわたる成果は得られないからであろう。是は決して戦の場合だけではない。事業の経営に於いても諸々の施策にしても何を目指し何の為にやるのかと云う事を、自らハッキリ持ってそれを人々に明らかにしていかなくてはならない。其れが指導者としての大切な務めだと思う。
*十八日 利害を一にしよう
おとなと青年或は子供との間に断絶があるとすれば、それは我々の云う商売的な利害を共にしていない更にもっと高い意味の利害を一にしていないからだと思います。親は子の為に子は親の為に本当に何を考え何を為すべきかと云う事に徹しているか如何か、又先生は生徒の為を本当に考えているか如何か生徒は先生に対して如何言う考え方を持っているか。そう云う意識が極めて薄い為に、其処に溝が出来其れが断絶となり大いなる紛争になってくるのではないでしょうか。時代が時代だから断絶があるのが当然だと考える処に根本の錯覚過ちがあると思うのです。
*二十日 日に十転す
古人は君子は日に三転すと云ったと云う。
君子は時勢の進展と云うものを刻々と見て其れに能く処しているから、一日に三回も意見が変わっても不思議ではないと云うのであろう。
今日は怖ろしくテンポの速い時代である。そうした時代に十年一日の如き通念でものを見たり考えておれば判断を誤る事も多いだろう。昔ですら君子たるものは一日に三転しなければならなかった。テンポの速い今日では日に十転も二十転もする程の識見と判断の素早さを持たねばなるまい。人間の本能は変わらぬものだがその上に立って変わりゆく時勢の進展に刻々と処していく事が大事だと思う。
*二一日 信用は得難く失い易い
我々が何か事を成してい場合信用と云うものは極めて大事である。謂わば無形の力無形の富と云う事が出来よう。けれども其れは一朝一夕で得られるものでは無い。長年に渡る誤りのない誠実な行いの積み重ねがあって初めて次第次第に養われていくものであろう。併しそうして得られた信用も失う時は早いものである。昔であれば少々の過ちが在っても過去に培われた信用に拠って直ちに信用の失墜とはならなかったかも知れない。然し一寸した失敗でも致命的に成りかねないのが、情報が一瞬にして世界の隅々まで届く今日と云う時代である。
*二二日 小事を大切に
普通大きな失敗は厳しく𠮟り小さな失敗は軽く注意する。併し考えてみると大きな失敗と云うものは対外本人も十分考え一生懸命やった上でするものである。だからそう言う場合には寧ろ君そんな事で心配したらあかんと一面励ましつつ、失敗の原因を共々研究し今後に活かして行く事が大事ではないかと思う。一方小さな失敗や過ちは概ね本人の不注意や気の緩みから起こり、本人も其れに気が付かない場合が多い。小事に捉われる餘大二を忘れてはならないが小事を大切にし小さな失敗に対して厳しく𠮟ると云う事も一面必要ではないか。
*二三日 運命に従う
人には人に与えられた道が有ります。其れを運命と呼ぶか如何かは別にして、自分に与えられた特質也境遇の多くが自分の意思や力を超えたものである事は認めざるを得ないでしょう。そういう運命的なものをどのように受け止め活かしていくかと云う事です。自分はこの様な運命に生れて来たのだだから之に素直に従って行こうと云う様に、自分の運命を言わば積極的に考え其れを前向きに生かしてこそ一つの道が開けてくるのではないでしょうか。其処に喜びと安心が得られ次に本当の意味の生甲斐と云うものも湧いて来るのではないかと思うのです。
*二七日 投げやらない
成功する会社と成功しない会社の差と云うものは私は紙一重だと思います。例えば今後価格の競争が激しくなって来れば、我々の製品のコストを10%引き下げると云う事を当然やらなければなりません。若し下がらなければ何故下がらないかと云う事に対して内外の衆知を集めなければならないのです。其れを自分の知恵の範囲で会社の知恵の範囲で色々考えて、之は無理だ出来ないと云って投げやりになってしまえばこれは絶対に出来ないわけです。如何してもやっていくんだと云う処に一つの成功の糸口が段々と解けて来て必ずその成果が上がると思うのです。
*二九日 理想ある政治を
政治には理想が大事です。日本をこうするんだと云う一本筋が十たものが無ければいけない。そう云うものが今は見られません。その場を適当に納めてやっているそういう状態です。未だ日本が世界で二・三十番目と云う事であるなら追いつけ追い越せと云う事でも目標も出来てきますが、すでに世界一・二位を争う様になっている以上其処により高い目標理想を打ち出す必要があると思います。例え世界で一番と云う事になったとしても日本にはもっと大きな役割があるんだからと云う事で、より高い理想を持ち力強い政治を行って行く事が必要だと思うのです。
*三十日 靜思の時
何事も合理的でスピーディなものが尊ばれる昨今、其れがスピーディであればあるほど一方で静思の時と云うかゆったりしたものが欲しくなる、此れが人情と云うか人間の本能的ともいえる一つに姿でしょう。だから之を抑える事は人間の身体や生活をとんでもなく歪んだものにし兼ねないと思います。ですから夜休む前床の上に坐って静かに一日を反省する。やり方は如何であれ其う言う時を持って一日のけじめをきちんとつけてこそ、初めて其処に安らぎが生まれ明日への新たな意欲が湧いて来るのではないか。世の中が騒々しく成程そう云う靜思の時が必要になると思うのです。
*三一日 総決算
十二月は総決算の月。この時に当り一年の歩みを振り返りお互いの心のけじめをつけたいものです。此の一年良かったことは善かった悪かったことは悪かったと、素直に自分で採点しなければなりません。そしてこの一年は決して自分一人の力で歩んだものではありません。自分で気付かない処で人々の協力を得又思わぬ処で迷惑を懸けている事もあると思うのです。そんな周囲の人々の協力に対しては有難く感謝し迷惑を懸けたことに対しては謙虚に謝罪したいと思います。そうした素直な自己反省こそ次の新しい年の時分の成長にプラスする何かを必ず与えてくれると思うのです。
