一利一害

百朝集44章

興一利若除一害 生一事若滅一事

一利を興すは一害を除くに如かず

一事を生やすは一事を滅らすに如

かず

                蒙古-耶律楚材

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解)

これは史上希有の大宰相ー遼の王族耶律楚材の名言である。

彼はチンギスカンが満州を攻めて遼の国を亡ぼした時、26

歳の青年であったが、カンに一見して惚れこまれ肝胆相照

らして爾来30余年複雑雑多な蒙古の国政運用した。此の事

自体非凡の大業であるが彼はその間終始、学問信仰に熱烈

深刻な努力を続け、禅に於いては曹洞宗門の法嗣に列して

いる。詩もまた境遇と舞台が破天荒であるだけ雄渾深沈で

尋常一様の詩人の到底及ぶものでは無い。遺著に「湛然居

士集」がある。斯う云う書が読めない等は人間の恥の様な

気がする。上掲の言葉はこの偉人の語にしては消極に感ぜ

られるかもしれない。然し実際政治にした程の人ならば、

流石は軍国非常の際に経験を積んだ名相の言だけ有る事を

深く味識するであろう。元来世間の事は雑草の様に油断を

すれば際限なく生えてゆくものである。事件が次から次へ

と増加してしてゆくと、その煩雑さに紛れて段々余裕も反

省もなくなってしまう。そして結局破滅に陥るものである。

絶えず問題を省みると共に省いて、手にも心にも余裕を有

する事が必要である。政治とは省治である。役所を「省」

と称する事は誠に深意がある。然るに役人政治家ともなれ

ば功名心に駆られ人気を博そうとするから、如何しても何

か目新しい事を行ってみたい。整理とか償却とか節約とか

いう様な事はどんと行り栄えがない。そこで「一利を興す」

方に傾いて「一害を除く」ことは中々行らない。其の中に

積弊が手の着けようもないほどになってしままう。これが

革命を誘発するのである。人は無事を祈りながら何と我か

ら多事にしていることであろう。

                    安岡正篤解

◎ 耶律楚材1190-1244:禅に深く帰依した史上希有の大宰相

            遼の王族で滅亡後蒙古に支え国政に参加

国家に限らず企業・事業者でも個人でも社会活動・経

済活動に於いて今一番心掛けていかなければならない

事柄のようですね。

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ennsou

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