多数と公論

百朝集第76章

晋、楚の難に晋の将、皆戦はんと欲す。三卿之を不可とす。総帥欒武子これに従ふ。或る人曰く、子盍ぞ衆に従はざる。子は大政たり。将に民に酌まんとする者なり。子の佐十一人、その戦欲せざる者は三人のみ。戦はんと欲する者衆しと謂ふべし。武子曰く、善釣しければ衆に従ふ。それ善は衆の主なり。三卿は主なり衆と謂ふべし、之に従ふ。亦可ならずや。                                                  春秋左氏伝「成公六年」

多数決ということを多くの人は一律に考えておるが、こういう考え方もあるものである。支那春秋時代、北方の大国たる晋と、南方の勢力たる楚国との関係が悪化した時、諸将は皆主戦論であったが、三人の要人がこれに反対した。ある人があなたはどうして多数に従わないのですか。あなたは国家の総帥であり、多数の意見を斟酌すべきものです。あなたの補佐役は十一人、そのうち戦争反対は三人にすぎません。主戦派の方が多いのではありませんせんかと詰問した。

すると彼は意見の善さが同等なれば多い方に従う。意見の善いということが多数というものの主である。多数をよく活かすものである。悪ければその多数が誤られてしまう。三人の意見は善い。これこそ真の多数である。これに従うのも可いではないか。

衆愚ということがある。寄って集って皆を台無しにしてしまうものである。それは皆を零にしてしまうものである。表面は少数でも、善者は真の多数である。これがわからぬところに民主主義の愚劣と悲劇がある。                                   安岡正篤解                                   

欒武子 とは (?~紀元前573年)中国春秋時代の晋の優れた政治家

厳しい指摘ですが、現代の私たちも多数決の原理の弊害に侵されているのではと感じるような時がありますね。いい意見でも少数派の意見は無視されること多々あるように思います。下らぬことでも数の力で押し切るというような光景もありますね。本当のリーダーシップの発揮できる人なかなかいないような気もしますが・・・・

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