思いつくままに・・・・
最初に瞑想ありきとは
哲学者三木清の著「人生ノート」
―瞑想についてーのなかのことば
「思索は下から昇ってくる
瞑想は上から降りてくる」
と言うことばが書かれてます(^^♪
上から降ってくるとはある意味
神様からの贈り物・通常のヒトの意識
を超えたものと言えるのでしょうか?
暗示・啓示とか悟り等々はこの瞑想に
よって齎されるのでしょうね⁉(@_@。
三木先生によれば
瞑想は瞑想しようと思って出来るもの
ではなく突然にその状態が襲ってくる
ということです。
例えば江戸時代の高僧白隠禅師が
蟋蟀の鳴き声が微かに聞こえるなかで
瞑想の時 突然に味わった悟りの境地
などもそうなんでしょうね⁉
(一度は味わってみたい境地ですが…⁉)
道元禅師は
「悟りに入った状態とはどういう
ものかなどといくら考えても無駄だ
其れは考えた以上の状態だから・・・・」
という様な事をおっしゃってます(^◇^)
瞑想とはぼんやりしている状態とは似て
非なるモノ⁉⁉(”◇”)ゞ
意識して出来るのは思索と言わ
れるもので瞑想から覚めた後に
涌いてくるものらしいですヨ⁉⁉⁉
何れにしてもただぼんやりと過ごしていては
決して体感できることではないようです。
一所懸命になっているときにふっと
湧き上がるように起こりうるなんて
素敵ですね~(^^)/
こういうことは日頃から多くの創造的仕事に
従事されている方々は多かれ少なかれ
深浅の別はあるにしても経験ではなく体感?
されたことあるのではないでしょうか??
セレンディビティーといわれるような
閃きなどもこういう状態から生まれて
くるのでしょうか?(^_-)-☆
ノーベル賞級の偉大な発見や発明も
インタビューなどを聞いていますと
多くこうした状況のなかから
生みだされたこともあるらしいですね。
自分の意思を超えたものに突き動かされる
という様な事はそうそう人生の中で体験
できることではありませんが何かに打ち
込んでいるときふっと思いもよらなかた
想い・考え・アイデアが浮かんできたり‥‥
自分が意図していたこととは異なる
全く新しいことに行きついたり
仕事の中でも真剣に取り組み日夜悪戦苦闘
した末にアッと驚くような解決策!面白い事が
起きた経験をお持ちの方もいらっしゃるのでは・・・・
それは自分の頭の中・心の内だけの事ではなく
実際の生活仕事などで一生懸命やっても上手く
いっていなかったことが回りの環境が急に変化
して物事がスムーズに進むということも・・・・
これらは実力というよりは真剣に取り
組んでいたことへの見えざる力からの
ご褒美かもしれません(^^♪
瞑想とか思索とかから随分と離れた話し
になりましたが要は意を決して取り組むのならば
何事も真剣に真摯に熱意をもって諦めないよう
心掛けることが大事ということでしょうか?
彼の松下幸之助さんも
「多くの失敗は成功するまでやり続ける
ことを諦めた結果だ」とおっしゃってます。
現実的成功も大切で重要なことですから…(”◇”)ゞ
話があちこちに飛んでしまいましたが
瞑想・思索・閃き・悟り等々・・・・
大げさなものではなくても日頃の時間の中に
そういう事に拘われる或る意味自分を無にできる
時間も欲しいものですね(”◇”)ゞ
そういうことが人生を豊かにしてくれるような気もします⁉⁉
皆さんはどう思われますか?